第4話 新入生は能力者(2) ダイバーズ
教壇の前に立った若い男は、30代半ばの男だった。その長髪と整った顔立ちに加え、落ち着いた高めの声はまるでアイドルのようである。
山田は教員を見るなり、ニヤニヤしながら大原に耳打ちする。
「あの人、確か昨日の入学式後のオリエンテーションで、道に迷ったとか言って遅れてきた先生だよね。」
「ええ、そうだったわね。この大学の講師を務めるのは初めてだとかなんとか。」
「へー、じゃあ、あたしたちと同じ新入生ってわけか。仲良くやれるといいなあ。」
その声が聞こえたのか、教員は甘い顔で学生に微笑みかけ、話を始めた。
「さて、昨日の入学式の後でやったオリエンテーションで、皆と同じように私も自己紹介をした。が、ここはもう一度だけ自己紹介をしておこう。私の名前は矢島慶介。能力の使い方や活用法を学ぶ君たち応用能力学科の講師であり、授業はエーテル科学と実技授業を担当させてもらう。学科の教員としては私が一番若く、君たちと最も年齢が近い。これから4年間、仲良くしてくれると助かる。」
学生の何人かが陽気に返事をする。彼はそれを聞いて再び微笑んだ後、チラリと勝輝の方を見た。
その場にいることを確認するかのような、1秒にも満たない視線。勝輝はその不可解な視線に気づいたが、何故彼が自分に一瞥をくれたのかは分からなかった。そしてそれを確かめる間もなく、男の口は開いた。
「では、早速だが授業を始めよう。とは言っても初回の授業だ。説明ばかりでは飽きてしまうだろう。だから、どうしても外せない基本的なことだけをこの液晶ボードで説明しよう。あとは遊びだと思ってくれ。」
矢島が教壇の上にあるガラス製のタブレット端末を操作すると、軽い電気音とともに壁一面に広がる液晶画面がまぶしく光る。そして、そこには一つのシンボルと思しき図形が表示された。
「さて、皆に聞こう。コレは何かな?」
「能力者、即ちダイバーズを示すマークです。」
「その通り。」
最前列に座っている誰かが答える。矢島は満足げな笑みを浮かべると、画面の前を右に左に歩みながら話を進めた。
「ダイバーズは今から65年前の2026年の夏、『エーテル』によって突然変異した人間のことを指す言葉だ。彼らはある程度の物理現象・生理現象を、自らの意志で発現できる“超能力”を有している。その過程を進化とみるか否かは今も議論が重ねられているが、世界はダイバーズの出現を『BIG MUTATION』と呼び、ダイバーズを変化の象徴である蝶で表現することにした。それがこのシンボルだ。
我が日本能力者総合大学の学生は、君たちを含め全員がダイバーズであり、日本に4つある能力者専門の国立大学のうちの1つだ。右前羽が赤色で塗られているのがこの大学の校章だね。」
矢島の説明を聞いて高木が勝輝に耳打ちする
「この大学が一番デカくて古いらしいぜ。」
「そうだな……」
勝輝はそういいながらも、矢島の行動を注視する。矢島が先ほどなぜ自分に一瞥を送ったのか、それが非常に不可解だったからだ。矢島という名前に勝輝は心あたりがなかったし、また特段注目されるようなことをしたつもりもなかった。それなのに、彼が向けた一瞬の視線は、確実に「見よう」とする意思があるものだった。
何か、この男は自分について知っているのではないのか――
勝輝の心には、そんな疑念が渦巻いていた。
「では次の質問だ。『エーテル』とは何だろうか。」
矢島のこの質問には誰も答えようとせず、学生はお互いの顔色を窺っている。それを見た矢島は立ち止まり、席の左奥に座る一団を指名した。
「では、そこの白いワンピースを着た、確か――大原さん、だったかな?わかる範囲で答えてくれないかな。」
教室中の視線が一斉に大原に集中した。彼女は最初小さなため息を漏らしたが、その後凛とした栗色の瞳を矢島に向ける。
「『エーテル』とは、古代秘密組織『不死鳥』が2026年に世界中に散布した、紀元前の地球にありふれていたと思われる『物質』と『エネルギー』の総称です。その正体については不明な点が多く残っていますが、我々ダイバーズはこの『エーテル』によって変異し、また『エーテル』を使って能力を行使・発現させています。」
「うむ。詳しく教えてくれてありがとう。」
彼女の説明に満足したのか、矢島はにっこりと大原に微笑んだ。それを見て大原は随分と不服そうに視線をそらしたが、矢島は気にするそぶりも見せずにさらに話を続ける。
「今彼女が言った通り、『エーテル』は現在では国連所属になっている組織、『不死鳥』が何千年も管理していた代物だ。それを当時の不死鳥のリーダー、『レークス』が世界中に散布し、これまではフィクションの中だけの存在であった、超能力を現実のものにした。ま、その理由については歴史の授業の先生に教わってくれ。」
彼は学生の顔を見ながらさらに画面を進める。
「で、そのエーテルについてなのだが、エーテルには2種類ある。
最初から物質として存在する『オド』と、
エネルギーとして存在する『マナ』である。
『オド』は『マナ』と比べると存在量が少ないが、この大気中にも、我々ダイバーズの体内にも、存在している。最新の研究によると、『オド』は物質というより疑似的な細胞としてとらえたほうが良いと言われている。『オド』は神経細胞のような働きを持っており、我々の脳から出た
「つまり、ダイバーズは体内に『オド』を保有する人間、ということでしょうか?」
学生の1人が質問を投げかけると、矢島はその学生に向かって答える。
「おしい。
理由は2つ。1つは、大気中にも『オド』は存在しているため、ダイバーズでない普通の人の体にも、『オド』が取り込まれることは十二分にあるからだ。呼吸とかでね。おそらくこの時代において、体内に『オド』のない人間は一人もいないだろう。
そして2つ目は、ダイバーズはあくまでも
「ということは、『オド』を体内に取り込んだことで変異した人が“超能力者”になる、ということですか?」
「その通りだ。だから、今ダイバーズでない人が突然ダイバーズになることは十分にあり得る話だ。また、同様の理由から、両親がダイバーズだからと言って、その子供や孫が必ずダイバーズになるとは限らない。君たちも親戚にダイバーズでない人がいるのではないかな?」
矢島の言葉が終わると同時に、学生たちが騒ぎ始める。そして、周囲の学生と同様に、山田が勝輝たちに向かって尋ねた。
「あたしの両親は普通の人間だったなぁ。お兄ちゃんはダイバーズだったけど。みんなは?」
「オレの家族だと、弟はダイバーズじゃないな。」
「私の両親もですね。」
「あ、典子ちゃんの両親はダイバーズじゃないんだね~。私の家とおんなじだよ~」
「勝輝の家はどうなの?」
山田の問いに、勝輝は一瞬口を紡ぎ、
「ああ、両親ともダイバーズ
と答えた。
山田は“しまった”という顔をして口を開いたが、矢島の質問によって彼女は言葉を発することが出来なかった。
「では、その一番奥の黒い服を来た、そう、君だ。君に質問しよう。今のダイバーズの定義を含め、ダイバーズの特徴を端的に表した、『ダイバーズに関する10原則』を教えてくれないか」
指名された勝輝は一瞬眉間にしわを寄せる。
(やはり、自分のことを知っているのか――?)
しかし、彼は周囲にその様子を悟られまいとゆっくりと立ち上がり、矢島を見て淡々と答えた。
「『ダイバーズに関する10原則』。それは、
第一に、ダイバーズは遺伝子が変異し、エーテルを操作できる人間を指す
第二に、ダイバーズは、自身の思い描くイメージを情報としてエーテルに付与し、物体や生態、そして現象そのものとして具現化できる。これを能力と呼ぶ。
第三に、ダイバーズは、エーテルが存在しない空間では能力を行使できない
第四に、ダイバーズは、能力を行使する意志を持った瞬間に身体的負荷がかかり、疲労を感じる。これを総じて『疲労』という。
第五に、ダイバーズは疲労が限界に達すると能力が行使できない
第六に、ダイバーズの能力の効果が及ぶ範囲や発動にかかる速度には、個人により限界が存在し、その限界は生涯変化しない
第七に、能力の起点は必ずダイバーズ自身である
第八に、一度情報が付与されたエーテルに第三者が干渉することは基本的にできない
第九に、情報が付与されたエーテルは一定時間経過後に、元の
第十に、上記の9つを逸脱するダイバーズは存在しない。
以上になります。」
勝輝は静かに、しかし素早く席に着く。その姿を見届けてから、矢島は全員の方を向いた。
「ありがとう。今彼が言った通り、我々ダイバーズには10の原則がある。これを逸脱した能力はこの世に存在しないし、そのようなダイバーズも存在しない。
例えば、空間的にエーテルの存在しない領域である『壁』を通り越して能力は発動できないし、それゆえに壁を通り抜ける『通過能力』はフィクションの中のものだけだ。ま、詳しくはまた今度にしよう。
そして、君たちにとって最も身近に感じるものは『疲労』だろう。『疲労』とは、原則4にあるように、能力を行使しようという意志を持った瞬間にかかる身体的負荷のことだ。これは能力の規模や種類によってどのように顕れるかはばらばらだが、最も多いのが行動不能や眠気である。他にも能力を行使するたびに体の一部の機能が停止したり、身体的負傷を追う場合もある。」
「なるほど、陽子が眠いのは『疲労』の1つという訳だからなのか。」
高木は納得したというように手を打つ。
「そうそ~う。私は広範囲の音を聞き分ける代償として、その分、脳への負担が大きいんだよ~。人間の脳が一度に処理できる情報のキャパシティを超えちゃっているんだ~。」
足立は肩をすくめながら乾いた笑顔を見せ、なおも続ける。
「ダイバーズの能力の種類って、どうやって決まってくるのか、未だによくわからないから、私みたいな能力もあったりするんだよね~。で、しかも原則6なんてものがあるから、これは治せないんだよ~。」
「……」
彼らは、足立の言葉にあきらめを感じ取っていた。能力の発動条件やその効果範囲は一生涯変わらない。それは見方に依ればまさしく“病”だったからだ。自分の意志に反して勝手に能力が発動し、しかもその反動で抗えない眠気に襲われる能力など、先天的な病理宣告を受けるに等しいものだった。足立は他のダイバーズと変わらない普通の生活を送っているように見えたが、その能力は日常の生活に大きな影響を及ぼしているに違いなかった。彼女が過去にどんな苦労をしてきたのか、周りの4人には分からず、ただ同情するように彼女を見つめていた。
「でも、成長しない、というわけではないんだよね。能力の『効果の維持』や『能力の応用技術』は自分の努力次第で変えられるから。
私の場合、最初はいろんな音がいっぺんに聞こえてきて大変だったけれど、4年……くらいかな?特訓したら何を聞きたいか選別できるようになったし……。
ま、せっかく能力があるんだから、どうせなら能力を使いこなしたいよね~」
少し無理に笑う足立に、大原はうなずく。
「そうね。私達はそれを主に学ぶためにこの応用能力学科に入ったのだもの。一緒に頑張りましょう。」
「うんうん。頑張ろうね~、典子ちゃん!」
大原はにこりと微笑んで足立を見るが、彼女の語尾には何かを思いつめるような暗さがあった。
その暗さについて足立が疑問を抱く間もなく、矢島が手を2回叩き、再び話し始めた。
「さて、『BIG MUTATION』の後に、ダイバーズはそうでない人々と対立することもあった。また、能力者至上主義のような考え方も現れたし、2030年に起きたダイバーズを中心とした第三次世界大戦のせいで、攻撃タイプのダイバーズが他を虐げる、能力者同士の対立もあったりした。今でこそ皆が手を取り合う平和な世界だが、それでも『黒箱』のような過激な一派はまだ存在している。だからこそ、君たちは能力について詳しく知り、お互いを理解しなくてはならない。」
彼はそこまで言うと教壇の前で立ち止まり、後ろで手を組んでニヤリと笑う。
「ここまでいろいろ能力について説明してきたが、正直言ってこれでは能力についても、この世界についても分からないことが多いだろう。字面だけで能力を理解するのは難しい。だから、君たちにはこれから『実技』をしてもらおうと思う。」
「と、言うことは――」
「そうだ、みんな、ついてきなさい。お互いの能力について理解を深めるために、これからみんなの能力を実際に使ってもらおう。」
その言葉に、教室に歓声が沸き上がる。
「おお、まじか!授業で能力使っていいとか、高校までじゃ有り得なかったぜ!」
「みんなの能力見てみたいわ!」
「ふっここで俺の力を、ついに見せる時が……!」
「ええー、疲れるんだよな~、私の能力~」
学生たちの意見は様々だったが、皆中学生のようなはしゃぎっぷりである。そんな中でも一番に浮足立っていたのは高木だった。
「おおおお!これは腕が鳴るぜ!鍛えに鍛えた能力の技、見せてやろうじゃないか!よし、勝輝、俺の能力、『熊手』をその目にしっかり焼き付けろよ!」
「……ああ。期待しているよ。」
「いや、あんたの能力名、すごい名前ね。くくくっ」
呆れたような顔をする勝輝とは対照的に、山田は笑いながら言う。それを見ると高木は満足そうに口角を上げ、腕の筋肉を見せて豪快に自慢する。
「そうとも!この熊のごとき肉体にふさわしい名前だと思わないか?」
「いや、似合う似合う。似合いすぎ。」
「おもしろそうだなぁ~、私はみんなの能力みたいなぁ~、まだ私だけしか能力の紹介していないしさ~」
足立が大きく背伸びをしながらいう。それを聞いた典子はか細い声で、そうね、とだけつぶやいて立ち上がる。
まるで、席から逃げるように――
「そういえば、肝心のお前の能力まだ見ていなかったな。自己紹介の時も『創造体形成能力』だったか?しか聞いてなくて、具体的に
高木が勝輝に尋ねる。勝輝はやや面食らったようであったが、彼の興味深々な顔を見てすこし口角をあげて答えた。
「俺の能力?そうだな――すぐに、分かるよ。」
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