第零話 新硫黄島にてⅡ
島の南側の海岸に、緑色のテントが張られた一団が存在する。周囲には同じ緑色の迷彩服を着こんだ軍人が、交代で警備にあたっている。その中で、ひときわ警備が厳重になっているテントが1つある。そこの入り口には他とは違って布が垂れ下げられており、周囲からは中の様子が見えなくなっていたが、耳をそばだてればかすかに中の会話が聞こえてくる。
「情報を整理しよう。」
中背な男が落ち着きと余裕を持った悠然たる声で、地図を囲む他の5人の男女に言う。
「今、我々日本軍能力者特殊部隊は、ここ『新硫黄島』にて、能力至上主義を掲げる過激派テロ組織『黒箱』の掃討作戦を行っている。私、草薙敦が将軍を務め、我が第3隊と第5~8隊、そして第10隊の合計6隊、総勢120名で作戦を本日一八○○時に開始した。そして二三○○時に戦闘行為を中断、そして現在に至る。この5時間の間に上陸作戦、並びに中心の敵施設を除いた島全土の制圧作戦が終了した。味方の死者・負傷者はゼロ。敵の死者は28名、負傷者56名で、投降した者は13名である。まずここまでで間違いはないか?」
彼の言葉にテントの下にいる一同がうなずく。そしてその後に続けて、巨漢の男が残念そうに一言つぶやいた。
「結構時間がかかっちまったな」
「仕方ありませんよ、長嶋隊長。なにせ、この島はできてからまだ25年。現地調査等をする前に『黒箱』に占領されちゃいましたから。地図も詳細なものはないからうかつに動けない。」
長身の泣き黒子を持つ男が、巨漢の男を慰める。
「いやいや、宗次、お前のところの第7隊は2時間もせずに目標を制圧したそうじゃないか!同じ陸上部隊である俺の第6隊でも、3時間を要したのだ。こう、若いもんが素早く成果を上げているのに、年長者が後れをとるというのはなんだか悔しいではないか。がはははは!」
第6隊隊長、長嶋王司はその図太い声で高らかに笑う。その声は暗いテントを一気に明るくし、メンバーの顔に小さな微笑みが生まれた。
「ふふ。そうですね。あなたが歴代最年少で特殊部隊隊長に任命されてから、今年でもう4年目。わたしたち他の隊はみな、あなたの登場以降後れを取る形になっていますもの。今回は年長者の腕の見せ所、と張り切ったつもりだったのですけどね。」
濡れ羽色の長い髪をした女性が、微笑みながら宗次に言う。
「いや、僕などまだまだですよ。今回の作戦は安藤渚隊長ひきいる海兵部隊、第5隊の活躍があってのものです。私の指揮能力は、上陸作戦時のあなたの指揮に遠く及ばないでしょう。」
宗次はそういって軽く安藤に会釈する。
それを見て彼女は「あらあら」と少し困った顔をしてみせた。
するとその隣にいた痩せ気味の男が、彼女の意図を組むようにそよ風のような声で訂正する。
「はは、別に君にお世辞を言ってほしいわけではないんだよ、宗次君。彼女を含め、我々能力者特殊部隊は、君のひきいる第7隊と競うのが楽しいんだ。」
「吉野隊長。」
「僕ら第8隊は医療班だ。特に精神系の
吉野友継は少し自嘲ぎみに肩をすくめる。その言葉が終わると同時に、一番の年配と思しき男性が白い口髭を撫でながら声を発した。
「それで、だ。そんなエリート隊長も参加の今回の作戦なのだが、どうにも腑に落ちないところがある。」
重みのあるその声に、一同は顔を再び強張らせる。
「能力者、通称『ダイバーズ』。2026年に散布された『エーテル』によって、ある程度の物理現象・生理現象を、機械などを介さずに、意志によってのみ自由に行使・発現できる人間……」
「そして、そのダイバーズが社会の中心にあるべきだと主張する能力者至上主義。これを掲げるテロ組織、『黒箱』は2033年から活動を始め、これまで2度鎮圧・解体されてきました。」
吉野と安藤は自分の記憶が確かであることを確認するように言った。
「そして19年前の2070年6月に、3度目の『黒箱』が活動を始めた。彼らは50年以上たった今でも能力者至上主義を掲げて日本全国でテロ活動を行っている“能力者集団”だ。だからこそ、同じダイバーズのみでつくられた我々治安部隊が出動した。だが――」
「敵にダイバーズが
長嶋の最後に言おうとした言葉を、白い口髭を蓄えた男が口にする。そしてさらに彼は髭を触りながら付け加える。
「儂の第10隊は島の北東部で敵と交戦し、敵を殲滅した。そこでもダイバーズは一人も確認できなかった。加えて敵の武器を調べたところ、“ダイバーズと戦う設備が全くそろっていない”ことが分かった。これは山田宗次君のところでも確認済みだ。」
「ええ、大島隊長のおっしゃる通り、僕の方でも確認しています。僕の隊は島の南西部で交戦していました。遭遇した敵の所持していた武器は剣やナイフ、拳銃数丁と機関銃、手榴弾に、大きな武器としては小型ミサイルがいいところでしたね。」
宗次は持っていた敵の剣を机の上に置く。手入れを怠っているのだろうか、さび付いた太い短剣が側面に湾曲してしまっている。
「あまりに原始的過ぎるな。」
草薙は腕を組んで忌々しそうに続ける。
「今は100年前の時代とは異なり、強化スーツにレーザー砲、そしてエネルギーシールド技術が軍事力の主力になっている時代だ。特に対能力者戦闘においては、相手が超自然的な力を使うが故に、これらは必須。『黒箱』がそれらを調達できていたらそれはそれで問題だが、『黒箱』は
草薙は一瞬間をおいてから怒りを露わにして言う。
「設備が不足しているとはいえ、原始的な手段でだけで戦うというやり方は、ダイバーズの戦いにおける誇りも矜持も感じられない。
下策の中の下策だ。
不愉快極まりないやり方だ。」
「まぁ『黒箱』に限らず、戦場にダイバーズがいない、というのはおかしな話だな。ダイバーズでない人間を雇って戦うこと自体は割とあるが、そういった連中だけに戦わせるという話はここ最近では全くない。」
長嶋の言葉の後に、少しの沈黙が訪れた。
彼らは超能力に関する事件に対し、軍事的な手段を用いて事態を収拾し、平和を維持する特殊治安部隊である。それゆえ、相対する“敵”は常にダイバーズであったのだ。故に、ダイバーズでない“敵”という事態は、得体のしれない不安と疑念を彼らの中に抱かせていた。
そしてその不安を最初に言葉にしたのは、宗次であった。
「敵は、『黒箱』ではない可能性も――」
「いや、そう決めるのは早計だ。」
草薙は宗次の言葉が言い終わらないうちに、はっきりと伝えた。おそらくこの場にいる誰もが考えていることだったのだろう。だからこそ、草薙は皆に言い聞かせるように強く言う。
「今この状況から相手を“黒箱以外の敵対勢力”と見なすことはできない。何故ならまだ完全に敵を制圧したわけではないからだ。残っている中央の建物にまだダイバーズが存在している可能性は十分にある。
それにここにはいないが、諜報部隊の第9隊の情報は確かなものだった。ここが黒箱の拠点になっていることはまず間違いない。偶然ダイバーズがいないだけなのか、それは投降してきた者を尋問すれば明らかにもなるだろう。」
「では、最後の制圧作戦の前に尋問をするべきではないですか?そうすればこちらも余裕をもって作戦を立てられますし――」
「余裕などないのだよ、吉野君」
大島は吉野の言葉を遮り、威圧するように説明する。
「確かに尋問をすれば時間はかかるが安全に任務を遂行できるだろう。だが、我々には時間がない。ここは敵地なのだ。いつ援軍が来るか分からない。しかも仮にダイバーズがここにいないのだとすれば、
「いや、確かにそうかもしれませんが、相手にダイバーズがいるなら、その能力が何であるのかをはっきりさせるべきです。そうしなくては、大きな被害が出る可能性が高くなります。」
「何をのんきな……」
吉野と大島のやり取りを見て、ひとりの男が口をはさんだ。
「では、お二人の意見を聞いて1つ提案をしたいのですが。」
「……いいだろう、何かね、宗次君。」
草薙は腕を組みながら宗次に許可を出す。宗次は軽く草薙に会釈してから考えを述べ始めた。
「吉野隊長のおっしゃることも、大島隊長のおっしゃることも理解できます。援軍が来てしまえば明らかに我々が不利になります。ここは太平洋に浮かぶ孤島。もし、敵の援軍が来れば海上と陸からの挟み撃ちにあってしまいます。我々が援軍を呼んでも駆けつけるのは早くて2時間です。これではこちらが全滅してしまいかねません。一方で尋問により相手の情報を聞き出すことは最も効率よく、被害を最小限に抑えて戦うことが出来ます。
そこで私が提案するのは2隊で突入、2隊でバックアップを、そして1隊で敵の援軍に備え海上にて待機。そして残る1隊で尋問を行うのはどうでしょう。」
「なるほど!いいではないかその案。第6隊隊長、この長嶋王司はその案を支持する!そしてぜひとも突撃部隊に――」
「だめだ」
「あらぁ。」
宗次の案を聞くや否や、真っ先に賛同した長嶋の振り上げられた腕は、草薙の言葉で力なく取り下げられた。
「確かに宗次君の案は名案だが、2隊を戦場から引き揚げさせるのは戦力を大きく削ぐことになる。中央の施設は見たところ3階建ての鉄筋コンクリートだが、地下にも設備がないとは限らない。敵にダイバーズがいる可能性を考えれば、バックアップの人数は40人では不足だ。それに長嶋隊のメンバーは長期の能力使用に依る『疲労』が見られる。早急の戦いとなると、回復するのは難しいだろう。」
彼はそこまで厳しい目つきで宗次を見ていたが、ふっとその眼光を緩めると、言葉を続ける。
「だが私も何もせずに突撃することは愚策だと思っている。
能力者は“力こそ全て”だが、
常に最善・最良の策をもって全力で物事に対処するべきだ。そこで、海上にて待機する隊と尋問する隊を1つの隊にやってもらい、バックアップを1つ増やして行うことにしようと思うが、どうだろうか。」
草薙は他の5人に尋ねる。他の5人は皆一様にうなずき、その案が決定された。彼はそれを見ると、口角を少し上げ、説明を始めるのだった。
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