第20話転職と悪魔

思い悩んでも仕方がないと思い、気分を変えるために料理を始めた。

料理、と言っても名ばかりの簡単調理。

炊飯器に豚の塊肉を入れ、にんにくと生姜を入れる。

そして、炊飯ボタンをポチッとな。


とりあえず、初期工程は完了。

あとは二度目の炊飯ボタンぽちっと工程の前に注ぐだし汁の作成ーーっというところで、視界に黒い何かが現れる。


そろそろ来そうだな、と思ったが本当に来た。

二本の触覚を嬉しそうに動かして、

俺の顔でニタニタ笑っている。


手近な新聞紙を丸めて、潰してやろうかと思ったがやめた。

もし、ドッペルゲンガー的なアレで俺までダメージが跳ね返ってきたか困るからな。

物理的に考えれば、そんな頂上現象、あり得ないだろうが、そもそもこいつの存在があり得ない。

羽の生えた小人なんて、見たことがない。

漫画やアニメの世界の住人である。


こいつをSNSにあげて、小銭を稼げないかと思ったこともあったが見た目が俺そっくりである。

しかも全く可愛くない。

映えないこと限りなしだ。

下手にネットに散らして炎上でもしたら目も当てられない。

故に、こいつの存在は放置に限る。


「およよ、ご機嫌斜めみたいですね」


「まあな、また落ちた」


「よく落ちますね、飽きないのですか?」


「飽きるよ。けど、飽きても落ちるんだから仕方がないだろ」


無視するのもあれなので、とりあえず会話をする。

こんなやつでも、人語が使えれば意思の疏通ができる。


「いや、そうではなくて、どうして諦めないのかな、と。そんなに短期間に落ちまくると、心折れませんか?」


悪魔風の見た目の割に、こいつはどこか優しいところがある。

口調もどこか弱きで、低姿勢。

にやけ顔も俺の不幸を笑っている、というわけではなくデフォルトなのだろう。


「別に逃げればいいじゃないですか、前より悪い会社に行けばいいじゃないですか。何を気にしているんです、誰を気にしてるんです?」


その問いに、俺は言葉が出ない。

どころか、はっとした。


別に、俺はそこまで金を求めていない。

あれば越したことはないが、別に生きる分だけあればそれでいい。

趣味も大してないし、そもそも使う場面がそうない。

こうして無職である時の備えとして消費されるくらいだ。


仕事内容についても、研究にこだわりがある訳でもない。

むしろ、研究職という仕事に半ば絶望したからこその転職だ。

あの職には相性がある。

絶対的に。

より良いもの、

または新しいものを生み出す。

その行為にかかる時間は際限がないし、極めることはできない。

いくら努力しても究極には届かないし、

いくら経験を積んでも至高にはたどり着かない。

ドMの道だ。

俺はSだ、ソフト目の。


あるいは、企業体質と周囲の人間が良好でないとやってられない。

少なくとも、俺には相性が悪かったし、後者についてはそれこそ絶望的だった。


有給は使わなくても大して気にしなかったし、

残業も時間内に仕事が終わらないなら仕方がないと納得していた。


なら、普通に研究職じゃない、前職よりも諸条件の厳しいとこも含めて探せばいい。

けど、俺はそれはしなかった。

前職を基準として考えてた。

そして、落ち続けた。


親か、

旧友か、

同期か、

俺自身か。


目には見えない誰かの存在をきにして、

条件を下げるという行為に手が出なかった。

自分の意思で、自分の過去を否定するように思えたから。


ここで曲げたら今までの、

努力や、

我慢や、

頑張りが、

全て無駄になってしまうような気がして。


サンクコスト、

沈んだ時間と労力。

それを救うための努力、それは徒労なのだと分かっている、

分かっては、いるのだけれど。


「人生ノーミスクリアな考え方、捨てた方が楽じゃないですか?あなたより低位で愚かな人、この世界にいっぱいいると思います。僕が言うと、まさに悪魔なささやきになってしまうので恐縮ですが、あなたはもっと楽して生きていいと思います」


そいつは、俺の声で、心底心配するように言った。


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