第5話二度寝の朝 悪魔

「おっはよー、今日もいい朝だね!」


憎たらしい程、元気な声。

チャバネゴキブリの如き触覚を不愉快に動かしつつ、朝の挨拶。

私は無視を決め込む。


「ほらほら、ちゃんと挨拶されたら返さないと。社会人失格だぞ!ーーいや、二度寝どころか五度寝までしている君は既に失格者か」


皮肉るように言う、

私の声で。

嘲るように笑う、

私の顔で。

あぁ、鬱陶しい。


「まあ、私のことを無視するのは構わないけど。嫌われていることは、わかってるし、それが仕事だし運命だからね」


肩をすくめながら言う。

こいつは、

私にしか見えない、

私にしか聞こえない、

そんな不思議な存在だ。

こうして私のテンションが一定以下になると現れて、私の状況を嘲笑いにやってくる。

しかも、何故か私ベースの見た目をしている。

黒を基調にした、ネグリジェのような衣装。

まあ可愛らしいと言えなくはないが、そいつが『口撃』してくるのだから、良い印象は当然ながら持っていない。

それに加え、ゴキブリのような触覚が二本生えている。

悪魔のソレ、とも言えなくはないが。

ーーたしかに、いま考えるとこいつは悪魔なのかもしれない。

私の中に住む、悪魔。



ちなみにこいつに対し殴る、潰すと言った物理攻撃はまるで効果がない。

こいつへの対策は『相手にしない』しかない。

だけれど、私の姿を模していることから察するに、私の知識と記憶を共有している。

だからこそ、無視しきれないトラウマや感情をつつかれ、結局は相手にする羽目になる。

そして、状況はより悪くなる。


「ほらほら起きて、準備しないと遅刻するよ!」


物理干渉はできないため、あくまでーー『悪魔』で口を出すだけである。

だから私は布団をすっぽり被り、穴熊を決め込む。

もうこのままでいい、

このまま、10分過ごして今日は休んでしまおう。


「職場でみんな待ってるよ!君が来るのを待ってるよ!」


委員長のように、言葉をかける。

これではまるで、不登校の女の子だ。

だとしたら、こいつの言葉は逆効果だ。

みんなが待っているなら、余計に行きたくはない。

むしろ、みんながいないならば、行ってもいい。

誰もいない場所なら、そこに私の居場所を作っても、文句は言われないだろうが。


「無断欠勤なんてしたら、クビになっちゃうよ」


悪魔は続ける。

一般論を、

悪魔なのに、

悪魔っぽいのに。


今の時代、無断欠勤の一回や二回でクビにはなりはしない。

体調不良の連絡をメールすれば、コト足りるし、そもそも私の仕事は誰にでもできる。

私の代わりは誰でもできるし、

誰でもできることを、私が代わりにやっているに過ぎない。

だったらいっそ、このまま無断欠勤を続けて、辞めてしまおうか。

それがいいのかもしれない。


「そんな自堕落な女の子は彼氏にも捨てらるよ!」


言葉が続く。

私の彼氏はそんなできた人間ではない。

彼こそ自堕落で、

向上心のない、

負け犬だ。

何故、付き合っているのかと言えば、彼が私を必要としてくれるから。

私のことを褒めてくれるから。

だから、ぶっちゃけどうでもいい。

きっと、探せば私のことを褒めてくれる人はいる、

必要としてくれる人もいる。

誰でもいいから付き合いたいと言う人はいる、

私みたいに。


ーーあれ、おかしいな。

思考がだいぶん否定的だ、後ろ向きだ。

それはそうか、悪魔の言葉への反論を半ば自動生成しているのだから。


「頑張って、まずは一歩踏み出そうよ!」


悪魔はポジティブな言葉を吐き続ける。

その口元は小さく笑っていた。


あぁ、なるほど、

これがこいつのやり方か。

幾度と戦って、やっと気づけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る