第一話 13
「そんな、馬鹿な……」
ダンガーは幽霊でも見るような目で俺を上から下へ、下から上へと舐めるように視線を浴びせる。
「貴方は既に死んで……」
「あぁそうだ。 オサ=グロウリーという人間は死んだ。 今此処に立っているのはその亡霊とでも思ってくれていい」
俺は踵を返し、さっき弾き飛ばした大剣の元まで歩くと、それを片手で持ち上げて肩に担ぐ。
「お前がこんな大剣を選んだのは、俺の真似だろう」
かつてこの街を訪れた時、俺が持っていた剣はまさにダンガーと同じ、身の丈以上の大剣だった。 人間だけでない、異形の姿をした魔物相手にただの短剣だったり剣では意味がない。 線ではなく面で。 斬るのではなく断ち切る。 どんな生き物であれ、体の一部分が千切れればダメージになるだろう。 そう思いながらずっと担ぎ、そして魔王を屠り世界を平和へと導いた剣だ。
「追討されていたときに壊れてな。 今思えば、あいつも寿命だっただろうな。 さすがに二本目は歳だから振れないって考えて、こういった代物になったわけだ」
そういって俺は大剣をダンガーの横にゆっくりと置く。
「どうして……! どうして今になって現れたんだ!!」
ダンガーは兜を脱ぎ捨て、自分が怪我を負わされたことを忘れたかのように俺の胸倉を掴み上げた。 それを止めはしない。
「いきなり現れてなんだ! 俺が悪だとでも言いたいのか!? アンタが教えてくれた通りにやって、その終着点が教えた本人が現れて制裁か!?」
そうだ、勇者の前に立つ者はどんな何時いかなる時代だって“悪”だ。 光と影のようにその組み合わせは絶対で永劫崩れることはない。
「アンタがそう言うんだったら、俺だって剣をとる! 俺はただ、みんなの幸せを願っただけなんだ!」
一方的にそう告げられると、ダンガーは横に置いてあった大剣をとって構え直す。 顔は涙でぐしゃぐしゃになっていて、見れたものではない。 だが俺は何も言わず、彼を見ながらただ立っている。
「うおああああああああ!!」
愚直に、呆れてしまうほどに突っ込んでくる。 それしか知らなかった。 怯える人々を奮い立たせるように先陣を切っていったその姿が重なる。
「――ッが!?」
攻撃の“溜め”が“攻め”に転じた瞬間、俺は四撃をたたき込んだ。 剣を持つ手首、喉元、鳩尾、利き足の膝。 刃ではなく鞘に収めた状態で。
目にも留まらぬ四撃をまともに喰らったダンガーは驚愕で目を見開き、酸素を取り込もうと口を大きく開けている。 咳き込んだ後、息絶え絶えになりながら、大剣を支えにしてもう一度立ち上がる。
「ダンガー、俺の旅はお前の断罪でも、過去の贖罪なんかでもない」
大剣を振るう姿に、あの時の自分が重なる。 利き腕の肘、もう一度同じ膝。
直接のダメ―ジがないにしたって、与えられる衝撃は大の大人だって蹲ってしまうほどの威力を俺は叩きつけている。 だがそれでも、彼は立ち上がる。 目に見えない沢山の誰かがダンガーの後ろにいるから、何度だって立ち上がる。
「俺は死人だ。 過去の人間で今更何かを変えようなんてことは思っちゃいない! ただ俺は自分が正しかったのかをこの目で確かめたかったんだ!」
魔王を倒したのは確かに色々な人に頼まれた、いわば仕事だった。 けれどバレスティアを含む、過去に訪れた街に手を貸してきたのは誰かに言われたからではない。 無視することだってできたけれど、それでは嫌だと自分がやりたいと思って手を貸した、たったそれだけの話だ。
「俺のやったことは本当にみんなを幸せにできていたのか、用意されていた道なんかじゃない、自分の意志で切り開いたその思いはどうなったのかをただ知りたいだけだ! 今になってその過去の行いに手を加えようなんて思っちゃいねえ! ――だがな!」
三度、立ち上がってきたダンガーの顔面に拳を叩き込む。 何年かぶりに殴った拳にも痛みが走るが、さらに拳を固めてもう一度殴る。
「役目を終えた人間が、過去の人間が消えるのはいい。 ――けどな! 罪のない子供の未来を摘み取ろうとしているそれは! それは紛れもない、お前が嫌っていたはずの“悪”だろうがッ!!」
最後に、ありったけの力を込めてダンガーの顔を殴り飛ばす。 歯と血をあたりに撒き散らしながら、ダンガーは地面に仰向けに倒れた。
「なぁ、勇者様……俺ァ一体、どうすればよかったんだ?」
血の混じった唾を吐きながら、ダンガーは俺に問いかける。
「賊は退けた、行商人の安全を確保した、汚職を許さなかった、人を増やして犯罪を減らした、他にどうすればこんなことにならずに済んだんだ? また教えてくれよ、あの時みたいに……」
俺は刀を拾い上げ、腰に戻した。 結局はこいつも俺と同じ、過去に囚われている人間なんだ。 自分は正しいことをしていると思っていたはずなのに、いつの間にか切っ先を向けられていた。 戻ることを誰も、そして何より自分が許さなかったから前に進むしかなかった。
だから俺はダンガーに手を差し伸べ、こう言うのだ。
「そんなもん知るか」
ダンガーは差し伸べられた手と俺の答えを前にキョトンとした顔で聞いていた。 そして何がおかしいのか、クックックッと小さく笑い、やがて広間全体に広がるような大声で笑い出していた。
「知るかときたか。 随分無責任になったものだな勇者様? あの時はすぐに教えてくれてたのによ」
「もう過去の人間が出しゃばる幕じゃねえって意味だ。 でなきゃお転婆娘と旅なんかしてねえ」
そう答えるとダンガーはまた腹の底から笑い出した。 笑いながら目頭に涙を溜め、一滴、頬を伝った。
「ずっと苦しかったんだ。 誰も間違っていると言ってくれないことがとても苦しかった。 皆の顔から笑顔がなくなったとき、そこでようやく間違いなんじゃないかと疑った」
「でも周りは正しいと言ってくれた」
ダンガーは頷いた。
「あんたが初めてだ。 俺に面と向かって間違っていると言ってくれたのは」
そう言って彼は俺の腕を掴んで、自身の足でゆっくりと立ち上がった。
「これからどうするんだ?」
「さあな。 あんたに会えばまた答えが見つかると思っていたが、そう上手くいかなかったからな」
そう言いながら彼は玉座へと向かい、愛憎混ざった視線をそこにぶつけ、そして亡霊の名が刻まれた部分に手をかけてそこの部分を引きちぎった。
「おま、それ鉄だろう……」
「原初は忘れない。 だが受け継いで貰おうと思う」
そう言って大剣を柄の部分まで地面に突き刺す。 参列者は俺を除いて誰もいない、何十年も街を守った英雄はこうして人知れず、未来に席を譲った。
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