第一話 14
「ぁぁぁああああ朝だあああああああああ!」
けたたましい声と共に渾身のボディープレスが腹部へと炸裂する。 昨晩の傷もろともプレスされたもんだから酸欠の苦しさと傷口の開く痛みの両方によって眠気は綺麗さっぱり吹き飛んでしまった。
「ご、ふっ……カルミア、お前……昨日の怪我は?」
「ばっちしもう治った!」
そういってカルミアは未だにほんのりと紅い頬を突き出して見せる。 逃げる途中で擦り剥いた傷も今は瘡蓋となって剥がれるのを待つだけだ。
先日の戦いのあと、ダンガー自らの手によってカルミアとアーロンが囚われていた牢屋へと案内された。 釈放と同時に、ダンガーは二人に深々と頭を下げて自らの過ちを謝罪した。 その後、すぐさま全体会議を開くと言って、信頼する兵士数人に護衛されながら宿屋まで帰宅したわけだ。 昨日の今日で何かが変わるわけじゃない、だが確実に変わっていく。 その先が良いものか悪いものかは今じゃはっきりとわかるわけがないけれど、より良いものにしようと意志があるのであれば、行き着く先は明るい筈だ。
「ストックさん!!」
ドタバタと足音を立てて、今度はアーロンが俺の部屋へと入ってくる。
「怪我は!? もう大丈夫なのか?」
「あぁ、そんな大したもんじゃない。 あーそれとアーロン、昨日の話なんだがな……」
明日でこの街を出て行く、そう話したときにアーロンはひどい癇癪を起こした。
“弟子を置いていくな”“俺は師匠の元で強くなる”等など。 帰路の途中、あまりの煩さに寝ていた住人が窓から文句を言われたほどだ。
だから今日も朝一でお願いをしに来たのだろう。 しかし、俺の決定は揺るいで異な事をアーロンに伝える。
「悪いがなアーロン。 昨日からずっと言っているがお前を連れては――」
「あ、それはもう大丈夫ッス!」
「うん、だがな。 それじゃあ心配かけるだろうしお前もこれから――え?」
意外を通り越して驚愕の域にまで達してしまっていて、上手くリアクションがとれない……。
「俺、昨日一晩考えたんス。 確かに今の俺じゃ足手まといだって」
まあそこまではわかる。
「だから思ったんス! 強くなってから合流するって!」
「まあ理屈はわかるが……この街にそんな強い奴いるのか?」
「昨日の黒い鎧着たおっちゃんッス!」
「はあああああ!!?」
「昨日別れ際に頼んだらいいって返事くれたから今日から行ってくるッス!」
しばらく口をあけて放心する他なかった。 確かにダンガーの強さでこの街に右に出る者はいないだろう。 だからといってあんなに嫌っていた自警団の団長に頼み込むなんてありなのだろうか?
(いや、でも兜かぶってたから顔はバレてない……のか?)
まあアーロンが付いてくる問題は解決したのだから一件落着、ということでいいのだろうか。
「……ま、大きい怪我はせずに元気でな」
「はいッス!」
朝の市場が始まる前、朝露が肌を湿らすこの時間が未練もなく街を出れる。 一度活気づいた街を後にするというのは何回繰り返しても慣れることはない。 結局のところ、俺たちは旅人であってこの街の正確な仲間ではないのだから。
「作ってもらったお弁当は?」
「持った!」
「昨日買った剣」
「つけてる!」
「お手洗い」
「あ、まだ!」
カルミアは慌ただしく荷物をその場において、パタパタと一番近くの手洗い場へと駆け込んでいく。 そんな姿に小さく笑みがこぼれる。
「もう出て行くのか」
懐かしい声が背後から聞こえる。 迷いのない、澄んだ良い声だ。
「前来たときも、夜が明けてすぐだった」
「寂しいのは昔も今も変わらない。 それに俺の巡礼の旅は始まったばかりで、カルミアの世界を知る旅も一緒だ。 二泊三日、長いようで短い人々との出会いが旅人を旅人たらしめるんだよ」
「……そうか」
「あぁそうだ」
そう言ったっきり、俺たちの間に会話はなくなった。 通りの角からカルミアが勢いよく飛び出してきて、こちらへと向かってくる。
「アーロンをよろしくな。 あいつは筋が良い」
「もちろんだ」
ただそれだけ言って、背後の気配はスッと消えていった。
息をきらしたカルミアが興味深そうに誰と何をしていたのかを聞いてきた。
「そうだな、昔の親友と喋ってたんだよ」
そう言って俺とカルミアは荷物を背負って街の外へと踏み出した。
旅はこうして続いていく。 未来への祝福か、あるいは過去の傍観か。
一方は出会いと別れを繰り返し、また一方は過ぎ去った己の幻影を垣間見る。
故に、彼らと出会った者は願う。 その旅の行き着く果てがどうであれ、二人にとって祝福に満ち溢れているようにと。
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