第一話 11

 過去の人間は現在に大きく関わるべきではない。 特に死んだ人間なんかが今を生きる人々に関わって、世の中を引っかき回すなんてどちらも望んじゃいない。

 だから影法師だ。 人々の間で根付く噂だ。 遠くで揺れる蜃気楼だ。

「おい、お前。 ここから先は立ち入り禁止だ」

 だから今夜の出来事は誰にも知られることはない。 根無しの風来坊の逆鱗を自警団が触ってしまった、たったそれだけ。 そこに英雄の姿はなく、正義の文字もない。

「貴様、いい加減に――」

 こちらに伸ばしてきた警備兵の手首を刀でたたき落とす。 先日と同様、納刀した状態でそれを行う。 鈍い音があたりに響き、苦悶の声をその場であげる。

 異常を察知した警備がぞろぞろと武器を携えて現れ、あっという間に包囲陣を築き上げる。 敵ながら見事な手際だ。

「ルー・ストックだな!? 貴様何をしているのかわかっているのか!?」

「わかってなきゃこんなことしねえよ。 なに、テメェのケツを拭きに来ただけだ。 お前らも俺が来ることを望んでたんだろ?」

 言い終えると同時に真正面に向かって駆け出す。 左右から突き出された槍をいなし、鈍器と化した刀を思いっきり振り回して数人を吹き飛ばす。 一瞬だけ円陣が崩れるが、それをすぐさまカバーするように円が小さくなっていく。

「アーロンとカルミアをどこへやった? それだけ教えてくれりゃ大人しく帰る」

「な、なめやがってッ! 全員、やっちまえ!!」

 そのかけ声と同時に野太い声が四方から飛び交い、凶器を高く掲げる。 円陣が生き物のようにうねり、自由に動ける範囲が狭まっていき、やがて一歩踏み込めば加傷範囲の距離にまで小さくなる。

 俺は刀を握る力を一瞬だけ弱め、肩の力を抜いた。


「報告します! 第二門が突破、依然敵はこちらに向けて侵攻を続けています!」

「馬鹿な!? 敵はじじい一人だろうが!?」

 なんだ? これは一体なんだ!? あの娘を捕らえて、本部にやってくるであろうじじいを気が済むまでボコすって手筈だっただろうが!? 

「ど、どうなさいますか?」

「黙ってろ! 今考えてるんだッ!」

 狭い部屋に誘い込む? だめだ、相手は一人。 大勢で襲えば逆に身動きが取りづらくなる。 かといって大きい場所で戦うといっても、突破された門以上に広い場所なんてない。

(一対一? 馬鹿かこの身を持って相手の力量は知ってんだろう!)

 思考を巡らせれば巡らせるほどに何をするべきなのかがわからなくなっていく。 柔軟に対応出来るはずが固定された考えを順々に回っていることに気づきかけた時、再び戦況を知らせる報告が飛び込んできた。

「報告します! 敵が内部に侵入、現在東館を中心に遊撃中とのこと!」

「内部まで侵攻を許したのか!?」

「も、申し訳ありません!」

 ダメだダメだダメだ! 迷っているとその間に戦況が変わっていく。 おそらくさっきであれば足止めとして有用であった遠距離攻撃や人海戦術、その他諸々がこの報せによって使えなくなった。 狭い場所で達人レベルの風来坊と勝負?

「クソッタレが!!」

 机上にあった館内図を破り捨て、自分の剣を腰に差す。

「人質の場所まで案内しろ! 俺がそこに行く!」

「し、しかし的の対処は……」

「んなモン自分たちで対処でもしてろよ! 俺はなぁ自警団にさえ入れば家も、飯も、女も好き勝手できる街があるって聞いたからここにきたんだ! あんな化け物とやり合うために張る命なんか持っちゃいねーんだよ!」

 絶句する兵士達の前で俺は言葉を続ける。

「なにが自警団だ! 暴力で民衆を黙らせて、山賊どもと似たようなもんじゃねえか! おかげで自由にやらせてもらったが、俺は逃げる。 あの娘を人質にして街の外まで逃げちまえば俺の勝―」

「悪、見つけたり」

 地の底から響くような声が身体を芯から震わせた。 ただ一言だけ耳に届いただけなのに、息ができない。 歯がカチカチとなって抑えることが出来ない。 いつの間にか部屋の空気がズンと重くなっていて、報告にきた二人の兵士も腰を抜かした状態で距離を置こうとしていた。

「忠誠は虚偽であったと、貴様の口から出た。 本心とは恐怖が臨界点に達したときに発露する」

「ち、違ッ―俺は!」

 後ろを振り向いたときに、後悔した。 心の何処かで後ろの声は魔法か何かで設定された悪戯だったりとか、恐怖心に煽られた俺の幻聴であってほしいと。

 振り向き、そして視認する。 それが紛れもなく生者の喉元から響かせた声であって虚ろではないこと。 その者は俺を『悪』と見定め、身の丈ほどの大剣を振りかぶっていたこと。 頭頂部から股間にかけて、熱した鉄のようなモノが一瞬にして身体をすり抜けていった。

“謝らなければ”

 そう思って口を開こうとするけれど、さっきまで出来ていた当たり前が出来ない。

「私が出る。 総員退避させよ」

 まるで俺なんて存在しなかったかのように、そいつは俺に肩をぶつけてきた。 何をすればいいのかわからない。 とりあえず剣を抜いて切ってしまおうか。 そこまでしてようやく気づいた。さっき肩をぶつけられた時、俺の半身は既に床に転がっていて、こんなことを考えている残った半身は無様な案山子のようにその場で俺は立ち尽くしているだけなんだと。 徐々に言葉が意味を理解できなくなっていく。 なにもかもが雑音として処理されていき世界が冷たくなっていって、そして……。

「そ、その者は如何いたしますか?」

「悪に墓など必要ない。 家畜にでも食わせておけ」

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