第一話 9

「それじゃあ、これください!」

 陽は大きく傾き、大通りから少しずつ人の姿が消え始めた頃、私はようやくお目当ての物を手にすることが出来た。

「うっはああああ! おいしそおおおおお!」

 今朝から甘い匂いと看板に書かれた絵で私の乙女心をくすぐっていた、多種多様な果物がこれでもかと器に入れられ、その上から火山が噴火したような蜂蜜と生クリーム、そしてそのど真ん中にアイスクリームと呼ばれる代物が乗った夢の“すいーつ”というやつだ。

 さらに店員さんが私を気に入ってくれたらしく、もう一個アイスを乗っけてくれるサービスまでしてくれてなんというか有頂天というやつだ。

「おま、さっきも甘いモン食ってなかったか?」

「甘い物は別腹だって旅の途中で誰かから聞いた」

 顔を引きつらせているアーロンを尻目にどんどん口の中へスプーンを動かしていく。

「お前、もしかして渡されたお金を全部使い切るわけじゃないだろうな?」

「あったりまえでしょ? というか当初の目的は達成してるんだから細かいところはいーの!」

 そういって私は先ほどアーロンと共に選んだ短剣をポンポンと叩く。

 本来であればおじと私で武器を買いに行く予定であったのだが、非常に情けないというか当たり前というか……。

 腰をやったのだ。

 時折ではあるが、私も護身用にとストックおじから剣術は学んでいる。 ただ私自身が好まなかったり、時間が空いて何もないときの暇つぶしの一種としてでアーロンのように学ぶ意思を持ったことはない。

 おじも久しぶりの学徒とそういう若さに充てられたのだろう。 稽古は徐々に白熱していき、終盤にさしかかるにつれ、おじの顔にも微笑みが生まれていたのを私は見逃していない。 そして最後、おじは格好つけたかったのだろうか、誰が見てもわかるような無茶な体勢で剣を振るってしまい宿屋まで運ばれる羽目となった。

 もちろん出かけられる筈もないので、仕方なくアーロンとともに武器を買いに出かけ,今はその帰りというわけだ。

「師匠、大丈夫だといいんだけどな」

「平気平気、明日にはケロッとしてるだろうしね」

 ごちそうさま、と手を合わせて“すいーつ”を平らげるとお店から出て、宿屋への帰路へと戻る。

「そういやお前は師匠といつから一緒なんだ?」

「んー雨が降ってた日」

「いや何時だよ……」

「む。 じゃあアーロンはこの街に住んでから何日目か覚えているの?」

「いや覚えてるわけないだろ」

「私も一緒。 だからそーゆーこと」

 なんか言いたそうだったのでしばらく顔を見つめていたが、なぜか顔を赤くして目をそらしてしまう。 何か言えばいいのにと思いながら私は首をかしげつつも歩を進めた。

 街は日が傾いているとはいえど、完全に人が消えることはない。 急いで今晩の食事の材料を買いに来ている人、迎えに来た友達と肩を組んで酒場へと入っていく大人たち。 そういう人々の営みを見ているだけで一日が潰せてしまいそうだ。

「なぁお前って――」

「カルミア」

「えっ?」

「さっきから思ってたんだけど私は“お前”じゃない。 私にはカルミアって名前があるからそう呼んでよアーロン」

 私がそうお願いすると、これまた顔を赤くして黙り込んでしまう。 もしかして風邪でも引いているのだろうか? 私と二人きりになってからというもの口数は減っているのは察しの悪い私でも察していた。

「ま、無理に言わなくてもいいよ。 ただそういう呼ばれ方が嫌いだからさ」

「? そうなのか?」

「うん、おじと会う前に住んでた村でそんな呼ばれ方だったから。 っていうか名前も違ったし」

「前はどんな名前だったんだ?」

「ニエ。 誰がつけたかはわからないけど村中の人がそう呼んでたから」

 へぇー、と自分から聞いてきたくせに適当に相槌をうつアーロンの脇腹を小突き、その反応を見て笑う。

 歳が近い人と話すことがこんなにも楽しいとは思わなかった。 まあこんなに突っかかってくるとは思ってもみなかったけれど、それも新鮮ですごく楽しい。

 この冒険を始めてからというもの、こんな機会には恵まれたことがなかった。 今までずっと村や森の中で育ってきたということもあるかもしれない。 見上げるような建物も、ゴツゴツして角張った岩が綺麗に模様までつけられて組み立てられているのを見たときは声が出た。 村の人を全員呼んだとしても、それを圧倒する人の多さに目を見張った。

 アーロンはもちろん、ここにいる人には当たり前の日常だろうけれど、私にとっては何もかもが新しい発見と経験の連続で。 なんというか、このまま毎日を新しいことで埋め尽くしたいとも思う反面、この日常に身を溶かしてみたいとも思う私がいる。

「じゃあ師匠とはどういう風に会ったんだ?」

「神様のところへ歩いていたら倒れてるおじに――って……」

 話そうとした瞬間に、なんだかあたりが嫌な空気になっていることに気づく。 後ろを振り向いてみると、あんなにいたはずの人たちが一切がいなくなっており、ただ事ではないということを察する。 アーロンも私に続いて異変を察知し、歩みを止めてその場に立ち止まった。

「おーおー、こんな遅い時間に出歩いてるとは感心しねぇなあガキンチョ共」

 高圧的な声が聞こえてきた方へ視線を向けると、武装をした兵士が一人、裏路地から姿を現した。

「遅いって……まだ陽が落ちただけじゃねえか!」

「陽が落ちた、理由としちゃ十分じゃねえか。 それともやましいことがあるからそんな態度をとってるのか?」

 そんなことを言っている間に背後も同様に、路地からぞろぞろと屈強な男達が姿を現してくる。

「隊長ォ! そこのガキ、剣なんかぶら下げてますよ!」

「おいおい……危ねえモン持ち歩いてるんだなお嬢ちゃん」

 黄ばんだ歯をこちらに見せながら、隊長と呼ばれた男は私の腰にある剣を舐めるような視線を向けた。

 よく見ると隊長と呼ばれた男は先日、スーおじが返り討ちにしたあのリーダー格の男だ。「言っておくけど、これは私が護身用に買ったやつでまだ一回も抜いてないんだからね」

「だからどうした。 問題は危険物を持ち歩いているってことだけだ」

 そう言いながら男は腰にある剣の柄を引っ掴み、乱雑に引き抜く。 金属が鞘と擦れあう音を皮切りに、囲んでいた兵士達も一斉に抜刀する。

「加えてお前は外の人間。 もしかしたら野盗だとか反社会的組織と繋がっている可能性だってあるからな」

「そんなの―」

「そんなの言い掛かりだろッ!」

 私の声を遮ってアーロンが声を荒げて反論するが、自警団の連中はゲラゲラと笑い出してこちらの話には聞く耳を持とうともしない。

「他の民衆に危険を及ぼすものを持っている方が悪いだろう? 俺たちはバレスティアの治安を守っている、職務ってのを全うしているだけだ。 何も職権乱用ってわけじゃねえさ」

 私が昨日指摘したことを言っているのだろう。 そこを敢えてしっかり押さえてきているあたりに性格の悪さがにじみ出ていると辟易する。

「それで? 危険物を持ち歩いてるから逮捕するって? 理由としてはだいぶ横暴だと思うんだけど」

「ここでは俺たちが法でありルールだ。 俺らが黒つったら黒なんだよ。 それにな――」

 そこで言葉を切ると、男はずかずかと私の目の前まで歩いてきて、堂々とした態度で口を開いた。

「こっちにだって面子ってもんがあんだよ。 どこの骨ともしれない風来坊がフラッとやってきて、街の法たる自警団をぶん殴られて黙ってるなんて出来るわけねえだろ」

 用意されたような言葉ではあったが、仲間うちではそれに感化されたのかあるいは台本の通りなのかはわからないけれど同意を示す頭の悪そうな声が方々から上がった。

「俺たちはこれから正義を執行するんだ、黙って捕まっとけば多少ではあるが刑も軽く……」

 瞬間、私の平手がその男の頬に小気味のいい音をあたりに響かせ、炸裂した。 私が

こんな所業にでることを想像できなかったのだろうか。 男はバランスを崩し、片膝を地面について信じられないものをみるように瞳を大きく開いていた。

「冗談にしたって笑えない。 昨日の仕返しが正義? バッカじゃないの」

 胸倉をつかんで言い聞かせるように引き寄せる。

 自警団だけじゃない。 屋内に逃げていった人々の盗み見るような視線が一身に集まっていることを肌で感じる。

 私はここの住人じゃない。 ここに初めて訪れてからようやく一日とちょっとが経ったってだけで知らないことばっかりだし、アーロンのように仲良く話せる人なんて本当に片手で数えられてしまうくらいだ。

 何も全員が全員そう思っているわけじゃないのはわかっている。 自警団の振る舞いに渋々納得している人もいれば逆に全面的に肯定している人たちだっているかもしれない。

 けれどこれだけは言わなければと、そう思った。 私自身が絶対正しいとは限らない、でも。

「正義って言葉は皆のためにあるんだ。なにもかもが許される免罪符なんかじゃ決してない」

 きっとそれだけはどこにいようと同じだと、同じであってほしいと信じている。

「―ッ! この、ガキが!」

「きゃ!?」

 まるで私の言葉を振り払うように掴んでいた掴んでいた私の手を利用して引き倒す。

 手のひらと膝に痛みが走るけれど、追い打ちをかけるように私の頬に痛みが走った。

「うぅ……」

「生意気にいっちょ前の口上垂れやがって! そんなもん知るか、俺らがここではルールなんだよ! なぁそうだろう!?」

 一拍遅れて同意を示す声が再び私たちを囲み、さらに私たちを非難する声が強まってさっきよりも暴力的な案なんかも耳に入る。

「手錠持って来い! こいつには俺たちのことを徹底的にわからせてやらねえとなぁ!」

「くっ」

 単純な話でおじのように強くもなく魔法もしらない私が大の大人に腕を掴まれた場合、脱出出来るなんて都合のいい展開にはなりはしない。 振り払おうと腕を上下左右と腕をふるけれど万力のように締め上げられていてはどうもすることが出来ない。

 手錠を持った男が徐々に近づいてくるのを視界の端で捉え、冷たい汗が背筋を伝った。

(……やば)

 その瞬間だった。

 私の真後ろにいた人影が一瞬で躍り出ると、相手が反応できない速度で木の棒で手錠男の顎を切り上げた。 ボコンと鈍い音が鳴ると同時に丸太のような指から手錠が離れ、ガシャンと音を立てて地面へと落ちた。

「なッ!?」

 狼狽するリーダーの男に向かって、アーロンは木の棒を構え直して叫び声を上げながら突っ込んでいく。

「うおおおおおお!」

 一撃を恐れたのか、私を掴む手を離すと同時に後ろへと飛んでその一撃をギリギリのところで回避する。

「こっちだ!」

 今度はアーロンが私の腕を掴むと円陣の最も薄い箇所へと走り出す。 ……とはいってももちろん武装した大人が構えて待っているので無謀とも思えるのだが。

「わかった!」

 強く引かれた腕に迷いはないようだった。

「手荒でいい! そのガキ共を捕らえろ!!」

 かけ声と同時に大人達の壁がギュッと迫ってきたのを感じ、その迫力と恐怖に生唾を飲む。

「貸せ!」

 アーロンは私の腰につけてあった巾着袋を有無を言わさずにむしり取って紐を緩めた。 そして進行上の相手へとその袋を投げつける。 金銀銅と何種類もの硬貨が宙を舞い、さながら礫のように襲いかかる。

 堪らず顔面をガードする自警団。 それと同時にアーロンは姿勢をガクンと下げ、まるで犬のように突っ込んでいき、自然と私も加速する。

 木の棒を水平に保ち、ガードすることによって視界が途切れた二人団員のスネに突っ込む。 すると文字通り足を掬われた団員がその場の空中で前転し、背中から地面へと叩きつけられる。 そして二人を倒した先にある路地は子供しか入れないような狭いもので木の箱や不要品でごった返していた。

「ひとまず逃げるぞ! しっかり付いてこい!」

「う、うん……!」

 一瞬だけ後ろを振り向くと、狭い通路に入ろうと二、三人くらいの大人が私たちの後を追っかけている。 さらにその後ろでは回り込めだの逃がすなだのの怒号が耳に届いた。

 今更になってその光景と自身がその渦中にいたことを思い出して恐怖がこみ上げてきた。

 けれどそれの心中を察してくれたかのように、アーロンの手が私を優しく握り返してくれた。

 逃げ切れるかどうかはわからないけれど、握った手の温かさが一人じゃないということを告げていた。

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