第一話 8

「痛ってええええ!」

 訓練用の剣とはいえ、もうこれで10を超えた回数は打ち込んでいる。 何度も挑むその心意気だけは非常に頼もしいのだが。

「今のは大振りすぎだ。 もっとコンパクトにして――」

「くっそおおおお! もう一本!」

 アドバイスのアの字も聞きやせず、ほぼガムシャラに振っているだけだ。 止めたい気持ちはあるのだが向かってくる力が強いから受け止めきれずに……

「痛ったああああ!」

 こうなってしまう。

「今のも「だぁああああくっそおおおおお!」

 もうチャンバラでいいのではないだろうかと思いかけてきた頃、ようやくアーロンがその場にあぐらをかいて座り込んだ。

 これはチャンスと俺も立て膝をついた。

「先生、オレどーッスか? 強くなれそうッスか?」

「人の話をゆっくり聞けばもっと強くなるかもな」

「そッスか……、あーあ」

 アーロンはため息にも似た声をあげて地べたに寝転がって空を見上げた。 少し離れたところではカルミアがジュースを両手で持ちながらニコニコとこちらを眺めている。 その両脇には出店で買った食べ物と別味のジュースも数点置いてある。 道中もアーロンが量について食ってかかったが、好きなものを抱えていたカルミアは気にも止めずに笑顔で応対していた。

「もっと手っ取り早く強くなりてえなぁー」

 不満そうに呟くアーロンの横に腰を下ろして、用意してあった水を渡してやってから自分も一口飲んだ。

「お前はどうして強くなりたいんだ? 自警団に憧れてるわけでもなさそうだし」

 さりげなく聞いた質問だったが、アーロンは待ってましたとばかりに身体をガバッと起こし、目をキラキラ光らせながら顔を近づけてきた。

「そりゃ強くなって自警団の奴らをぶっ飛ばす為ッス! 街のみんながあいつらのこと嫌いだし、すぐ殴るし物を壊すし。 だからオレがめっちゃ強くなって懲らしめるッス!」

「なるほどねぇ……」

 冷たい水が食道を通り、胃に流れていく。 少し火照った身体を内側から冷やすようにゆっくりと、浸透していくのを感じる。

「立派な夢だな」

「そうなんス! だから――」

「あぁ、立派な夢物語だ」

 俺の返答を聞いた途端、アーロンの表情が強張った。 その顔を横目に見ながら言葉を続けた。

「言い方が悪かったな。 別にその夢が無理だと笑っているわけじゃない。 無理ではないが実現することは限りなく難しいことだってことが言いたかった」

「わ、わかってるッス! でもだから」

「昔、同じようなことを言ってる奴がいたんだよ」

 アーロンは言いかけた言葉を飲み込む。

「まっすぐな瞳を持った、権力にも怖じけることのない青年だった。 “街の皆が苦しんでいる、皆を助けたいから力を教えてください”ってな。 頼み込まれたそいつは青年の願いを聞き届け、力を教えた」

 やがて青年の純粋な願いに呼応し、集団として形作られるようになっていき、そして当初の願いである“街のみんなを守る”という願いは達成された……しかし。

「青年に力を教えたやつも馬鹿だったらしくてな。 正しい使い方ってのを教えなかった」

 流れない水はやがて腐る。 使わない刀剣は錆びていき、守るべきものを守れなくなる。

 腐った力は無差別に誰かを傷つけるものだということを、教えることなくその地を去っていた。

「……それ、どうなっちゃったんだよ? 教えた奴は戻ってきてきちんと教えないのか?」

「さあな。 俺が聞いたのはそこまでだ。 鍛えることも大事だし、敵を見ることも重要だけどな、一番大切なことはその力をどう使うかだ」

 頭に軽く手を載せてやると、アーロンは少し驚いた顔をして俺を見つめた。

「大丈夫だ、どんなに強くなったとしてもこの話を覚えているなら、きっと道を外れることはない」

 アーロンは顔を落とし、そして黙って頷いた。 休憩中にする話でもなかったかと反省しながら、立てかけてあった訓練用の剣を持って立ち上がった。

「長くなったな、練習の続きといこうか。 使い方を学ぶ以前に強くならないと意味がないぞ」

「……はいッス!」

 どこか腑に落ちないような表情をしつつも、まるで振り払うように剣をとって俺に斬りかかってくる。 まあ難しい話だ。 結局のところ、力の正しい振る舞い方なんてマニュアルは存在しない。 どんな聖人君子、英雄だろうと過去の行いが善行であったかなんてわかりはしない。 判断するのは未来の人間で、今を生きる俺たちではないのだから。

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