第一話 5

「さぁ好きなだけ食べとくれ!」

「おじ! おじ! 肉が、肉がいっぱい!」

「わかった、わかった。 いいから手を合わせろ」

 バレスティア自警団を退けたあと、その場にいた店主さんにお願いをして近くの宿屋を紹介してもらった。 しかも"お礼"といわれ宿代もすべて出してくれるという厚遇だ。

「いい食べっぷりだね、カルミアちゃん」

「こんなに食べる子は最近じゃ少ないしな、ばあさんも作り甲斐があるだろう」

 その声に応えるように、キッチンから次の料理の香ばしい香りが漂ってくる。

「すみません、何から何まで」

「いいんだよストックさん。 あなたは私の友達を救ってくれた、それだけで十分だよ」

 紹介された宿屋は老夫婦が切り盛りしており、宿の外装や内装、用品には年季が入っているものの、それを補ってあまりあるサービスと気配りの質は老舗のそれと相違ないほどであった。

「話を聞けばストックさんは相当お強いと聞いたのですが、過去になにか?」

「大したことではないですよ。 昔はもっと物騒でしたから己の身を守るために、少し。 まぁ昔は力にものをいわせて大きいものをブンブン振ってましたが最近はどうも……こいつを振り回すのが精々ですよ」

そう言って机の横に立てかけてある太刀を叩く。

「昔と言われると、やっぱり魔王がまだ存在していたときの?」

「そうですね。 あの時期は生きるために必死でした」

 約20年ほど前、魔王という厄災が世界へ侵攻を始めた。 人間たちは当然のように手を取り……とうまい具合には進むわけはなかった。 混乱の中で吸収という形での領土拡大、魔王のスパイがいるという理由や根も葉もない噂、こじつけで地図から消えた国や街は両の手だけでは数え切れない。 加えて治安は世界的に低くなって様々な犯罪行為が横行した。

 そんな動乱に終止符を打ったのが勇者と呼ばれた英雄だ。

 勇者オサ=グロウリー。 僅か数年という歳月で世界を救った"元"英雄、またの名を世紀の裏切り者。

「あの時は驚きましたねぇ。 王族を手にかけたんだって聞いたときは街中が騒いだもんだ」

「……」

 明確な理由は未だにはっきりとはしていないが、調査機関によると「不遇による恨み」

と発表された。 中には勇者の力を恐れた暗殺説や魔王の時間差で発動する魔法に充てられて正気を失った等、様々な憶説が飛び交ったが未だに真相が明るみに出ることはない。 わかることは、閉ざされた王室で血だまりの中心に勇者が剣を握っていたということ、そして勇者は既にこの世には存在しないということだ。

「勇者様がクーデター起こしたのが魔王討伐から5年。 逃亡から捕まってその場で処刑されてから10年以上。 カルミアちゃんの世代はもう過去の人なんだろうね」

 亭主が笑いかけるとカルミアは口を動かしながら首を傾ける。 既に勇者の名前を知っている子供の数は少なくなった。 英雄であり大罪人。 大人たちは黙って恩恵に縋りつつも、子供には多くを語らない、いつしかそれが暗黙のルールのようになっていた。

「この街にも勇者が?」

「えぇ、いらっしゃいました。 聡明で若く、情熱と気品に溢れた勇者様は当時問題になっていた野盗を追い返してくれました」

 そして、と言葉を続ける。

「バレスティア自警団の基礎を作った方でもあります」

「なんだって?」

 思わず食事の手を止め、亭主の顔を見る。

「当時、バレスティアは自衛手段というのを持ち合わせていませんでした。 国から派遣された兵士はいましたが、どうしても手が足りなかったり、野盗と裏で手を組んだりした輩もいました」

 そしてあるとき、勇者が街へと来訪して彼らを追い出す。 しかしそれは結局のところ一時的な問題の引き延ばしに過ぎない。 常に守ってくれるわけもなく、それどころかやっかいな敵は既に中へと侵入しているのだから。

「『自警団を作ろう』。 誰も街の腐敗を見て見ぬフリはできなかった。 その一声でバレスティア自警団は発足しました」

 野盗や魔物に対しての自衛、治安維持のための見回り。 防衛に必要な技術や役立つ魔法を勇者はこの地に残し、旅路へと進み去った。

 結果的にバレスティア自警団は成功を収めた。 多くの時間や犠牲を払いつつも、日が進むにつれて効果は明らかなものへと変わっていった。 

「いつからかはもう記憶にありません。 思い返せば今へと至る片鱗は当時からあったとも思います」

「力をつけすぎたと?」

 俺がそう聞くと、黙って頷いた。

 自警団が強力に肥大化してくれば、必然的に攻め込もうと考える人間は数を減らす。 やがて刃を向ける敵が来なくなったのならばどうすればよいのか。 この街を見ていれば答えは明白だ。

 "敵を作った"のだ。 外からがなければ内側に潜んでいるかもしれないと。 

「規模の縮小や解体の声は上がらなかったのですか?」

「何度も上がりました。 最初のうちは検討するの一点張りで、次第にその意見を許さない態勢を取り始めたのです。 裏で犯罪集団と繋がってるだの平和を乱す者として弾圧された人は多い。 加えてその時期には既に自警団がこの街を取り仕切っていました」

 無意識だろうか。 亭主はテーブルをじっと見つめながら自身の右肘につけられた古い傷をなぞるように撫でた。

「ただまぁ、本当にあの頃と比べれば窮屈ではあるけれど平和な暮らしができている。 彼らがいることで平和が続いていることは事実であるからこそ、あの横行に耐えるしかないのです」

 ハッとしたように、亭主が申し訳なさそうに慌てて頭を下げた。

「すみません、食事中にこんな話題を……」

「いえ、気になってたことですし、むしろ部外者の私がこうもずかずかと聞いて申し訳ない」

「おばちゃん! おかわり!」

 今までの暗い空気をぶった切るようにカルミアの元気な声が食卓から飛び出し、なんとも座りの悪かった雰囲気が幾分か軽くなった。 空気の読めなさはこういう時に役立つのだろうなと思いながら、俺は温くなってしまった料理を口に運ぶ。

「そういえばストックさんの旅はどちらまで?」

「特に考えては。 若い頃に巡ったところを回るつもりでいますが、順番もなければ、終わりもないです。 しいていうならこの娘が飽きたら終わりかなと」

 そういってカルミアの頭に手を乗せる。 俺の顔を見ると、照れたように笑い再び運ばれてきた料理に手をつけ始めた。

「仲のいい親子だ。 私たちも見習わなければいけないなですな」

「ううん、おじさん。 私とおじは親子じゃないよ」

「なんと。 そうなのですか?」

 前言撤回。 別に親子じゃないのは言わなくてもいいだろうに。

「えぇまぁ……。 成り行きというかなんというか……出会いは――」

 瞬間、扉が勢いよく開け放たれ、息を切らした少年が入り込んできた。 ぱっと見カルミアと同じ10代だろう。額には汗を光らせ、肌着も汗でべったりとくっついている。

「こらアーロン! お客様がいるんだよ!」

 台所から飛んでくるお叱りの声も聞かず、アーロンと呼ばれた少年は顔をあげる。

 一瞬だけカルミアの方へ視線を向けた後、俺の顔を見て動きが止まった。

「アンタが自警団ぶっとばした人か?」

「アーロン! 失礼だろうやめなさい!」

 立ち上がろうとした亭主の腕を素早い身のこなしですり抜けると、少年は俺の足下で膝を折って頭を下げた。

「オレを、弟子にしてくれ!」

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