第一話 4
「どうしてあそこで退いたんだ、まだ手があっただろう!」
「……黙れ」
「何が黙れだ腰抜け! 仲間をこんな目に遭わせたやつの前からおめおめと逃げやがって! お前にはバレスティア自警団の誇りが――」
「黙れっていってるだろッ!」
怒鳴ったことで追求はやめたが、やはり目線ではさっきの指示に納得がいっていないことがひしひしと伝わる。
それがどうした、リーダー格の男は募ったイライラと恐怖心を捨てるように唾を吐いた。
しかし口内はさっきからいくら水を飲んでも干上がっているようで唾さえも満足に吐き出せず、結局は小さな唾液が飛沫しただけだった。
「……剣」
「あ?」
そういうと先の一戦で役割を終えた武器を腰から抜く。
鍔の部分から十センチにも満たない部分からポッキリと折れており、少なくとも人を切るなんて芸当はできないだろう。
ルー・ストックはこう言っていた。
『金属疲労で剣が折れた』
肉体強化の魔法による四肢の加速について行けず、鞘に触れた瞬間に折れたのだと。 ルーはそういうことにしたかったのだ。
「見たんだよ……」
肉体強化によって器官も強化されたリーダーの眼球が捉えた真実は違った。
剣は折れたのではない、受け止められてから折られたのだ。
「……まさか」
有り得ない、真実を告げられた兵士は笑う。 しかしその笑みは馬鹿にするような余裕の笑みではなく、どうか夢物語であってほしいと願いから生まれる乾いた笑いだ。
「剣は真っ直ぐで迷いもなかった。 何百、何千と繰り返した訓練の動き、つまづくような動きはしてない」
むしろシチュエーションが訓練そのものだった。 動かない、攻撃しない人形にありったけの一撃をたたき込む。 日常と化した風景、それが賊に似た人間に置き換わっただけ。
「やつの構え、地面に立てるようにあの細長い剣を構えたろ?」
男は黙ってうなずく。
「当たる直前、本当に直前だ。 瞬きが終わるかどうかの短い時間。 その短い間に奴は”抜いた”んだ」
否定はできる。 冗談だとか、臆病風に吹かれたとか言い訳だとか。 だができない。 したいのだができないというのが正しいだろう。 短い時間とはいえ命を狙った攻撃を何度もしたがその悉くを躱し、いなし、防いだ。 しかもその全てを初見で。
あの人間なら、そんな思いが胸を掴んで離さないのだ。
「本当にちょっぴりだ。 この折られた剣よりも少し大きい幅まで抜いた」
留め金しか見えなかったという。 刀身もどんな素材でできた武器なのかすらわからない。 なぜなら再び納刀されたから。
「奴は、ルー・ストックは鞘と鍔で俺の剣を受け止めた。 そして受け止められた衝撃で剣が折れたんだ」
そういってリーダーは折られた剣を見せた。
折られた根元をよく見てみると、蹄鉄を縦に割ったような痕跡が残っていた。
「……馬鹿な」
そう言うことしかできなかった。 お前の想像だと。
だが一笑に付すことはできなかった。 目の前に現実があるから。
「俺は笑われても怒られても、今の話を団長に話す」
「……勝手にしてくれ」
リーダーは何も言わず、基地へと歩を進めた。
もし。 もし仮に、今までの話が本当だとしたら。 嘘偽り無く語られた真実であるとしたら。
”あそこにドラゴンがいる”。 夢物語は夢であるから可愛げもあり、楽しめるものだ。 だがもしそれが真実であれば、そこにあるのは途方もない恐怖と底の見えない絶望だ。
嫌な汗が汗腺から一気に噴き出た。 ドラゴンを見たというリーダーに気づかれないように汗を拭いた。 汗はずっと止まらなかった。
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