第一話 3

 表へ出ると、自警団と観光者の喧嘩だと誰かが触れ回ったのだろう。 相当数のギャラリーが集まっていた。

 俺は言葉を発さずに道の真ん中まで進んで、彼らの方を振り向いた。 既に剣は抜かれ、各々が得手だと思われる型をとっていた。 捕らえる際に生死は問わなさそうだ。

「貴様を暴行の罪で粛正する!」

 声高らかに叫んだのは店内であまり喋らなかった男だ。 成り行きに身を任せるタイプなのだろうというのはさっきから想像はしていたが、まさかさっきの一言でこんなにも燃え上がるとは少々予想外ではあった。

 頭を腰の高さまで落として真っ直ぐ駆けてくる。 さりげなく、リーダー格の男が俺の死角へ入ろうとゆっくりと横に移動するのを確認、記憶する。

「ッシャア!」

 地面から剣が生えてきたかと錯覚するほどに低い姿勢からの突き上げ。 横へとスライドし避ける。

 が。

「まだァ!」

 突き上げた剣を逆手持ちへと切り替えて俺へと振り下ろす。 さすがに避けきれないと感じ、相手の手首に腕を当てて防ぎつつ、脇腹に蹴りを入れて距離を開ける。

「もらった」

 後ろから囁くようにして現れたのはさきほど死角へと回り込んだリーダーだ。

 頭ををブン、と振って後ろで結んだ髪の毛を相手の目へを当てる。 ぴしゃりと音がするとともに小さくうめく声が聞こえる。 利き手は剣の差している位置でどちらか把握しているので視界を封じているうちに、肘で刀身の横を小突き、攻撃を逸らす。 腹の横を通り過ぎて出てきた腕をつかんで、刺そうとした流れをそのまま前へと助長させて投げる。

「『原初は火』」

 声に振り向くと、蹴飛ばした相手が魔法を起動していた。

「おま、馬鹿か!?」

「『神の現し身 全ての罪を暴き 我に仇なす逆境を焼き払え』 食らえ!」

 罵倒したところで言葉が止まるわけもなく、子供の頭ほどの火球が手から放たれる。

 避けることは容易い初級の魔法だが、仮にも自警団を名乗る連中が街中で発動する魔法ではないだろうに。

「『治めるは水 万物等しき生命の滴 全てを飲み干し 我に平定を与えよ』!」

 手のひらから火球と同じような大きさの水球が浮かび、腕を伸ばした方向へと一直線に放出される。 互いにぶつかり合うと、軽い衝撃と湯気が群衆を襲う。

(初級にしては質量が大きい。 火球の速度も捕らえやすい、だとすると狙いは)

 すぐさま水の放出を抑え、火球を加速させてわざと引き寄せる。 腕二本分の近さまで迫った瞬間、今一度水を全力で放出する。 今度は放出口を指で押さえつけるようにして。 半円になった水の膜は火球全体を包み込み、さっきとは比べものにならない量の湯気を辺りに出す。

「ごほっごほっ」

 煙る視界の奥から咳き込む音が聞こえ、そこに納刀した状態の刀を乱暴に投げる。 ゴスッという鈍い音の後に人が倒れる音が聞こえた。 同時に火球が霧散し、そいつが魔法使用者であることを理解する。

「そん…な……」

 彼らを率いていたはずのリーダーは俺が投げた位置からほとんど動いておらず、今までの一部始終をしっかりと見ていた。 動いていないというより、俺が予想外の動きをしたために様子を伺おうとしたのだろう。 呆然と立ち尽くすその姿であったが戦闘態勢であることははっきりとわかった。

 俺は黙って刀を取りに行き、気絶した兵士の側から拾い上げた。 軽く土埃を払い、そのまま肩に乗せた。。

「銭置いて仲間連れて逃げるか、一対一で俺と戦うか。 どっちだ自警団」

「ぐっ……!」

 腹を括ったのか、リーダーは目を閉じ、聞き取れないほどの速さと声量で魔法を起動させる。 紡ぎ終えると同時に体の末端部分、甲の部分が赤く光り、やがて心臓へと伸び、宝石のように輝き始めた。

「肉体強化系か……」

 中級魔法。 単純に身体・心肺含めて強化される至極単純な魔法ではあるが、発動されてしまえば対策のしようがない面倒な魔法だ。

「後悔させてやる! 行くぞ!!」

 叫ぶと同時に動いた、と思った瞬間。

「な!?」

 足首を捕まれた。 単純な力ではどうしようもないほどの、足首に鉄塊でもくくりつけられたように重い。

(気絶してなかったか! あのド派手な肉体強化はこっちの魔法起動を気づかせないための囮か!)

 避ける、受け流すの選択肢は封じられ、このまま受け止めることもできるが武器ごと破壊される恐れがある。

「クソ、やるか……」

 身体の半身に腰がぶれないように支え、刀を納刀したまま地面と垂直に構えて柄を握る。

「血迷ったか! これで――終わりだ!!」

 刹那、ガキンという金属が砕ける音とともにこの戦いは終わりを迎えた。

 彼らの剣は根元から数センチ残し、その先は俺の足下にゴトリと音をたてて落ちた。

 一応、リーダーへと視線をやると信じられないようなものを見るように折れた剣をジッと見ていた。

「もういいだろう。 あー、あれだ。 金属疲労で剣が折れたんだろ。 まぁ……なんだ、無益な争いは止めろって神さまかなんかが言ってんだろ」

 リーダーは悔しそうに下唇を噛みながら、ポケットにしまった俺の財布をこちらに投げつけた。

「『ルー・ストック』……。 名前は覚えたぞ……」

 あ、と思い財布に視線を落とす。 当然といえば当然だが、そこにはきっちりと自分の名前が丁寧に刻んであった。

「起きろ、早くあいつを連れて基地に戻るぞ」

「で、でも」

「いいから早くしろ!」

 足下にいた兵士は不服そうにリーダーを睨み、続けてこちらを睨んだ。 やがて店内へと走って行き、肘を砕かれた仲間に肩を貸しながら出てきた。

「どけ!」

 怒号で群衆の囲みに穴を開けると、彼らはいそいそと去って行った。

 ほぅ、と息を吐いた瞬間。 今まで見物に徹していた群衆がワァッと歓声をあげて俺を囲んだ。

「お、おおおお!!?」

 訳もわからないうちに担ぎ上げられ、あれよあれよという間に胴上げが開始されてしまう。

「ありがとうルー・ストックさん!」

「ありがとう! ずっと我が物顔の自警団にウンザリしてたんだ!」

「本当にありがとう! 私たちにとっての勇者だ!」

 ありがとう。 助かった。 お礼し尽くせない

 感謝の言葉が四方から飛び交ってくる。 なんだか前もこんな風景を見たような記憶がある……ような気がする。

 やがて胴上げが終わると、何十人の人から拍手が与えられ、先ほどの飯屋の亭主がボロボロと涙を流しながら何度も頭を下げて感謝を伝えてくれた。

「本当に、本当にありがとうございます……、貴方は恩人です。 私にできることならば何でも言ってください」

「いえいえ、そんな……。 自己防衛の結果というか、その、なんというか……」

「そう言わずにどうか! ここで恩を返さねば末代までの恥です! 微力ですがどうか恩返しを……」

「あー……っとそうですね。 じゃあ一つだけいいですか?」

 人混みをかき分け、カルミアがようやく俺の元へとたどり着いた。

「安く二泊できる宿かお部屋を紹介してほしいのですが……いいですか?」

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