第一話 2

陽が高いから大丈夫、という考えはカルミアと一緒に行動する時は通用しないものと心得ておくことにしよう。

 色々なお店に目移りしてしまう。 これはわかっていた。

 飯屋についてもメニューで悩む。 これもわかっていた。

 おかわりを俺の確認もせずに何度もとる。 これはちょっと予想外だったが許容範囲だ。

 これだけであればまあ陽が落ちるまでには宿も探し終えている算段だった。

「オラァ、飯食わせろ!」

 怒号と同時に扉が乱暴に開け放たれた。 視線をそちらにやると鎧で固めた兵士三人組が我が物顔で店へと入ってきた。 ちらりと見えた入り口には行列の先頭が見えた。

 笑い声がひとときも絶えなかった賑やな店内は一瞬にして静まりかえり、さっきまでの店の雰囲気が嘘のように思えた。 店主を含め店内にいた客全員が視線を下に落とし、嵐が過ぎ去るのを願うように身動き一つとらずにいた。  もちろん、只一人を除いて。

「? え、みんなどうしちゃったの?」

 異様ともいえる雰囲気の変わり方に困惑の色を隠しきれないカルミアがオロオロしながら口にする。

 兵士たちはそれは鼻で笑いながら近くの席に座っていた人を椅子から蹴落とした。

「ぐっ!」

「何のんびり座ってんだよ、バレスティア自警団が仕事終わってきてんだよ! おまえらは席譲れや!」

 蹴落とされた人はふらふらと立ち上がって

「すみませんでした……」

 と一言謝ると代金を置いてさっさと店を出た。 それに倣うように、一緒に座っていた別の組の人も同様にして店を出て行く。

「けっ、気が利かねえ連中だ」

 一番血の気の多そうな兵士が苛立ちながらそう呟いて、机上に残っていた料理を床に投げ捨てた。 続けざまにガチャン、パリンと残っていた器を床に叩き付け、連中は席にドスンと腰掛けた。

「おい親父、さっさとイイモノ持ってこい。 あと酒だ。 当然、無料だよな?」

 店中の意識が店長と思わしき人間へと注目されるのを感じた。 店を汚され、客を貶されそれでも従うのだろうかという疑問と、その蛮行に対しての無謀ともいえる反抗。 それを感じ取ったのであろう、乾いた口内を動かしながら言葉を紡ごうとする。

「で、すが……その、ほ、他のお客様は、えと……」

「あ?」

 その一言だけでも十分な攻撃であった。 下品に笑っていた三人の顔から笑みが消え、弱った動物に狙いを定める獣の目つきへと変えた。

「ほ、他のお客様に迷惑ですし、……えと、備品も……ですから」

 ズドン、と三人の中で最も強そうな、リーダー格の兵士が机を蹴り上げた。 同時に店内から悲鳴も上がる。

「なぁおっさんよ。 オメエがここで商売できてんのは誰のおかげだ?」

「そ、それは……」

「賊や魔物から街守ってんのは誰だ?」

「……」

「誰だつってんだろうがァ!」

 再び、机が数センチ床から浮く。 こうなってしまってはどうしようもない。 その怒りがこちらに飛び火しないように祈りながらこの店を出ることが理想だ。 もし満腹ではないのならカルミアには別のお店で軽食を与えてやるとしよう。 そう考えた直後だった。

「それはおじさんたちのおかげでしょ」

 あぁそうだった……。 カルミアは”こういう”娘だ。

「バレスティアが守られてるのはおじさんたちのお陰、そこは間違ってないよ」

「ほぉ、嬢ちゃん、わかってんじゃ」

「でもだからって今までの行為が許されるわけじゃない」

 誰にも聞こえないように、俺は小さくため息をついた。 カルミアには何度も火の手、つまりはトラブルを如何に回避するかを教えていたが、いつまでたってもカルミアの火中のド真ん中に突っ込む癖は治せないでいた。

「このお店も誰のおかげかって、ここのご飯を食べに来る人たちがいるから商売ができてるの。 みんながいるから商売ができてここでご飯を食べられる。 おじさんたちが『みんな』をやってるいるわけじゃないでしょう?」

「こ、の……」

 空気の流れが変わる。 あぁ嫌な流れだ。 まとわりついて身体が重くなる、それでいて空気は澄んでいる。 誰かが発する戦いの意志、もしくは我が侭の具現化。

(……カルミア、そろそろ行くぞ)

「嫌だ」

 言いくるめようとした瞬間、最も血の気の多そうな兵士が立ち上がると同時に剣を抜き、振り上げた。

 全員が刃に意識をとられ、不測の事態と誰に凶刃が及ぶかまでは理解できていないようだ。 もちろん今はカルミアだが、こういう輩は感情次第で刃が様々なところへと飛ぶ。

 咄嗟に腰にある刀を納刀したままの状態で受け止める。 ガチン、と強い衝撃が刀を通して腕に加わるが力の均衡はそれで保たれた。

「きゃああああああああ!」

 ようやく事態を飲み込めたのか、鍔迫り合いを中心にしてまばらだった人が円形へと変わっていく。

「テ、メェ……」

「余所者の俺らがこの街の規則に口出すことじゃねえってのはわかってます。 このバカ娘が出過ぎたマネをして申し訳ない。 どうか一つ、若気の至りってことで剣を納めちゃくれませんか」

「誰がバカだ」

 目の前で剣が迫っているのにこの豪胆ぶりときたら……。

 とりあえずとリーダー格の男をジッと見つめているとそいつが鼻で笑って口を開いた。

「剣を納めてやれ。 確かに田舎の出ならこんな都会のルールを知ってるわけもねえしな」

 男たちはまた不愉快な声をあげ、斬りかかってきた輩も笑いながら剣を納めた。

 俺は刀を腰に差さずに、右手で持ったまま姿勢を正した。

「なかなか利口な爺さんだな、そうやって各地を駆け巡ったのか?」

「まだ四十過ぎだが……。 長生きの秘訣ってとこです」

「いやぁ参考にさせてもらうぜ田舎の先輩。 んじゃ」

「? その手は?」

 予想はしていたが、手のひらをこちらに差し出して、あからさまに要求をしていた。

「見逃し代だよ。 あんたの時代じゃ頭下げれば終わりかもしんねーが、今の時代は誠意は金で見せるもんだぜ?」

 ここまで悪辣極まると、そりゃ誰も見ることに徹するわけだ。

「はぁ……幾らだ?」

「ちょ、ストックおじさん!?」

 財布を取り出そうとした手を慌ててギュッとカルミアがつかむ。

「店主に料理の感想言ったらでるぞカルミア。 まだ腹減ってるなら別の店で食わせてやるから」

「そうじゃなくて! なんで私たちが悪いってことになってるの!? 順番も守ってないし、料理は投げるし、お店に迷惑かけるしそれに……」

「カルミア」

 語気を強めて名前を言う。 それで俺の心中を察したのだろう。

「出るぞ」

 恨めしそうに俺と兵士連中を交互に睨み付けながら、カルミアは荷物を持って一言、店主に「美味しかった」と告げて席を立った。

 食事代をその場に置き、賄賂を連中へと手渡す。 が、ずっと黙っていた男がニヤニヤした笑みを浮かべ、出口を塞いだ。そして顎クイクイと俺の手の中を指し示した。 俺は再び小さくため息をついて財布ごとリーダー格の男の手に乗せてやった。 三人の中で一番汚い笑い声を漏らしながら、そいつは道を譲った。

 さぁこれからどうしようかと思いながら店の扉に手をかけた、その時だった。

「きゃあ!?」

「っ!」

 後ろを振り向くと、さっき剣を振りかざした男がカルミアの首に腕を回し、身動きがとれないように抑えていた。

「あんたは誠意をみせてくれた。 謝罪もな。 だから通してやるが、このガキは反省してねえようだしいけ好かねえ。 それに……いい年頃じゃねえか」

 そういうと下卑た視線がカルミアの身体を舐めるように上から下へと注がれる。

「素直になったら返してやるから、おっさんは外を出歩……」

 そいつが言い終える前に、身体は動いていた。

 刀身に加え、鞘の重さも加わったそれは人間の骨を砕くには十分な重さが備わっていた。 大きく一歩踏み出し、円月を描いた軌跡はカルミアを掴んでいる男の肘を捉え、中身を砕いた。 握る力がなくなった瞬間、カルミアを野次馬の群れに押しつけ、肘を砕いてやった兵士は仲間の元へと突き飛ばした。

「きゃあ!?」

「ぎゃああああ!!」

 二つの悲鳴が店内に響き渡り……最も、片方は一瞬だが、その場にいた全員が状況把握に少々手間取ったようだ。

「悪い。 つい手が、な」

「ッ! テ、メェッ!」

 激昂した兵士たちは剣を抜こうとするが、それを制するように彼らに刀を向ける。 抜いてもいないのに効果はあったらしく、柄を握ったまま動かずにこちらを睨んでいた。

「やるなら表だ。 やらないなら仲間を抱えて治療してやれ。 無論、お前たちの基地でな」

 刀を腰に戻して腕を組んで、奴らの出方をうかがう。 既にこの場の主導権はこちらが握っている。 ここで強くまくし立てればすごすごと逃げ帰らせることは容易だろうが、ぶっちゃけ賄賂として渡した路銀が惜しいという気持ちもある。

 二人はさっきの俺の動きを見て喧嘩慣れしている人間レベル以上であることには気づいているはず。 素人なら地位で、暴漢なら武器・実力で勝ってきた連中はいざ同レベルかそれ以上の人間が目の前に立つと、まず、土俵にすら立とうとしない。

 だからこう言ってやるのだ。

「どうした? 仲間の敵がとりたくないのか?」と。

 その言葉を言った瞬間、二人から迷いというものが消え、義侠心に駆られた人間の顔へと変わった。 まぁ仮にも同じ釜の飯を食い、仕事終わりも三人で来るのだからそれなりに長い時間はともにしているのだろう。

「上等だ、ティア自警団の名にかけてお前を粛正してやる!」

 俺は返ってくる路銀のことを頭に思い浮かべ、にやりと笑い、表へと出た。

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