第十一章

第290話11-1兄王子

 11-1兄王子



 イザンカの首都ブルーゲイル。

 最古の都市であり最古の国たるイザンカはここから始まった。

 話によるとここの城壁は当時からそのまま使われているらしく、ぱっと見だけでも時代を感じさせる。



 「ずいぶんと街中もすさんだものね、露天商もあんなに少なくなっている」



 フィルモさんはそう言ってため息をついた。

 実際には市街戦にはなっていないもののやはり戦時下、街の雰囲気は良いものではない。


 「兄王子、アビィシュ様はここのお城にいるのですの?」


 「ええ、陛下と一緒にいるわ。だからこの街では戦闘が起こらない。不幸中の幸いってとこね」


 フィルモさん窓の外を見る。

 するとそこには古いお城が見えてきた。

 イザンカの城である。


 街に入る時もそうだったけど、検問や城門の衛兵にフィルモさんは懐から毎回紋章の入ったペンダントを取り出し見せる。

 すると衛兵たちは顔色を変えてすぐに通してくれる。


 どうやらかなりの紋章のようだ。


 「さあ、着いたわ、ようこそ我がイザンカの城へ。私について来てね」


 そう言ってフィルモさんは衛兵たちに軽く挨拶をしてお城の中にあたしたちを案内する。


 あたしたちはフィルモさんについてお城に入って行った。




 * * * * *


 

 「アビィシュ様に話をしてくるわ、あなたたちはここで待っていてもらえるかしら?」


 「ええ、かまいませんわ」


 あたしがそう答えるとフィルモさんは「すぐに戻るわ」と言い残し部屋を後にした。

 なかなか豪華な調度品が飾られた応接間であたしたちは給仕にお茶を入れてもらい待つこととなった。



 どのくらいそこで待っただろう、ずかずかと大股で人が近づいてくる気配がした。



 ガチャっ



 ノックも何もなしにいきなりその扉は開いた。



 「『育乳の魔女』が来られてるのか?」



 髭面のかなりガタイの良いおっさんがいきなり入って来て開口一番とんでもない言葉を発した。



 「誰が『育乳の魔女』ですの!」



 誰であろうといきなり人を「育乳の魔女」呼ばわりするもんだからあたしも思わず突っ込みを入れてしまった。

 全くどいつもこいつも!


 「おっと、これは失礼した。貴女がガレント王国が天秤の女神に祝福されし姫の片腕か? 想像していた以上に可憐な方では無いか!」



 今度はお世辞かい?

 全くこのおっさんは‥‥‥



 「お初にお目にかかりますわ、アビィシュ殿下。私はエルハイミ=ルド・シーナ・ハミルトンですわ」


 一応宮廷の礼儀にのっとった挨拶をする。

 するとアビィシュ殿下もそれに合わせて挨拶を返してきた。


 「イザンカ王国が第一王子アビィシュ=エルグ・ミオ・ド・イザンカです。先ほどは失礼した」


 そう言って、がはははははっ と豪快に笑う。

 なんか王子って言うより最前線で指揮取っている武将か何かのような人だ。


 「フィルモから話は聞いております。そうか、あなたがかの有名な『魔女』ですか。」


 「何の魔女かもう一度言わなかったのは非常によろしいですわ。フィルモさんからお話は聞いております。相手は秘密結社ジュメルが加担していると聞きます。我がガレントもジュメルには色々と思う所があります。ですので私もこのイザンカで協力させていただく事にいたしました」


 あたしがそう言うとアビィシュ殿下は深々と頭を下げた。



 「元は私のふがいなさが引き起こした問題、ご協力感謝しますぞ!」



 殿下でありながらその振る舞いは潔さを感じる。

 魔術の才能がなくても彼には彼なりに人を惹きつける所があるのだろう。

 そんな一面が垣間見れた。


 しかしあたしは今一番重要な事を先にお願いする事とした。 


 「アビィシュ殿下、頭をお上げください。それより不躾ですがどうしても急用が有りこちらに有るという風のメッセンジャーを使わせていただきたいのです。よろしいでしょうか?」


 「勿論です。と、言いたいところですが実はうまく機能しないのですよ、何故か」


 アビィシュ殿下はすまなさそうに言う。

 どういう事だろうか?

 やはりシェルから聞いた通りなのだろうか?


 「それでも一応使わせてはもらえないでしょうか? 我が友人エルフのシェルは精霊魔法の使い手としては優秀故もしかしたら原因がつかめるやもしれません。それに私も何としても本国と連絡が取りたいのです」


 「わかりました、それでは案内しましょう」


 そう言ってアビィシュ殿下はあたしたちを別の部屋に案内した。



 * * *



 その部屋は円卓の置かれた会議室のような所だった。


 「もともと我がイザンカも連合へは参加するつもりでした。そのおかげでボヘーミャからこの風のメッセンジャーが送られてきて連合国同士でも連絡が取れるはずだったのですが、内乱のせいでその話自体も無くなってしまった。せっかくの宝も連合参加をしていないため他国との連絡には使えず出資をしているボヘーミャのみと連絡が出来るだけですよ。よろしいかな?」


 アビィシュ殿下はそう言って円卓に風のメッセンジャーをのせた。


 そう言えば連合参加国同士は同盟国として国家間でもメッセンジャーが使えたが、参加していない国には出資国であればボヘーミャ間だけは連絡が取れるのだった。


 しかしそれでも師匠経由でティアナにあたしたちの安否が伝えられればいい。

 まずは連絡が取りたいのだ。


 「ええ、かまいませんわ。我が恩師、英雄ユカ・コバヤシに連絡さえ取れれば後はどうにでもなりますわ。それでは早速拝見させていただきます」


 あたしはそう断りを入れてから風のメッセンジャーを手に取る。

 同調して感知魔法で見てみるがどうやらこれ自体には問題は問題は無い様だ。



 「シェル」



 あたしはシェルを呼んで一緒にメッセンジャーを見る。


 「私が見る限りメッセンジャー自体には問題が無いようですわ、起動しますので精霊の動きを見てくださいですわ」

 

 「わかった、いいわ、始めて」


 あたしはシェルに言われてから風のメッセンジャーを起動した。

 そして師匠宛にボヘーミャにメッセージを送る。



 送信を済ませ、しばらく待つ。



 「エルハイミ、駄目ね。メッセージをのせた精霊が戻ってきたわ。どうやら遠くに行こうとすると風の精霊に影響する力が、壁のようなものが有ってそれを乗り越えられないらしいわ。近場なら動きは取れる見たいだけどね」


 シェルはそう言って両手をあげた。


 やはりだめか。

 しかしそうするとその影響する壁って何なのだろう?


 「シェル、その風の精霊に影響する壁って何なのですの?」


 「うーん、ちょっと待って。風の精霊よ、教えて」



 シェルは目を閉じ手をあげその指先に風の精霊を呼び寄せる。

 風がシェルの周りに舞って透き通る金の髪を揺らす。



 「うん、うん、えっ?わかった、ありがとう」



 そう言ってゆっくり眼を開く。

 シェルはあたしを見て話し始めた。


 「影響する壁は風の女神メルモ様だって言ってるわ。何故かこの地の周りに力を張っていて風の精霊たちを取り込もうとしているみたい。だから無理やり壁を越えようとすると捕まって取り込まれちゃうみたい」


 「女神メルモ様が風の精霊たちを集めてるというのですの?」


 シェルは頷く。

 一体どういう事だ?

 肉体を失った女神がいまさら風の精霊たちを集めて何をしようとしているのだろうか?


 「とにかく遠くに行くのは駄目みたい。ああ、こりゃカリナたちの言う通りだわ」


 「困りましたわね、何かいい方法は無いものでしょうかですわ?」


 とりあえず原因は分かったけど女神様クラスの問題じゃあたしたちでどうにかできる問題じゃない。

 

 「原因が分かったのですか?」


 アビィシュ殿下はあたしたちに問いかけてきた。


 「はい、どうやら女神メルモ様の力が働いていて風の精霊たちが集められているようですわ」


 「風の精霊を集める? 一体何故?」


 「さあ、それは流石にわかりませんわ。ただメッセンジャー自体はちゃんと機能していますわ」


 あたしはそこまで言ってふと先ほどの事を思い出す。


 「そう言えばこちらのお城には神器『女神の杖』があるそうですわね?」


 「『女神の杖』ですと?」


 「アビィシュ様、神器『豊穣の杖』の事かと思いますが」


 フィルモさんが心当たりのある神器について助言をする。


 「おお、『豊穣の杖』か? 確かにあるがそれがどうしたのだ?」


 あたしとフィルモさんは順を追って話す。

 そして話終わる頃にはアビィシュさん深く納得したようだった。



 「なるほど、女神のお力だったのか。確かにあの杖には並ただなる力が宿っていた。ゆえに暴走すると問題が大きくなるため神器として祀り宝物庫の奥底に安置されているのだ」



 「暴走ですの?」


 「言い伝えではその力が強過ぎてまかり間違えると全てが植物に埋め尽くされるという事らしいです。ゆえに長くそれは宝物庫にしまわれていたのです」


 どうやら本物のようだ。

 ジュメルの目的は「女神の杖」。

 ここでは神器「豊穣の杖」と呼ばれているらしいけど後で見せてもらおう。


 

 と、あたしたちが話し込んでいると衛兵がやってきた。



 「お取込み中申し訳ありません、伝令です。シドニア卿が敵側に拿捕されたそうです」


 「え? ジニオが!?」




 フィルモさんが驚きの声をあげるのだった。

 

 

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