第289話10-31フィルモ
10-31フィルモ
イザンカ王国は世界でも最初に成り立った国でその歴史は現存する国家の中で一番古い。
もともと豊かでないこのイージム大陸で人の手で町を作り国にまでなるには普通の方法では簡単にはいかなかった。
当時女神様の御業の秘密、魔法を人の世に広める為に後の魔法王事、ガーベルはここイザンカで初めて魔法による国の成立を成し遂げた。
「まあ、今更だけどあたしたちの国はそう言った経緯から伝統を重んじていた。だから本来なら兄王子が順当に次期国王になっていたはずなのよ」
移動中の馬車の中でフィルモさんはそう言いながら事の発端を説明してくれた。
「でもあなたの国と同様にうちの国も魔法に対する考えも重要要素だったの。つまり兄王子より弟王子の方が魔術の腕は上だったの。だからそれが事の発端になって弟王子が不満を爆発させたのよ、『自分より魔術が劣るものが王になるのが納得いかない』ってね」
フィルモさんたちが当時ボヘーミャに留学していたのは将来的にその兄王子を支える貴族の一員として仕えさせるのが目的だったらしい。
現王はここ数年病に倒れ、何かあればすぐさま兄王子がその後を継ぐはずだった。
しかしそこに後押しするかの様にジュリ教が弟王子に接触をしてきた。
ジュリ教に後押しされた弟王子派は一気に蜂起して国内は内乱につながり、更にここ十数年大人しかった亡者の王リッチが動き出したのでますますイザンカは不安定に陥っていた。
「でもそんな中光明が見えたのがジマの国が人の手に戻ったっていう事よ。兄王子派はジマの国が人の手に戻り大使の派遣をしているという情報を得てすぐさま接触を図ったの。うまく同盟が組めれば弟王子派を両面から押さえられるって。弟王子にはジュリ教、ジュメルとの癒着がある。ジマの国はそんなものとは手を組まないだろうって打算もあったのよね」
なるほど、そういう事だったのか。
あたしは一通りの話を聞き終わり状況を理解した。
「うーん、フュームの国の事はよくわからないけど、要はジュメルとつながっているその弟王子ってのが悪い訳よね?」
シェルは難しい顔をしながら自分が理解出来た事をまとめてみる。
「ええ、それで間違いないわ」
フィルモさんはそう言ってタバコを吸った。
その仕草が何とも色っぽいのであたしは思わず見とれてしまった。
大人の女だわね。
「お姉さま何見てるんです!」
イオマが抱き着いてくる。
「イオマ駄目です! 主様は私のです!!」
コクも負けずとあたしに抱き着いてくる。
そんな様子をフィルモさんは楽しそうに見ている。
「ほんと、エルハイミさんはモテモテね」
「茶化さないでくださいですわ。それで私たちは何をすればいいのですの?」
あたしはもうじき着くだろうイザンカの首都ブルーゲイルの方を見る。
フィルモさんは真面目な顔で話始める。
「あたしの考えではあなたが協力してジマの国を開放したって噂はみんな知っているわ。そんな大魔導士、『育乳の魔女』が今度は兄王子派に手を貸すとなったらこれは大きな効果があるわ。そして事実ユエバのあの攻防であなたたちの力は見させてもらった。本当に文字の通り一騎当千。これだけの戦力が一気に兄王子派に加算されれば正攻法で弟王子派に戦いが挑める。特にあの憎っくきジュリ教の聖騎士団に大きな痛手を与えられる。兄王子に魔術の才能は無けれど大魔術師は兄王子につくとなれば世論はきっとこちらに傾くわ!」
「もう流石に突っ込むのが空しくなってきましたが、せめてその『育乳の魔女』って言うのだけは何とかなりませんの?」
一応抗議はしておく、あたしの名誉の為に。
もっともフィルモさんはこれだけはという感じで軽く肩をすくめ、またタバコをふかした。
キセルから立ち上る甘っとろいその香りの煙をふーっと窓の外に吐き出す。
だいぶプロパガンダも含んだ手法だけど、確かにこれは有効だろう。
あたしは思う。
ジュメルはこのイザンカを落としたがっていた。
ティアナの元に戻るのは少し遅れるがやはりここは兄王子に協力してジュメルの動きを押さえた方が良い。
でないと奴らは何をしでかすか分かったもんじゃ無い。
と、イザンカについて幾つか思い出すことが有った。
「ところでフィルモさんは『女神の杖』についてご存じでして?」
「『女神の杖』? 聞いた事無いわね、何それ?」
あたしは「女神の杖」について話す。
フィルモさんは驚きとそして何かに気付いたような顔をする。
「そう言えば我が国の神器にそれっぽいものもあったわね‥‥‥ そうするとジュリ教の連中はそれも狙っているの?」
「秘密結社ジュメルですわ。何に使う気かは知りませんけど、世界中の古代遺跡等を襲っているのは事実ですわ」
やはりそうか。
「女神の杖」が絡んでいた。
あたしの予想ではジュメルは確実に「女神の杖」を欲している。
それは亡者の王リッチにその大切な杖を貸し出してまでイザンカの神器である杖を奪おうと考えている。
いろいろとつながってきた。
やはり目的は「女神の杖」か。
「そう言えばコクは『女神の杖』について何か知っていませんのですわ?」
「主様、すみませんがそれについては知りません。ただ、ディメルモ様が亡くなられてから人の手による国づくりが盛んになった時、魔法王ガーベルが女神ジュリの作り出した『狂気の巨人』を封じるのに女神たちの力を使ったとは聞いています。ただ具体的には何をしたかは知りません」
確かにコクは迷宮の奥深くに引きこもり滅多に人間の前には姿を現していなかった。
人の世の事を詳しく知るはずもない。
しかし、マース教授の言っていた通り女神の力で「狂気の巨人」を封じたのは事実のようだ。
「『狂気の巨人』を封じられるほどの力を持った『女神の杖』、秘密結社ジュメルは一体全体何を考えているのでしょうかしらですわ」
あたしはため息をつきながらそんな独り言を言う。
「あたしには全く見当もつかない話だけど、あなたが協力してくれるってのなら兄王子、アビィシュ=エルグ・ミオ・ド・イザンカ様も喜ばれるわ」
あたしの独り言を聞いたフィルモさんはそう答える。
「見えてきたわね、あれが首都ブルーゲイルよ」
あたしはフィルモさんに促されて見えてきたその古い城壁を見るのだった。
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