第126話5-32至高の杖

5-32至高の杖



 大臣たちの良心と言われる贈り物の手紙を床にたたきつけたあたしは一応その本に目を通していた。



 

 大臣一同が納得いくという『これであなたも巨乳!三か月間でバストを大きくするハウツー指南書!』がもし本当に役に立つのであれば言う事なしであるのだが・・・


 「何故でしょうかしら、役に立つようなものがほとんど無いって思わせるのはどういうことですの!?」


 ぶつぶつ言いながら一応は全部目を通す。


 ティアナは当人のくせして自分でこの本を読む気はさらさら無く全部あたしに任せている。

 むしろ今までの実績があるから毎晩あのマッサージをして欲しいとか。



 実はあたしはかなり焦っていた。

 もうすぐあの約束から一年、正直思いのほかティアナの胸は育っていない。

 最近はあたしの方が確実に大きいくらいだしこのままでは本気でやばい。



 本を閉じため息をつく。


 

 実家に戻って今日で二日目。

 明日には王都に向かって出発しなければならない。


 幸いアテンザ様が先に王都に向かって今までの事は報告を済ませてくれているとのことであたしたちは陛下に挨拶だけで済むとか。

 確かに急がなければ約束の入学式まで日にちが無い。



 こう言った所はアテンザ様に素直に感謝だ。



 さて、あたしは本を近くのテーブルに置いてあたしの膝の上でごろごろしているバティックとカルロスを見る。


 二人とも姉の太ももを枕にすやすやと寝ているのだが、母性本能と言うやつだろうか?

 あたしはついついこの可愛い双子の弟を甘やかせてしまうようだ。


 「あらあらあら~、二人ともよほどお姉ちゃんが好きなのねぇ~。気持ちよさそうに寝てるわねぇ~。」


 「お母様、いつも二人はこんなに甘えてますの?」


 「あらあらあら~、そんな事は無いわぁ~。エルハイミにだけやたらとなついているみたいだけど~。」



 うっ。

 あ、あたしにだけなついている?


 思わずにへら~としてしまう。


 

 「しょ、しょうがありませんわね、また私は行かなければなりませんもの、今はもう少し甘やかせてあげますわですわ。」


 今は何となくアテンザ様の気持ちがわかるような気がする。

 しかしその光景に涙目でこっちを見ている人がいる。

 そう、ティアナだ。


 「うう、二人は将来のあたしの義弟。今は我慢よ、我慢。」


 なんかぶつぶつ言ってる。




 「仲のいい姉弟は見ていてほほえましいですね。」


 アンナさんがこちらにやってきた。

 マース教授も例の本を片手に戻ってきた。


 「それでアンナさんどうでしたかしら?」


 「ええ、流石にハミルトン家の書庫は素晴らしい。王都の書庫にも負けず劣らずです。しかし残念ながら『至高の杖』についての手掛かりはありませんでした。」


 アンナさんとマース教授は屋敷の書庫に何か手掛かりが無いか入りびたりで調べものをしていた。

 しかし残念ながら手掛かりは見つからなかったらしい。


 「そうですか、仕方ありませんわね。あとは学園に戻って研究するしかありませんわね?」


 「うむ、それなんだがジーナ殿は今どこにおられるか知らんかね、エルハイミ君?」


 マース教授があたしを見ながらジーナさんの居場所を聞いてくる。

 あたしはママンを見る。


 「あらあらあら~、ジーナの事はお爺様でないとわからなわぁ~。イーガルお爺様を呼んでくるわねぇ~。」


 ママンはそう言って席を立ち爺様を呼びに行った。

 そしてしばらくして爺様がやってきた。


 「ジーナの事じゃと?残念ながら今の彼女の居場所はわしも知らんのだよ。」


 「そうですか。それは残念です。杖の発見者ならもしや何かヒントになる事を知っているかもと思ったのですが。」


 そう言ってマース教授はあの魔導書をもう一度見る。


 せっかく魔結晶石が手に入ってもそれが使えないのでは意味が無い。

 


 あたしは膝の上で寝ている二人を見ながらこう思う。

 杖もこの子たちと同じに呼びかければ起きてくれれば楽なのにと。



 * * * * * * *



 穏やかな日々はあっという間に過ぎ去り、あたしたちは王都へ向かって出発する。


    

 「それでは行ってまいりますわ。」



 みんなが見送ってくれている中、あたしは家族に挨拶をする。

 見るとバティックとカルロスが下を向いている。



 仕方ないなぁ。



 あたしはいったん家族のもとへ戻って二人を抱きしめる。


 「バティックにカルロス。あなたたちは男の子なのですわ。何時までも泣いていてはだめですわ。いい子にしてお父様お母様の言う事をちゃんと聞いてお姉ちゃんが帰ってくるまでしっかりと家族を守るのですわよ。」


 そう言ってあたしは二人のおでこにキスをする。


 「おまじないですわ。これできっと今日は良い日になりますわ。」


 「姉さま。うん、わかった!」


 「姉さま、ぼくちゃんと良い子にしてる!」


 二人は涙をぬぐって今度はしっかりとあたしを見る。

 うん、もう大丈夫だね?


 あたしは今度こそ馬車に乗り込みハミルトン家を後にした。



 * * * * * * * *



 馬車に揺られながらいろいろと考え事をする。

 これからやらなければならないことは山ほどあるし、時間だってそれほどない。

 

 だというのにこの子はぁ~。


 「ティアナ、ダメとは言いませんがどうしたのですかしら?」


 あたしは太ももに膝枕をしているティアナを見る。

 彼女は少し膨れてあたしに言う。


 「だって、エルハイミの実家ではあまり一緒にいられなかったのだもの!それにあたしだってエルハイミに膝枕してもらいたいもん!!」



 こらこら、貴女はいくつになるのよ!?

 六歳の男の子と張り合うのじゃありません。


 

 まったく。


 

 あたしはため息を軽くついてからティアナの真っ赤な髪の毛をなでる。

 この年上の姉のような生き物は全くと言っていいほど甘えん坊さんだ。

 

 と、あたしは何の気なしにジーナの杖を取り出して同じように杖に語り掛けながらなでてみる。


 「『至高の杖』と呼ばれるのに何時まで寝ているのでしょうかしら。本当に、そろそろ起きてもらわないといけないのにですわ。」


 『うううんんっ!誰かあたしを呼んだかしら?』


 「へっ?」



 今の声って誰??



 あたしは周りをきょろきょろ見る。

 今この馬車に乗っているのは女性陣とアイミにマリアだけ。

 ロクドナルさんやショーゴさんは別の馬車に乗っている。


 「幻聴ですかしら?」


 『幻聴じゃないわよ、あなたがあたしを呼んだのでしょう?』


 またまた聞いたことのない女の人の声がする!?


 「ティ、ティアナ!起きてくださいですわ!!」


 「うん?どうしたのよエルハイミ??」


 「先ほどから知らない女の人の声がしますわ!」



 やめてそういう怖いのは!!

 あたしはお化けの類が大の苦手なんだから!!!



 『なによ、人を起こしておいて知らない女の声って!?』


 「ま、また知らない女の人の声がしますわ!!?」


 既に涙目のあたし。

 ティアナは起き上がって周りをきょろきょろ見る。

 

 「誰もいないわよ?どうしたのエルハイミ?」


 そんな馬鹿な、さっきのはっきりとした声が聞こえてない?

 

 『だから、ここだってば!あなたの手の中よ!!』


 「ぴゃっ!!て、手の中!?」


 驚いたあたしだが言われるままに手の中を見れば握られた杖がある。

 ってまさかこれがしゃべっている!?


 「ま、まさか『至高の杖』がしゃべっている!?」


 『そうよ、あたしよ!!あなた誰?ガーベルじゃないみたいだけど、でも彼の匂いがするわね?』


 「ティ、ティ、ティアナ!杖が、『至高の杖』がしゃべっていますわ!!」


 「はあ?これがしゃべってるの?」


 ティアナは至高の杖をつついている。


 『ちょっと!私をつつかないでよ!!って、あなたもガーベルの匂いがするわね?あなたたちって誰?まさかガーベルの子供??』


 「えっ!?今の声って!!?」


 「ティアナも聞こえましたの!!?」


 二人で顔を見合わせる。


 「あの、殿下、エルハイミちゃんどうしたのですかさっきから?」


 「アンナさん!『至高の杖』がしゃべったのですわ!!」


 アンナさんはあたしの手の中にある「至高の杖」を見る。


 

 じぃ~。



 『うーん、ねえあなたたち、ガーベルは何処よ?人を変な箱の入れっぱなしにして全然起こしに来ないんだから!』


 「アンナさん聞きましたかしら、今の声!!」


 「これがしゃべっているのですか?」


 そう言ってアンナさんは杖をつつく。

 

 『また人をつつく!もう何なのよ!!』


 あたしとティアナはしっかりと今の声も聞こえているがどうもアンナさんは聞こえていないようだ。


 「どういうことですの?私とティアナにだけ聞こえているのですの?」


 『あなたたち、ガーベルの奴は何処よ!!?』


 「ご先祖様の事なんて分からないわよ!二千年以上前の話なんて!!」


 『ご先祖様ぁ!?二千年以上前の話ぃ!!??じゃ、じゃあ何、あなたたちってガーベルの子孫!?しかもあたしって二千年以上も眠ってたっての!!??』



 どういう事よ!?

 ガーベルの子孫のあたしたちには「至高の杖」の声が聞こえてアンナさんには聞こえない?



 「あ、あの『至高の杖』さん、もしかしてあなたの声って魔法王ガーベルの血につながるものでないと聞こえないとかですの?」


 『うん?そうよ。あたしはアガシタ様からあいつの面倒見るよう言われたの。だからあいつにだけはあたしの声が聞こえるけど他の人には聞こえないわ。でも、二千年かぁ。あいつまだ生きてるかなぁ??』


 

 あたしは呆然としながらアンナさんに告げる。



 

 「『至高の杖』が目覚めましたわ。」  


 

 

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