第52話3-27学園長
3-27学園長
ガレント大使館の祝賀会から三日後、俺は学園長室の前に来ていた。
事前に訪問する旨を伝えておいたので重い扉をノックすると中から入室許可の声が返ってくる。
決まり通りの作法で入室して挨拶をする。
「失礼します、エルハイミ=ルド・シーナ・ハミルトンです。先日は大変お世話になりましたわ。大変感謝しております。」
スカートの裾をつまみ上げ、正式な挨拶をする。
「ようこそ、エルハイミさん。どうぞかけください。」
学園長はこちらにコモン語でソファーに座るよう勧めてくる。
俺はその言葉に従い、まずはソファーに腰を下ろす。
学園長は自分でお茶の準備をしてそれをもってこちらに来る。
出されたお茶は緑茶。
あちらの世界にあるものとうり二つである。
学園長は俺の前に腰かけ、お茶を進めながら自分もお茶を一口すする。
「さて、エルハイミさん、まずは幾つか質問をさせてくださいね。」
そう言って日本語に言葉を変え話しかけてくる。
『まずはこの言葉を理解できますかしら?私の考えが正しいならばあなたは日本人であるはずですわ。』
俺もお茶を一口すすってから久しぶりの日本語を口にする。
『はい、俺は学園長の言う通り元日本人です。』
その口調に学園長は少し驚いたようだ。
『俺ですか。まさか中身が男性とは思いもよりませんでしたわね。』
俺は苦笑して、いきさつを話し始める。
『学園長に隠し立てしても仕方ないので、前世の俺の事から今までの事をかいつまんで話しますよ。』
彼女はもう一度お茶をすすってから、どうぞと一言だけ言った。
そして俺は生前の俺がだれであり、どうやって死んで気付いたらここにいたことを話し始めるのであった。
どのくらい話していただろうか?
久しぶりの日本語に途中何度も口が上手く回らず発音がおかしくなったりもしたが学園長は静かにこちらの話を聞いていてくれた。
『と言う訳で現在に至るわけですよ。』
長々と身の上話をするのは初めてかもしれない。
冷静にもう一度自分の状況を話してみると、俺という意思は前世の俺で、今の俺はエルハイミという少女になりつつあると言う事を認識できた。
なんか自分で言っていて悲しくなってきた。
わかってはいるんだ、もう後戻りはできないって事くらい。
でも、それを認めてこの世界で生きていかなくてはならない。
『なるほど、私たちとこの世界に来る方法自体が違っていたのね。』
学園長、ユカ・コバヤシその人はお茶を飲んでからそう言った。
『状況は理解できました、それでは私は以降あなたをエルハイミ=ルド・シーナ・ハミルトンとして取り扱う事としますわ。』
『エルハイミとしてですか・・・・ このことはティアナたちにも?』
彼女は首を横に振り、こちらをじっと見る。
『それは秘密にしておいた方が良いわね。あなたは私たちと違って完全にこちらの世界の住人なのですから。』
その言葉に俺は胸を貫かれる。
分かってはいた。
でも根拠のない希望も持っていた。
それははかない夢であり決して実現することはない事実。
やはり同郷の人間にはっきり言われるときついな。
『わかりました。彼女たちには秘密にしておきましょう。それで、俺は今後どうしたらいいのでしょうか?」
『この世界でのあなたの人生はあなたが決めるべきですわ。私は教育者として必要なことは教えますわよ。でも、この世界であなたが何をなすかを決めるのはあなた自身ですわよ。』
そう言ってお茶のお代わりを入れる。
俺にも何気なく入れてくれるが、それはある意味優しい思いやりだろう。
自分のことは自分で決めなさいか。
もっとも最初からそのつもりだったんだ、今更ではある。
『しかし、あなたのようなケースは初めてですわね。』
ふと学園長はそう言いだした。
『転生自体はこの世界の中でもあるらしいですが、異世界から魂だけこの世界に転生するとは驚きですわ。召喚された異世界人は結構いるのに・・・』
『結構いるんですか?日本人が?』
一番気になることを聞いてみる。
『私がこの世界に召喚されてから出会った日本人はあなたを含め二人かしら。むしろそれ以外の異世界の住人が多いくらいですわね。』
『えっと、ちなみにコバヤシさんはどのくらい前にこっちに召喚されたんですか?』
『あら、お恥ずかしいお話ね。そうね私が召喚されたころは日本はまだ戦争をしていたわね。それからこちらに来てもだいぶ時間がたってしまったわ。』
日本が戦争だと!?
ってことは太平洋戦争の頃って事か!!?
じゃ、じゃあコバヤシさんはゆうに八十を過ぎてるって事じゃないか!?
でも見た目はどう見ても二十歳そこらのはずなんだが・・・・
『すんません。失礼ながらどう見ても俺が想像する年齢と今のお姿は一致しないんですが・・・』
『女にはいろいろと秘密があるのよ。と、言いたいところだけど私にはまだまだ死ねない理由があって、その為にある女性と契約を交わしましたのよ。彼女が朽ち果てない限り私も朽ち果てることは無いのよ。』
そう言ってちょっと寂しそうな雰囲気を醸し出す。
あまり深入りする話じゃないだろう、人にはそれぞれ理由がある。
なので俺はもう一つ気になっていることを聞く。
『なるほど、それでそんなにお若いのか。ところで、もう一人の日本人という方は?』
『今は精霊都市ユグリアにいますわね。私もしばらく会っていないけど元気にやってはいるらしいわ。』
へえ、そうなんだ。
できればそちらにも一度会ってみたいもんだ。
『さてと、大体私の聞きたい事は聞けたし、何か他に聞きたいことは有るかしら?』
『無い事も無いですが、今はいいですよ。』
『もしかしてこの仮面かしら?』
そう言って学園長は自らその仮面を取る。
仮面を取ったその素顔は大和撫子という言葉がぴったりな和製美人。
しかしその目が固く閉じられている。
『もしかして目が・・・』
『そうではないのだけどね。』
そう言って彼女はゆっくりと目を開く。
そこには金色にうっすらと輝く瞳があった。
『コバヤシさん、その目は?』
『一種の呪いのようなものね。おかげでマスクを通さないと長時間目を開けていられないのよ。』
そう言ってまた仮面をかぶる。
「明日からは貴女も私の魔術実技を受けてもらいます。まずはその膨大な魔力の制御から始めないとね。」
学園長は再びこちら言葉で語りかけてくる。
話は終わった。
俺も席を立ちながら答える。
「ええ、わかりましたわ。明日からご指導お願いいたしますわ。」
俺もエルハイミとして返事をするのであった。
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