第23話2-17ティアナの実力

2-17ティアナの実力


 長々と風景の変わらないガレント領の穀倉地帯を抜けるとところどころに林のある平原となった。




 馬車に揺られ十日目である。

 宿場町や村では剣の稽古ができるので多少のストレス発散にはなるものの、日中の移動はひたすら退屈との戦いである。


 「エルハイミ、暇ね。」


 「ええ、ティアナ、暇ですわね。」


 既に何百回と同じことを言っている。

 仕方ないとはわかっていても、ついつい言葉に出る。


 「あ、大きな岩があるわね。」


 「あら本当ですわね、そう言えばだいぶ風景も変わってきましたわね。」


 気づくと平原に今度はぽつりぽつりと岩が見え始めた。

 遠くを見ると丘や森も見え始めた。


 「そうするとそろそろ国境辺りかしら?」


 ティアナは窓を開け、馬車の先を眺めた。

 うっすらと低い山影が見え始めた。


 「魔法学園都市ボヘーミャ」は国では無いものの、全世界へと優秀な魔術師を輩出しており、各国が協定を結び不可侵条約を結んだ非常にまれな都市である。


 運営も各国からの助成金が出たり、簡易マジックアイテムの生産をしていてそれが資金源になっていたりもする。


 基本的には魔術を学びたい者には誰にでもその門を開いている関係上、ここではいろいろな人種や国の人間がいる。

 通常多種の人種や国家が集まればいざこざが起きる。

 それは運営を厳しくする学園都市でも同じだ。

 しかしいざこざが起きないのは単に入学にあたって厳しい審査と「戒めの腕輪」によるところが大きい。


 「戒めの腕輪」というのはボヘーミャの結界内では魔術が使えないのである。


 厳密に言うと腕輪をしている人間だけは魔術撹乱の効果でまともに魔法が発動しないのである。

 これは個人では自由に取り外しができないので、学園内にいる間は魔術によるトラブルはほぼ無い。



 さて、確かガレント王国とボヘーミャの間に低い山が有って、その向こうが魔法学園都市ボヘーミャとなっているはずだ。


 「やっと目的地が見え始めましたわね、ティアナ。」


 「ええ、やっとね~。流石に遠いわ。」


 と、ティアナの遠いという言葉で聞こうと思ったことを思い出す。


 「そうだ、ティアナ前々から思っていたのですけど、古代に作られたゲートは使えないのですの?それを使えば瞬時に世界中の古代からある都市に移動できると聞いておりますわ。」


 「ああ、ゲートね?あれは今は使えないのよ。」


 「あらどうしてですの?」


 「なんか、現代だと使いこなせる魔術師がいないとか、それに膨大な魔力を使うので現代人にはほぼ使えないらしいわ。」



 ん?

 現代人には使えないだって?



 不思議そうな顔をしていると察したティアナが続きを話し始めた。


 「なんか、魔晶石をかなり使わないと人ひとり移動するのも大変で、よほどのことが無い限り使えないんだって。それに敵対している国家間では早々に取り壊しもしているらしくて、残っているものもほとんど封印状態らしいわ。」


 「そうなんですの?なんだかもったいないお話ですわね。」


 「仕方ないわよ、もし簡単に使えて敵対国家に奇襲でもかけられたらそれこそ大騒ぎだわ。それに友好国間だって移動できる人間が限られるほど魔力を使うのではそうそう頻繁には使えないでしょ。」


 簡単に使えるならこの移動も楽なんだけどね~等と言いながらティアナはもう一度窓の外へ顔を出した。



 そう言えば記述には主に魔法王ガーベルが使った話ばかりで他の人が使った記憶が少ない。

 現代の魔法研究も現代人の魔力総量は魔法王国時代より少ないと言う事になっている。

 多分成人してからの魔力総量キャパの成長が少ないのが原因だと俺は思うのだが、その実はわからない。



 古代の魔法より現代の魔法の方が威力は低いモノばかりだというのはジーナさんに教わっていた。



 もちろん秘匿された大魔術はあるもののそれは基本表に出ないし、個人で使うには限界があり儀式や魔方陣、数人を使って何日も呪文唱えるなんてのも有るらしい。

 なので個人で使える強力な魔法やその秘術はいまだ古代遺跡に眠っている場合が多いそうだ。



 結局どんなに素晴らしくても高コストで使い勝手が悪いのでは意味がない。


 そうすると移動についても手段はこうなってしまうわけだ。


 「あ、駐屯地が見えてきた。いよいよ国境ね!」


 窓の外に顔を出していたティアナが戻ってくる。

 うーんと背伸びして、思いついたことを話しかけてきた。


 「ねえねえ、穀倉地帯も過ぎて岩場が多いわよね?あたしがこの半年で習得した火炎系魔法見せて上げようか?」


 どや顔で話しかけてくるあたりかなり自信が有るのだろう。

 そう言えば前にも言ってたもんな。

 流石に火災が起こりやすい穀倉地帯では自粛していたんだ。


 「そうですわね、是非とも見せていただきたいですわね。」


 「ふふん、きっとエルハイミでも驚くわよ!何せこの半年の大成果なんだから!」


 上機嫌で腕組みをして話すティアナ、よほど自信が有るのだろう。

 どんな魔術かだんだん気になってきた。

 火炎系と言っていたのでファイアーボールあたりの大技かな?




 そんなことを思っていたら国境の砦についた。


 この砦は一応ガレント王国側の砦なので、砦にいる衛兵は我が国の兵隊さんになるのだが。

 なんか騒ぎが起こってる。


 「どうした?ティアナ殿下が来られてたというのに出迎えはどうしたのだ?」


 ロナード隊長が大声で叱責をする。

 すると慌てて衛兵が数名出てきて膝をつきかしこまる。


 「申し上げます!ただいま砦向こうの村に魔獣が出ており、急きょ隊長含め主戦力が応戦に向かっております!」


 苛立つロナードさんではあったが、事の緊急性に気付き急いでこちらの馬車に向かってくる。


 「ティアナ殿下!申し上げます。先の村に魔獣が現れております、我々も応援に向かいますのでしばしこの場でお待ちいただきたい!」


 そう言ってロナードさんは十名ほど騎士を連れて早駆けで応援に行ってしまった。



 残された者たちは砦に戻りティアナを出迎える。

 本来は盛大に出迎えるはずだったが緊急事態が発生した為、簡易的な歓迎が行われた。


 「まずはご苦労様です。状況が知りたいので報告を。」


 ティアナは歓迎の挨拶もそこそこに状況把握を始めた。



 砦の隊長バナード=ロックフェル率いる二十名がここからわずか一時間程度で着く南方の村から救援要請が入り魔獣討伐に出撃したのだ。


 村の救助要請に来た若者の話だと蛇の頭が数本あるオオトカゲの様な化け物で、口から炎を吐きとても村の自衛団だけでは歯が立たないらしい。


 自国民では無いものの近郊の村からはいろいろと物資を供給してもらっている関係上バナードさんはすぐに応援に出撃した。


 それがなんと今から三時間程度前の話であるので、確かに緊急事態だ。

 話を聞いていたティアナは軽く眼をつむり、思案した後にアンナさんに話しかける。


 「アンナ殿、我が護衛隊からも応援が行きましたが大丈夫でしょうか?」


 「恐れながら殿下、早急に私も応援に駆け付けた方がよろしいでしょう。魔獣はおそらくヒドラの類。騎士団だけでは苦戦を強いるやもしれません。魔法の援護が必要かと思います。」


 いつものおっとり口調は無く、やや緊張した口調であった。


 ヒドラと言えば通常の人々には大いに脅威になる魔獣である。


 レッサードラゴンに分類され紛い也にも龍族の一員扱いである。

 確かに魔法の援護なしに騎士団だけでは荷が多い。


 「わかりました、ではアンナ殿、ロクドナル殿、私も同行します。早馬の用意を!」


 周りがざわつく。

 当然だ、齢八歳弱の少女が魔獣が暴れる村に行くというのであるから。


 「お、お待ちくださいティアナ殿下、殿下がそのような危険な場所に赴かれる必要はございません!」


 砦の留守を任された副隊長は慌てて引き留めにかかる。

 しかしティアナは毅然とした態度で言い切る。


 「草民が苦しみ、我が騎士団が奮闘している、このような事態に私が動かずして何が王族か!早馬を準備せよ!」



 うあー、かっこいい!



 超美少女でお姫様なティアナ、大臣たちに言えないことを事を難無く言い張る、そこにしびれるあこがれるぅ!

 じゃなくて、魔法使いがここに三人もいるのだ、応援に行かない手はない。


 「ティアナ殿下、私も参りますわ!」


 俺がそう言うとにっこりして感謝するとだけ言い、着替えもせずにロクドナルさんが準備した早馬に乗る。

 俺はロクドナルさんの後ろに乗せてもらい、アンナさん含め三頭の早馬は砦を駆けだした。



 舌を噛みそうな揺れの早馬のおかげで現場にはほどなくして到着した。


 村は所々が燃えていて、村中央に近い場所では騎士団が大きな象くらいある魔獣と対峙していた。

 ざっと見た感じ負傷者は数名、死人はいないようである。


 アンナさんは援護魔法を唱えている。


 見ると蛇の頭のうち数本が炎を吐きだすところであった。

 間一髪、炎に包まれる騎士団数人にアンナさんの援護魔法が間に合う。

 ダメージはゼロではないがかなり軽減されてた様で、鎧からぶすぶすと煙を立てているがまだまだ動けるようである。


 「感謝する、アンナ殿!」


 ロナードさんは気合を入れて部下たちを奮い立たせる。


 「魔術師が援護してくれる、総員隊形を組みなおし一気に突っ込むぞ!」


 「「おおぅっ!!」」


 動ける騎士たちは陣形を整え再度ヒドラを取り囲む。

 前衛がフェイントを入れながら隙ができたところを後衛が確実にダメージを叩きこむ。

 一本、また一本とヒドラの首を落とすが、なんとしばらくするとまた頭が生えてくる。

 動きとしては単調ではあるがその回復力が凄まじくて、本体になかなかダメージが入れられない。


 アンナさんは追加で強化魔法をかけている。


 俺はとりあえずロクドナルさんが後衛の後ろに倒れている騎士たちをこちらに回収してきたので回復魔法をかけながら、近くで燃えてる民家に水生成魔法で消化を手伝う。

 住民たちも消火や避難で右往左往している。



 と、ここでティアナがふらりと後衛のすぐ後ろまで行く。


 「ティアナ!危ないですわ!!」


 俺の叫びにちらっとティアナは目を向けてから言い張る。


 「エルハイミ!見てなさい、これが私の力よ!」


 そう言って右手を天に掲げる。するとそこに大きな火柱が上がりその炎は更に大きくなる。



 うおっ!?

 なんじゃそりゃ!??



 大きくなった火柱は軽く十メートル位あるだろう、そしてその中にあり得ない魔人が出現した。



 炎の王、イフリートだ!



 ティアナは現れたイフリートに行けとだけ言い放ちその力を解放させた。


 ヒドラは新たに出現した脅威に反応して全ての頭をそちらに向ける。

 咆哮を上げながら炎を吐くが、イフリートには一向に効かない。

 と、イフリートの巨体が一気に膨れ上がり天空からヒドラにその炎が舞い落ちる。

 ヒドラの炎とは比べ物にならないその炎は一瞬でヒドラを包み込む。

 ヒドラは抵抗むなしくあっという間に骨も残らぬ消し炭になり果てた。


 全員があっけにとられている。

 もちろん俺も同じだ。



 なにそれ、反則技じゃない??

 イフリートを使役した!?

 しかもあのヒドラを一瞬で焼き尽くした!?

 なにそれっ!



 俺含め全員が口を開けたままぼーぜんとする。


 「ふっ、まあこんなものね。戻りなさいイフリート。」


 そう言ってティアナはイフリートをまた掲げた手のひらにしまい込んだ。

 その様子を全員が口を開けたまま見る。



 「ティ、ティアナ殿下、今のはイフリートですよね??」


 アンナさんがやっと我を取り戻しティアナに話しかける。


 「ええ、そうですわよ、私の忠実なる僕ですわ。」


 何事も無かったように涼しげな顔をしてティアナはおほほと笑う。



 と、途端に歓声が上がる。



 騎士団も村の住人もティアナに殺到する。

 惚けていた俺もやっと我を取り戻し、ティアナの元へ行く。

 ティアナは人々に囲まれ賛辞の言葉を浴びている。


 「ティアナ殿下、流石ですわ!すごい魔法でしたわ!」


 本音である。

 まさか上位精霊のイフリートを使役できるほどなんて想像もつかなかった。

 これならあのどや顔も理解できる。

 そんな俺の言葉にティアナは心底嬉しそうに答える。


 「ありがとう、エルハイミ殿。皆の者も脅威は去った。我が騎士団は引き続き村の復興に助力せよ!」


 「「はっ!心得ました!!」」


 騎士団の者が一斉に膝をつきティアナに首を垂れる。

 村の者たちも同様に膝をつき、ティアナにひれ伏す。



 うあー、すでに王族の貫禄が出てますよ!

 流れから言って俺も膝着いた方が良いのかな?



 等と考えているとティアナがこちらに来てロクドナルさん、アンナさんを見渡しながら戻りましょうと言ってきた。

 俺はとりあえず軽く膝を折る挨拶をして分かりましたわと言ってティアナに続く。

 ロクドナルさん、アンナさんも一緒に引き返す準備をする。





 こうして村の脅威を取り除いたティアナは村人や騎士団の賛辞を受けながらひとまず砦へと戻っていったのである。


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