第22話2‐16王都出発その2
2-16王都出発その2
とうとう出発の日が来た。
昨日はサービスでパパンにくっついて寝た。
本当はこの体ちょっと冷え性があるみたいでいつも一人で寝るときは最初の布団が冷たいのが嫌だったのだ。
愛娘にくっつかれて眠るパパンはだいぶ感動したみたいだ。
久々に寝る前にお話を聞かせてくれた。
実はパパンも若い頃冒険者まがいのことをしていたらしい。
その時にママンと出会ってと言うお話だったが、まあ、のろけ話はご愛敬でおとなしく聞き、ママンのどこが好きなのかとか子供っぽい質問もした。
そうしたら地雷を踏んだようで永遠とママンの良い所を言い始めた。
最初は聞いていたが、温かくなってきたのでいつのまにか寝てしまった。
愛娘としてのサービスはこれで十分だろう。
今後しばらくは会えないんだしね。
で、出発の準備が済んだ俺らは城の大門に集まった。
そこには馬車が六台も集まっていた。
ティアナと俺が一つの馬車、三人のご学友が二つ目の馬車、残り四つは荷物という状態だ。
それに護衛の騎士団が二十人も付く。
御者や世話係の使用人も荷馬車に数名同行するらしく、どこの大名行列かという大所帯だ。
そして見送りにはなんと国王陛下も来ている。
大勢の人に見送られながら俺たちは王都を出発した。
◇
「ふうぅ、やっと出発したわね。エルハイミ、これで羽が伸ばせるわよ!」
二人っきりになったとたんティアナが地を出し始めた。
「でも、ティアナ、あのご学友三人の前ではそうもいかないでしょう?」
そう言うとティアナはふっふっふっふと笑って人差し指をピンと立てた。
「大丈夫!抜かりはないわ!ロクドナルはもともと私の事よく知ってるし、サージはヨハンと一緒に昔からいるから最初からわかってるし、アンナは前から口が堅いので私の相談役だったの。みんな私の推薦で来てもらう事になってるからあちらではみんなと一緒にいるときは問題無いわ!」
あー、そう言うことですか。
お知り合いというよりもティアナのもともとのお守り役だったわけだ。
「では楽しい留学になりそうですわね。」
「ええ、勿論よ!私はずっと楽しみにしていたのだから!」
晴れやかな笑顔で笑うティアナ。
憂いは無い。
存分にこの長い留学を楽しめそうだ。
◇ ◇ ◇
出発してから今日で三日目である。
そろそろ周りの風景にも飽きてきた。
なにせ見渡す限りの穀倉地帯。
伊達に世界の食料供給を任されているわけではない。
ユーベルトの町より南方は大きな穀倉地帯がある。
知識では知っていても、地平線まで穀倉地帯ってのは驚きだ。
きっと日本人の感覚では付いて行けない。
ところどころに村や砦はあるが圧倒的な穀倉地帯の広さにそれらは浮島のようにさえ見える。
季節はもうすぐ秋に入ろうとしている頃、小麦の様な植物もその色を徐々に黄金色に変え始めている。
「エルハイミ、暇ね。」
「ええ、流石にこう代わり映えしない風景を二日間も眺めていると飽きてきてしまいますわね。」
最初のころはいろいろとおしゃべりをしていたティアナであるが、話題がつき始めると二人して窓の外を無言で眺めるのだが・・・
風景が変わらないと話題さえ出なくなってしまった。
「ずっと座ってるだけだから体もなまっちゃうわね。そうだ、今晩辺りから休憩時にロクドナルに言って少し剣の稽古でもつけてもらおうかしら?」
「あら、ティアナは剣も扱えるのですの?」
「うん、王族の者は文武両立しなさいって結構いろいろやらされるのよ。おしとやかだけじゃだめだからって、護身術程度の剣技は習えってね。」
「面白そうですわね、私も参加させてほしいですわ。」
するとティアナはにっこりと笑って一緒にやろうやろうと連呼した。
俺も生前は体を動かすことが好きで結構いろいろやったりしてる。
流石に剣技はやったことないけど、こちらの世界では剣を扱う事も立派な仕事になる。
かなり実践的なものなのだろう、ちょっと楽しみである。
そんな些細な話題で再び盛り上がる。
娯楽が無いからこう言ったことは重要なのだよ。
俺らの馬車は夕焼け色に空が変わるころ次の宿泊村に到着した。
◇
「いいですぞ、ティアナ殿下。まっすぐ振り下ろす感覚を忘れずに。」
ロクドナルさんの指導の下、俺とティアナは木製の剣を振っている。
宿泊先の村について、夕食を済ませた後ロクドナルさんに頼んで剣の稽古に参加させてもらっているのだ。
実はロクドナルさんは毎晩護衛の騎士たちと剣の稽古をしている。
基礎的な型の素振りをした後に実践的な稽古を行う。
俺たちも初参加と言う事で騎士たちも大いに喜んでいる。
今回の護衛隊長に任命されたロナード=ワーグナーなどは自分が直接指導に当たるとか言ってたが、護衛隊全体の稽古を見なくてはいけないのと、今後の事もあると言う事でロクドナルさんにお願いすることと成った。
ロナードさん、ちょっと残念そうな感じだったが仕方ない。
哀愁漂う彼の背を横目にとりあえず基礎となる素振りをしている俺たち、体を動かすので結構気持ちがいい。
「エルハイミ殿も良いですぞ、太刀筋が良い。剣の切先がぶれないよう意識してください。」
ロクドナルさんの指導が入る。
実際これがなかなか難しい。
今持っている木製の剣は両刃のショートソードを模したものだ。
それの刃の部分をよれないように真っすぐ振り下ろし、剣の切先が奇麗に円を描くように振らなければならない。
チャンバラのようにやみくもに振ればいいというものではないのである。
この基本動作は剣の打撃力を最大限に引き出す基本中の基本、しかし裏を返すとこれこそが究極の一振りともなる。
なので真剣にやればやるほど奥の深さが実感できる。
最初にロクドナルさんのお手本を見たときは簡単に思えたもののいざやってみると思ったように振れていないのである。
俺とティアナは額に汗がにじむほど真剣に素振りをした。
「はい、両者ここまで。本日の基礎練習は終わりです。」
ロクドナルさんの終了の声で素振りをやめる。
額の汗をぬぐって木製の剣を返す。
体も程よくほぐれ温まっているのでサージ君が持ってきた飲み物で喉を潤す。
「なかなか難しいですわね、剣を振るうのって。」
「でしょ?私も城で練習したときはレイピアだったから突きばかりで剣自体を振るうは初めてだったの。まっすぐ振るうのって結構大変だったんだ。」
「はははっ、レイピアと諸刃の剣では用途が違いますしな。しかしお二人とも良い筋をしておられた。今後も続けてみますかな?」
「ええ、体を動かすのは気持ちいいし、結構面白いから引き続きお願いするわ、ロクドナル。」
にこやかなティアナにロクドナルさんは芝居がかった動作で御意と言って一礼した。
俺もお願いしますわ~と言って軽くひざを折る挨拶をする。
「さて、ここからは実践を想定した騎士団同士の模擬戦紛いの稽古が始まる。どうぞごゆるりとご覧あれ。」
ロクドナルさんはそう言って騎士団の方へと歩いていく。
騎士団も基本の稽古を終えて二人一組で会い向かい、稽古を始める。
その稽古は実践を想定した模擬戦なので各人かなり真剣に取り組んでいる。
俺とティアナは彼らの動きに釘付けとなった。
映画や漫画で見ていたそれとはやはり迫力が違う。
動作一つ一つに思惑が絡んだフェイントから技術に任せた返し技、型通りでいながらその速度は剣の切先が見えないほどであったりする。
およそ十五分ほどしてどちらかが一本取ったら終わりである。
実戦で十五分もの長時間はまず無い。
ほとんどが五、六分で決着がつく。
なので最後まで斬り合っていたロクドナルさんとロナードさんはなかなかの腕と言う事となる。
「なかなかやるようになったな、ロクドナル!」
「まだまだ!行きますぞ!」
渾身の力を込めたロクドナルさんの上段からの鋭い突きをロナードさんは首を動かすだけの最低限の動きで避け、伸びきった腕をすり抜けるように潜り込み喉元に切先をつける。
ほんの一瞬の動作の差が勝敗を決めた。
「くっ、参りました。」
ロクドナルさんの敗北宣言でとうとう決着がついた。
俺たちはおお~と感嘆の声を上げ、思わず拍手までしてしまった。
「良い突きだったが、大技は確実に入るときに撃たねばカウンターを受けるぞ、まだまだだなロクドナル。」
「いやはや、行けると思ったのですが、流石隊長、御見それいたしました。」
額の汗をぬぐいながらロクドナルさんは爽快に笑った、そして次こそは一本取りますよと礼をして本日の稽古は終了した。
いやはや、なかなかの見ものであった。
興奮気味の俺とティアナは明日も稽古に参加することをたのしみにした。
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