最高の彼女
ラーさん
第1話「千羽鶴」
「つまんない」
大学の学食で向かいの席に座る御堂美咲は、友人の木島守人が地面に落ちた大福を三秒ルールで拾い食いし、腹を壊して入院したというオレの爆笑トークを冷めた声で一蹴し、冷めたサンマ定食を箸でこね回して遊んでいた。
「つまんないかな、三秒ルール」
「つまんない」
美咲が自慢の艶やかな長い黒髪を左手の親指と人差し指でいじり出すと、それは退屈のサインであると、オレは長い付き合いから知っていた。
「退屈」
「どっか行く? カラオケとか、ボウリングとか」
「つまんない」
美咲の箸はサンマをぐちゃぐちゃに解体し、目を潰して目刺しにしていた。オレはビリヤードとか映画とか動物園とか遊園地とかいろいろな提案をしてみたが、美咲は乗り気にならずにサンマ潰しをだらだらと続ける。
「何したいんよ?」
いい加減イライラしてきたので不満気な美咲の顔に不満気な顔でオレが訊くと、美咲は箸を少し止めてオレを見て、意外に真面目な顔で答えてきた。
「秀雄くん、おもしろいってなんだろう?」
「はぁ?」
「よく、大変だけどやりがいがあっておもしろい仕事って言うじゃない。でも逆にさ、大変じゃなくてやりがいもないけどおもしろい仕事って話はあまり聞かないよね?」
「うーん、そうだなぁー」
「それってやっぱりさ、大変じゃないとおもしろくないってことなのかな?」
「知らんわ、そんなん」
「じゃあ、やってみよう」
何が「じゃあ」なのかオレにはさっぱりわからなかったが、美咲は席を立って学食を出て行ってしまったので、オレは彼女の残したサンマ定食を慌てて片付けて、急いで彼女の後を追いかけた。
高校の同級生で大学もオレと同じところに進学した御堂美咲は、昔から不思議ちゃんで何を考えているのか掴めない女だった。授業中には得体の知れない曼荼羅を延々と机に描き続け、掃除となると黒板消しのチョークの粉が完全に出なくなるまで自宅に持ち帰って三日三晩叩き、京都での修学旅行の自由行動では名古屋へきしめんを食べに行き、全校集会では呼ばれもしないのに勝手に朝礼台に上って先生たちに引きずりおろされるなどの数々の伝説を持っていた。そんな奴だから当然友達も少なく、付き合いのある友人はオレを含めて二、三人といったところだったが、それで何でオレがそんな美咲の友人をやっているのかというと、考えの読めない美咲の言動に付き合ってみるのが、これが意外とおもしろかったからである。
そして今日もオレは美咲の奇行に付き合う。
オレがやっとこ美咲の背中に追い付くと、彼女は校内の文具屋で折り紙を大量に買っていた。
「何すんの?」
「千羽鶴」
それは確かに大変だった。
空き教室の片隅で、授業もサボって延々と鶴を折る男女の異様。
何故かオレも鶴を折る。
美咲が喋らないので、オレも黙って鶴を折った。
黙々。
翌日。
黙々。
翌々日。
黙々。
三日目にして折り鶴の境地に至る。
無我。
黙々。
完成。
夜の大学の片隅に、十色の錦に織られた千羽の鶴が、美咲の手に高々とぶら下がった。
千羽鶴。
オレはなかなかに感動していた。
美咲は言った。
「あんまり、おもしろくなかったね」
そりゃないぜと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます