草稿や書きかけの小説など

サニディン

足の裏 (草稿)


「よう。基彦か?」


電話の相手が、いきなりそう切り出してきたので基彦は面食らった。

聞き覚えがある声だ。ファーストネームで自分を呼ぶ相手といえば……。


「そうだけど、誰?」


「誰だと思う?」


確信する。あいつしかいない。


「武志か?」


「ピンポーン」


間違い無くあいつだ、と基彦は感じる。

お調子者なところが、中学の頃とまるで変わってない。

すぐに、嬉しさと困惑と、そして後ろめたさが交じった、複雑な感情が彼の心に芽生える。


「覚えててくれてサンキュー。

 忘れられてるかと思った」


「忘れるわけないだろ……。お前みたいな個性的な奴」


「その憎まれ口、懐かしいねえ。相変わらず皮肉屋だな」


「ほっとけよ。で、何の用?」


「何の用、は無いだろ。久しぶりなんだから、フツー、近況報告じゃね?」


「近況報告もいいけど、何で急に電話かけてきたんだよ」


「そんなのいいから、話そうぜ。

 俺はまた基彦ちゅわんと話したくてしょうがなかったんだから」


「キモ……」


「キモ、とか言うな!」


笑い合う二人。

基彦は、緊張がほどけて安堵する。


「で、お前、今何してんの?

 まだ地元? 会社員?」


「いや、地元っていうか実家に居るけど、何もしてない」


若干コンプレックスを刺激される質問だと感じながら、基彦は答える。

世間の一般的な20代半ばの生活からはみ出している以上、こういうことは避けられないが、かといって慣れるものでもない。


「何も? ニートか?」


「いや、一応派遣とかでアルバイトしてる。たまに」


「だったらそう言えよ! 奇遇だな、俺もだよ」


「お前も?」


基彦は驚く。何でもソツなくこなしてきたイメージの武志のことだから、

きっと大手の企業にでも就職して、今頃は結婚しているかもと思っていた。


「そ、単発の派遣な。

 まーでも、俺は音楽やってるけど」


音楽……。

基彦は、一瞬、中学の頃を思い馳せた。


「そっか。

 まだ、やってたんだな」


「お前は、いくら誘っても一緒にやってくんなかったよな」


「そういうの苦手なんだよ。人前で演奏したりとか、考えられない」


「今もそんな感じか」


苦笑する武志に対して、基彦も苦笑混じりに答える。


「そんな感じだよ。

 音楽で収入あるの?」


「まー、多少はな。

 まだプロじゃねーけど」


「そっか」


「近況報告は、お互いそんな感じか。

 お前も地元に居て、派遣のバイトやっててよかった。

 本題はそれなんだわ」


「それって?」


「あのさ、こないだ、道端でバッタリあいつに会ってよ」


「あいつって?」


「葵だよ。忘れてねーよな? 河合葵」


忘れるわけがない。基彦は動揺を悟られないように気を配りながら、武志との会話を続ける。


「覚えてるよ。葵がこの辺に居たの? マジで?」


「俺もビックリしたわ。

 あいつも実家で暮らしてるんだと。

 俺らみてーに、就職しねーで。

 何か、今、看護士の専門学校受ける勉強してるとかでな」


「へー」


基彦は適当な相づちを打つ。無関心を装いながら。


「へー、って、お前、ホントは興味ありありなくせに」


武志がまた苦笑を漏らす。

図星をつかれた基彦は、動揺を隠すのに必死だった。


「そりゃ、多少は興味あるけど、そんなにないよ」


「焦ってやんの」


おちょくるような態度を一貫して崩さない武志に、基彦は次第に苛立ちを感じ始めた。


「いいから、いい加減本題に入れよ」


「あー、そうだった。

 あのよ。こうして三人、似たような立場に居るわけじゃん?

 せっかくだから、一緒に働かねー? 派遣とかでさ」


それは、意外と言えば意外だが、話の流れとしては自然な気もする提案だった。


「三人で?」


「そ。昔みたいによ」


昔みたいに……。

基彦は、そうなったらいいと思いながら、しかし、どこか億劫にも似た感情を抱いた。


「あー、まあ、今すぐ答えなくてもいいからよ。一応、葵の方は……」


「いや、いいよ。やろう」


「お、ホントか?」


武志が嬉しそうな声を上げる。

自分で発した言葉に、基彦自身驚いていた。

迷いを感じていた筈なのに……。

提案したのが、武志だからか。

中学の頃、武志の意向は、有無を言わせないところがあった。

反射的に受け容れてしまうのは、その名残か。


「マジ良かったわ。

 葵の方も、OKって言ってくれててよ。

 じゃ、また三人揃って、色々やらかせるわけだ」


「色々やらかすって、何をだよ」


基彦は苦笑し、武志も笑う。


「じゃー、そういうことで。

 また細かいことは、決めたらメールとか送るわ」


そういうと、即座に武志は電話を切ってしまった。


やはり武志は、良く言えば積極的、悪く言えば強引だ。

だけど、こういう奴だから、俺や葵みたいな奴を引っ張ってくれていたんだな、と基彦は感じた。


基彦は、いつの間にか、武志のテンションにつられてか、純粋に三人で再会できることを楽しみにしていた。

これから先の人生は、昔みたいにずっと三人でつるんでいられるのかも、とさえ期待していた。


何もかも昔のままで居られるはずは無いのに、この時はまだ、そう思っていたのだった。


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