八章 初戦
1
クロアたちは幸か不幸か、強力な魔人たちと出会えた。彼らの助力を得られるよう、これから交渉したい──のだが、クロアはどうも疲れてしまった。剣士の魔人とはうまく調子が合わないのだ。それゆえ、会話の主導権をレジィにゆずった。少女が「単刀直入がいいですか?」と対話の方針をたずねるので、クロアは「好きにやって」と投げやりに答えた。
「えーと、じゃあ……あたしたち、賊をこらしめるために強い人を雇いたくて──」
リックが兜をゆらして「あんたのご主人だけじゃいけねえのか?」と口をはさむ。
「チュールにあれだけ啖呵を切れるくせして、実力ないってこたぁねえだろ?」
「クロアさまはひとりででも戦いたいと考えているんですけど、周りが引き止めるんです。この町の公女ですから、万一のことがあってはいけない、という理由で」
「ほーん、公女ねえ……」
リックは腕組みをして、なにかを考える。
「ここは聖王の国だったな?」
「はい、ゴドウィン王が治める国です……」
レジィは不安げに答えた。思えばこの国と魔人とは名目上、相容れなさそうな立場にある。この国では最高位の権力者を聖王と呼ぶ一方、魔人の最上位の実力者を魔王と呼ぶ。まるで正反対な集団だ。レジィが言葉をにごすのも、そういった異質さを感じてのことだろうとクロアは思った。
(この国の手助けなんかしたくない、と言ってこられてもヘンじゃないのよね)
ここはこの大陸でもっとも神族をたてまつる国である。その風土を魔人がきらっても納得のいく話だ。神と魔とは対立する生き物なのだから。
クロアたちの不安をよそに、リックは不意に背すじを正す。
「ワシが手伝ってもいいぜ」
意外にも大食漢の魔人は前向きに答える。
「ワシがいる間のメシをそっちが負担してくれりゃ、かまわんぞ」
「クロアさま、ご飯付きですって」
レジィは主人に判断をあおいだ。リックに提供する飲食費はクロアの経費でまかなうことになる。その支出を認可できるか、とレジィは問うているのだ。クロアはリックの食べっぷりをかんがみながら、「その条件を飲みましょう」と受け止める。
「経費がかさんでしまいそうだけど……背に腹はかえられないわ」
「おう、ワシもチュールに負けねえぐらい強いとこを見せてやる」
クロアはやる気充分な相手に「ご協力に感謝しますわ」と礼を述べた。次なる候補のチュールに視線を移す。しかしこの色魔の雇用条件はどうせロクなものではない、と思うと、あまり乗り気になれなかった。
「俺は参戦しないでおこう」
剣士はおもむろに席を立つ。
「リックの獲物を奪ってしまうからな」
「あら……それだと、こちらの人手が足りなくなりますわね」
「リックが精兵何人に相当すると思っている。ただの大飯食らいだと馬鹿にしてやるな」
チュールは連れの女剣士と共に酒場を出ていった。クロアは安心したような残念なような、複雑な気持ちになる。
「得られたのはおひとりだけね……」
剣士の二人組を仲間に引き入れられれば、規定の人数は充足できた。そう思うと惜しいことをした気にもなった。
「ああ、ワシには飛竜が一体いてな。そいつも傭兵の数に入れていいぞ」
「飛竜……いまはどこに?」
「さがしものをしてんだ。ワシとチュールたちも付き合ってたんだが、疲れちまってよ。ワシらだけ、一足先にこの町へ休憩しにきたわけだ」
なにをさがしているの、とクロアはたずねようとした。だが目の端に従者の顔が目について、気持ちが逸れる。レジィは惚けた顔をして店の出入口を見ていたのだ。クロアは少女の反応をよからぬ感情の揺れだと見て、叱責する。
「あんなケーハク男を良いと思ってはダメよ」
レジィは恥ずかしそうにうつむく。
「はい……ちょっとかっこいいと思ってしまって……」
「何人の女性をたぶらかしてきたんだか、わかったものではないわ。ねえマキシ?」
クロアは魔人の経歴を知っているマキシに裏付けを要求した。彼はうなずく。
「昔、帝都の竜騎士の女性がチュールに攫われたという記録はあるな。それとは別に、愛人の魔人がいるとか」
「ほら見なさい。女たらしなんてそんなもんなのよ」
クロアは貞節をおもんじる教育を受けており、多情な人物には否定的な感情をいだく。
「男も女も、ひとりの異性をとことん愛するくらいでなくちゃね」
「おや? アンペレ公には前妻がいたと聞くが……」
まるっきり忘却していた事実を指摘され、クロアは胸いっぱいに罪悪感をおぼえる。
「お父さまの場合はちがうわ! お母さまとお付き合いしたのは、前の御夫人が亡くなったあとだったんだから。ちゃんとその時々で、ひとりの女性と恋愛していますの」
どうにか言い繕い、クロアは父への弁明をすることで罪の意識を払拭した。レジィが「前の御夫人?」と食いつく。
「クノードさまは再婚されていたんですか」
「そうよ。屋敷じゃ話題にしないけれど、お母さまは後妻なの」
「あたし、クノードさまに前妻がいたことはぜんぜん知りませんでした」
「だいたい二十年前の話だものね……わたしもお父さまが教えてくれなかったら、知らないままだったわ」
クロアは早死した前妻のことを話題にするのは不適当だと判断し、「時間があるときに話すわね」とレジィに言いふくめた。
リックの視線が店の出入口に留まる。クロアはその注目のさきを見てみると、菫色の長髪の女性がとぼとぼと歩いてきた。どこか憔悴した雰囲気をまとっている。
「フィル、空いてる席に座れ」
肌の露出のすくない女性が弱々しくうなずき、リックの隣席へ座った。
2
リックは自身の酒杯に酒を入れた。それを、長い裳を履く女性に出す。
「今日はこれで仕舞いにするぞ。ちょっくら人助けをすることにしたからよ、ここの席のもんに挨拶しとけ」
リックの隣りに座った女性が深々と頭を下げる。クロアたちも会釈を返した。
「わたくし、フィリーネと申します。あるじのリックと共に魔界よりやって参りました」
貴婦人に変身した竜が慇懃な口上を述べる。
「こちらへは大事な息子をさがしに訪れました。あなたたちを害する意思はございません。この身が竜に変じましてもその思いは変わりませぬゆえ、どうかお心を安んじてくださいまし」
仕える主は粗暴な無法者に近しいのに対し、彼女には上品さがある。さきほどクロアが見た女剣士も飛竜だというが、あちらは無愛想だった。一口に魔人や竜と言っても、個体によって性格はかなり変わるらしい。マキシが手帳になにやら書きつけいるのも、そういった考察だろう、とクロアは予測した。
フィルという愛称の竜は「息子をさがしにきた」と言った。クロアはそこを深掘りする。
「息子さん、というのは……やはり飛竜?」
リックが「そうだ」と答える。
「ワシのとこで世話してた竜だ。フィルはいつまでも手元でかわいがりたかったんだが、子どもは親離れをしたがってな。なもんで、知り合いの魔人にもらわれていったよ」
「その魔人は、いまどこに?」
「それがわかんねえのさ。どっかで野垂れ死ぬタマじゃねえのはたしかなんだが」
つまりリックたちは飛竜とその飼い主にあたる魔人を捜索しているらしい。その目的が達成できないまま、クロアたちに雇用されては気が休まらないのではないか、とクロアは案ずる。
「あの、その飛竜たちをさがすのを、後回しにされてもよいの?」
「後回しじゃねえな。方法を変えるんだ」
「方法?」
「もしかすっと、賊に捕まってるかもしんねえだろ」
「それをたしかめるために、わたくしに協力していただけるの?」
「ああ、そういうこった。うまいメシにもありつけそうだしな」
リックは卓上の食事ののこりをたいらげていく。彼なりに移動の支度をはじめているようだ。それまでクロアは貴婦人のほうへ会話をこころみる。
「フィルさんは、リックさんの招獣なのかしら?」
「はい、そうなります」
「だとすると、あなたは傭兵の数には入れられない……」
「なにか問題があります?」
「こちらの都合で、最低の人員が決まっておりますの」
「そんなに数が大事でしょうか。リックがいれば百人力ですよ」
はじめは暗い表情だった女性がまぶしいばかりの笑顔で言う。よほどリックを信頼していると見えて、クロアは女性の考えに同調する。
「ええ、名だたる魔人ですものね」
老官への説得によっては、規定の人数に融通を利かせられるかもしれない。それだけの大物を得たのだ、とクロアは前向きに考えた。
リックが食事をおえる。彼の飲食代はクロアが肩代わりした。屋敷まで移動する段になって、クロアは馬車に人が乗りきらないのではないか、と気付く。
「リックさんの体がかなり大きいのよね……」
車内はいちおう六人まで腰かけられる。詰めれば全員入るだろうが、窮屈だ。そうクロアが心配するとフィルが小型の白い飛竜へ変身した。白い鱗には光沢があり、高貴な雰囲気がある。
「これで、乗れますか?」
「はい、きっとだいじょうぶですわ」
飛竜がリックの肩に乗り、みなが馬車へ乗りこんだ。座席の片側をリックがひとりで占領し、その反対側にクロアとレジィとマキシがちぢこまって座る。移動時間を利用してまた話をしようかとクロアが思ったとき、マキシがさきんじて質問をしかける。
「フィリーネさんの息子というのは、だれが父親なんです?」
マキシは手帳片手に、興味本位の問いを投げた。リックはしかめ面をする。
「本当の両親はわからねえんだ」
「え? じゃあ……」
「仔竜が捨てられてたのを、拾って、育てた。だからフィルは養い親だ」
「血がつながってないと……」
「ああ、そうだ。血なんぞなくとも、親子にゃちがいねえさ」
リックは自身の肩にいる飛竜に「なぁ?」と語りかける。白い竜は両翼をぱたつかせて「はい」と高い声で肯定した。そのやり取りを見たクロアはあたたかい気分になる。
(竜にも、深い愛情があるのね……)
その豊かな母性はフィル特有のものかもしれない。けして竜全般に当てはまる感情ではないのだろうが、この純真な思いを尊重してあげたいとクロアはひそかに思った。
3
クロアたちは屋敷到着後、ユネスが試合を行なっていると聞きつけた。現在、ダムトが見つけた人材が腕試しをしているという。それも三名だとか。
(よし、うまくやってくれたわ!)
クロアは嬉々として訓練場へ急行する。そこには観戦する者が三人おり、うちひとりはダムト、ほか二人は知らない小柄な男女だった。
柵の中には二人の人物がいる。勝敗はすでに決したらしく、試験官が地に膝をつけていた。
「ダムト! お強い方を連れてきたのね」
従者はクロアを見て、顔をそむけた。クロアはその態度を奇妙に感じる。
「どうしたの、照れちゃったの?」
「いえ、お連れの魔人がいかついものですから」
「ふふん、いいでしょ。わたしが勧誘したのよ!」
クロアはこの上ない強者の存在を誇った。しかしダムトは批判的な目つきを向けてくる。
「おおかた、食事提供と引き換えに雇ったのでしょう?」
「そうだけど……?」
「滞在費が跳ね上がりますよ。お覚悟してください」
クロアはおどろいた。ダムトがリックの特徴を知っているとは思わなかったのだ。
「あなた、どこでリックさんのことを知ったの?」
「実家……でしょうか」
「家族ぐるみの付き合いなの?」
巨漢がずかずかと進み出て、クロアとダムトの間に立つ。
「ああ、こいつの父親とワシは仲良いんでな」
「ダムトの父親って……魔人ですの?」
「そうだ。この国に長く住んでて、古城の魔人だとか呼ばれてるな」
「古城……?」
クロアはダムトに説明を求めようとしたが、彼はクロアと顔を合わせない。そのうちにリックが柵の中にいる挑戦者を指差して「こいつも魔人の息子だぜ」と紹介する。
「タオといってな、親父の名はクラメンス」
その人物は薬草摘みの男性だった。彼はかつて、クロアの募兵を拒否した半魔だ。クロアは彼がこの場にいることに強い不満を感じた。
「こいつも親に似て、療術と氷術が得意だ。ワシほどじゃないが肉弾戦もそれなりに──」
「わたしの勧誘はお断りになったのに、ダムトなら応じるとはどういう了見ですの?」
クロアが語気を強めて問いただした。男性は出入口の鎖を外し、訓練場から出てくる。
「事情が変わった。私も討伐軍に加わる」
「どんな事情です?」
「あとで言おう。まず私が希望する報酬を聞いてもらえるか?」
「ええ、どうぞ!」
クロアは少々ぶすくれて応対した。タオという男性は「とある場所へ一緒にきてもらう」と変わった申し出をしてくる。
「討伐が成功するまえになるか、あとになるかはわからないが……よろしいか?」
クロアは滅多なことでは遠出を許されない。むしろありがたい申し出だと思い、不機嫌な気持ちが払拭される。
「どんな場所ですの? それくらい、個人的に付きあって差しあげてもよくってよ」
タオはいかめしい面をする。
「あまり、たのしいものではないぞ」
「この大陸のどこかなら物見遊山気分で行けますわ」
「……ここからは近い。飛竜を飛ばせばすぐだ」
「でしたらリックさんの試合が終わったあとに行きません?」
タオは「考えさせてくれ」と煮え切らぬ態度をとった。彼は手ぬぐいで頭をおおう若い女性から杖を受け取る。クロアはこの女性と、頭巾をかぶった壮年男性についてタオに問う。
「あの、こちらの女性と男性は?」
「私とともに傭兵を請け負う者たちだ。女のほうはカヤ、短剣と体術を得意としている。男のほうはゲンゾウ……剣術や暗器の手練れだ。二人とも及第した」
「あなたの仲間?」
「ああ、ダムトが三人必要だと言ったから連れてきた」
クロアはタオの仲間をまじまじと見た。カヤという女性は人懐っこい笑顔で「よろしく~」と手をふり、ゲンゾウという変わった名前の男性は黙礼するだけで一言も発さない。二人とも体格が秀でていない点は共通するが、性格は反対のように見受けられた。
一通りの紹介がすみ、クロアはさっそく自分が引き連れてきた魔人の力試しをしようかと思った。しかしマキシが興奮気味に「あなたが、あのクラメンスの子か!」とタオに話しかけるので、そちらに意識が向く。
「聞きたいことがある! あとでいろいろと話をさせてもらえないか?」
レジィが手をあげて「あたしも!」と主張する。相手は療術士の大先輩。医官のはしくれであった彼女にも聞きたいことがあるのだ。
「かまわないが……ここの人間はやたらと私に用があるんだな」
クロアは彼の言葉がレジィとマキシの勢いを指す以外、賊討伐に向けた募兵のことをも意味するのかと思った。そのときユネスが「無理を言ってわるかった」と笑いながら答える。
「高名な療術士ならおれの腕を治せるんじゃないか、ってのはずっと思ってたんでよ」
ケガの後遺症ゆえに、剣士としての道をあきらめた者らしい希望だ。クロアはユネスの用件がもっとも切実だと思った。
「ユネスの体は、その状態が正常だと認識している。療術では全盛期にもどせない」
タオが解説するとマキシが「『療術では』?」と質問をはさむ。
「療術以外なら、方法があると?」
「新しい肉体に精神を移すか、腕を負傷する前まで肉体の時間をさかのぼらせるか……いずれも欠点がある。ユネスはその欠点を考えたうえで、いまのままでよいと判断した」
利き腕を損傷した術戦士は大いにうなずく。
「ああ、このまんまでも戦えるしな。それに、この体になって良いこともあった」
ユネスには妻子がいる。それはアンペレの武官になることで出会えた家族だ。利き腕がダメにならなければアンペレに定住するとは露にも考えなかった、とは本人の言だ。
「禍福は一様に決められないな」
とタオがほほえんだ。
4
ユネスは私事の話題をやめ、本題に入ろうとした。挑戦者はタオ以外にもいるのだ。
「それで、クロア様が連れてきた男は……魔人か?」
「おうよ、おめえとやり合えばいいのか?」
「あんたはいい。うちのお偉いさんがケチをつけられる格じゃないみたいだ」
「おう、物わかりがいいじゃねえか」
リックが野太い笑い声をあげた。ユネスは次に、リックの後ろに控える女性を観察する。
「そこのご婦人は戦えるのか?」
「あ、わたくしですか。はい、暴力は好きじゃありませんが、護身程度には戦えます」
「もう人数は集まったんで、あんたの合否は決めなくていいんだが……いちおう、実力をためさせてもらおうか。あんたの武器はなんだ?」
「ええと、とくにないんですけど……」
「術士か?」
「いえ、術は使用いたしません。この身だけで戦います。あなたはどうか得意な武器をお持ちになってください」
女性に変じた竜は素手で勝負にいどむ。相対する試験官は挑戦者のすすめで、木剣を左手でかまえる。今回は白兵勝負。勝敗はこれまで同様、攻撃を三回当てた者を勝ちとする。ただし相手が倒れている際の追い打ちはなしだと条件が足された。ティオやナーマとの試合では提示しなかった条件だ。魔界の飛竜は加減を知らないと警戒したのだろうか。
ユネスが真っ先にうごいた。木剣がフィルの胴を狙う。フィルは横薙ぎの木剣をかがんでかわした。その際にくるっと回転し、太い鞭のようなものを体から出した。それはユネスの脇腹をとらえ、柵めがけてユネスを吹き飛ばした。ユネスは柵より手前に発生する障壁に全身を強打する。さながら壁に貼り付くカエルのようだった。ユネスは仰向けになって倒れる。彼は後頭部を地面に付けた状態でフィルの武器を確認する。
「尻尾ぉ?」
フィルの背中側の裳に切れ目があり、そこから爬虫類の尻尾が露出していた。尻尾は彼女の胴の半分ほどの太さがある。フィルはにっこり笑い「自慢の尻尾です」と答える。
「あと二回、これで叩くことになるんですが……耐えられます?」
「いや、充分だ。あんたの身のかわし方と攻撃の速さは見事だった」
ユネスがフィルの実力を褒める。リックが「当然だ!」と賛辞を飛ばし、フィルは幸せそうに胸の前で両手を組んだ。
「それじゃ、元締めに顔見せしなきゃな」
ユネスは訓練場を出る。長椅子にぽつんと置いてある楕円の石を持った。それは屋敷内の情報伝達に使う道具だ。一種の術具であるとクロアは説明を受けている。石に向かってユネスがしゃべると、数分経たぬうちに上空から奇怪な浮遊物が現れた。
「おー、御大層な登場の仕方だな」
リックが宙に浮かぶ人物の行動を評した。当人は屋敷の上階にいたために最短距離でやってきたのだろう。甲殻の飛獣に乗り、ゆるやかに高度を下げてきた。地に立つ者たちの頭部あたりの高さに彼の足元が来ると、ユネスが話しはじめる。
「クロア様が二人、ダムトが三人の戦士を連れてきました。うち四名は合格しています」
「のこりの一名は試合をせぬのか?」
「その必要はないと思います。リックという魔人……ご存知でしょう?」
老官は眉をひそめ、「奇異なこと……」とつぶやく。
「歴戦の魔人がなにゆえ地方領主の助力をなさるのか」
老官が飛獣から降りた。リックが「ワシはさがしもののついでだ」と質問に答える。
「こっちのフィルも同じ目的だ。礼は美味い飯を食わせてくれりゃいい」
フィルが老官に会釈する。試合中にあらわれた尻尾はもう隠れていた。普通の女性としか見えぬ姿に、カスバンはすこし困惑する。
「この方は、もしや飛竜のフィリーネ……? 戦えるのか?」
「なんならご自分で手合わせなさってください。キツーい一発をもらえますよ」
ユネスが皮肉げに言うと、フィルは愛想の良い笑みをカスバンに見せる。老爺はそれ以上の感想を述べなかった。
次にタオが「私の謝礼のことだが」と切り出す。
「公女を外へ連れだす許可を得たい」
「ほう、どこへ行かれるのです?」
「この大陸のどこか、とだけ言っておく。時間は半日あれば足りる」
「公務を終えたのち、護衛付きならば許可を出しましょう」
「付き添い人は外してもらえるだろうか?」
「なりません。クロア様の身に不慮の事故がふりかかれば伯に申し訳が立ちませぬゆえ」
「私がいても彼女が落命する事態になるなら、この町の精兵が何人いようと無意味だ」
カスバンが不快そうににらむ。
「結構な自信ですな。失礼ですが、お名前は?」
「タオ・ニルバーナ。姓は母方のものだ」
「なるほど、療術士の両親を持つお方か。その療術をもってすれば死者は出ないでしょうな」
老爺はタオの名も聞き知っていたらしい。知名度でいえばその父親より格段に落ちるはずだが、老爺の情報網はあなどれないとクロアは思った。
「ですが貴殿は男性。うら若き乙女と二人きりにさせては我らの気が穏やかではおれませぬ」
突然リックが大笑いする。ダムトを除く官吏とクロアは何事かとおどろいた。
「はっはっは! こいつが女に手ぇ出すって心配してんのか? そりゃ取り越し苦労だ」
リックはタオの肩に腕をまわし、青年の顔を指差す。
「修行僧みてえな生活をウン百年続けてるやつなんだぞ。いまさら行きずりの女に変な気を起こすかってんだ」
数百年──その歳月は半魔が生きつづける時間。クロアは主題と異なる知識を胸に刻んだ。
(ダムトも、それくらい生きているの?)
クロアは人と魔障の血の両方が流れるという青年たちを見比べる。見かけはどちらも二十代程度の若者だ。魂の年齢がわかるという夢魔なら、本当の年齢が鑑定できるかもしれない。だが、夢魔を呼び出してまでたしかめる意欲は湧かなかった。
クロアはダムトと半生を共にしている。彼にとっては悠久の時のうち瑣末な時間を過ごしただけだろうか。クロアがいままでにない心境に陥っても、なおダムトは「タオは信用できる男です」と従者らしい助言を行なった。
5
魔界育ちの療術士が申し出た外出は受理された。具体的な行き先と日時は官吏に告げず、クロアの都合のよいときに出かけるということで決定する。クロアは当日のうちにでも出かけてよかったのだが、やむなく延期した。戦士が集まった以上、本格的に征伐の段取りを考えねばならない。即時、会議室に関係者が呼び集められた。列席者はアンペレ当主、武官の長と文官の長、戦力として一時客分に置かれる者たち、そしてクロアとその従者二人。
上席に座るクノードが客将の面々をじっくり見る。
「わが娘に賛同し、無法者の討伐に助太刀をしてくださること、大変感謝します」
言って頭を垂れた。リックが椅子をぐらぐらと前後に揺らして「挨拶はいい」と言う。
「いつ、賊をふんじばりに行くかってことを決めようや」
「なんと無礼な……!」
カスバンが叱責を浴びせかけたのをクノードが引き止める。
「そちらの言い分はごもっとも。だが討伐日時はすぐに決められない。こちらは討伐兵の編成を考える時間が必要なのです」
「ワシとフィルがいりゃ充分だ。あとは賊をしょっぴく人手がありゃいい」
「相手方には一介の賊とは思えぬ戦力がある、とこちらで調べがついております。その戦力を貴方だけで封じられるという保証はないのです」
大胆にも、リックの力量を過小評価する言葉が出た。自己の武力に自信を持つ魔人が怒りそうな説明だ。しかしリックの様子は変わらない。
「ほーん、おもしれえ話だ。せいぜいあんたらが安心するメンツをそろえてくれ」
クノードらの作戦会議をムダな行為だと言いたげだ。失礼な言い方だが、場を荒らさなかっただけありがたい反応だった。
内実、クロアもリックと同じような考えでいた。参戦するのは自分と従者二人と集まった戦士たちだけ。この場は討伐実行者の紹介だとばかり考えていたのだ。
「強兵をすべて討伐隊に投入しては、町の防衛力が危うくなる」
クノードが編成について話をはじめた。「兵をどう分散するか──」と言いかかったところ、鎧を着込んだ中年男性が「本官が思うに」と提言する。彼がアンペレ最高位の武官のボーゼン。齢五十を過ぎ、自身を老いぼれだと吹聴するが、依然として杖術の達人である。
「守備は最低限に抑えてもよろしいと存じます。折悪くなんらかの襲撃を受けた際、聖都の援軍を待てる戦力があれば充分かと」
「ふむ、ではだれを町にのこすかを考えたほうが早いかな?」
「愚息のオゼを守将に。指揮系統の管理はカスバン殿にお任せしましょう」
ボーゼンには十代の息子がいる。武芸の腕は立つが若輩ゆえ、統率力には不安があった。発言権の強い文官にその援護を頼む算段らしい。もっとも適役である領主を除いた指名だ。
「おやおや、私も駆り出されるようだね」
言外の指示を察したクノードが物腰柔らかに言った。
「はい。伯の弓術は並ぶ者がおりませぬゆえ、強兵の一人として参加していただきたい」
「娘が陣頭に立つのに私が安全地帯にいては格好がつかないな。よし、戦線に出よう」
父の参入が決まり、いよいよ本格的に戦いが始まるのだとクロアは気を引き締めた。おおまかな計画が立った時、ルッツが挙手をする。
「まことに恐縮ですが、本当に精兵のみを投入してよろしいのでしょうか」
客将よりも年長のボーゼンが「町の守備に不足がありますかな」と聞き返した。
「いえ、兵に実戦経験を積ませるよい機会ではないか、と申しあげております」
クノードと両翼の高官の顔色が変わった。客分が官吏の成長という長期的な視野で進言してきたことが意外なのだ。
「幸運なことに、高名な魔人殿が参戦なさるのです。兵が力及ばぬ敵には公女様や魔人殿が対処なさり、それ以外の賊の捕縛は一般兵士にためさせてはいかがでしょう」
「アンペレの兵の成長を考慮していただけるのは嬉しいが、現実、盗人ひとり捕まえるにも失敗する体たらくで──」
クノードが恥を承知で実情を打ち明けた。中年の客将は微笑しながらうなずく。
「それは個々人の判断がうまくできないせいでしょう。それがしが数日間の調練を拝見しましたところ、彼らは指示する者がいればきちんとうごいていました。小隊をいくつかに分け、指揮官に兵を導いてもらうのはいかがでしょう」
具体的な発案を聞いても、なお納得しない高官がいる。カスバンは「ううむ」とうなる。
「兵の中には雑魚の魔物相手にもへっぴり腰になる者がいまして……」
「思うに、弱腰になる兵は自身の負傷を恐れています。敵との乱戦が懸念される隊には療術を得意とする者を同行させましょう。かくいうそれがしも療術の心得はあります」
フィルが「わたくしも使えます」と言い、タオは無言で手を上げた。ボーゼンは三人の勇士を見渡す。
「お三方が戦いと治癒の両方をこなせるのは大変心強い。わかり申した、そのように編隊を考えてみましょう。次に、我々はどこで包囲網をつくるべきか──」
クロアが横にいる男性従者をつつく。彼はすでに偵吏の任務をこなしている。
「ダムト、あなたが調べたことをお父さまたちに教えてあげて」
ダムトが筒状に丸めた紙を広げ、机上に置く。それはアンペレの周辺地図だ。図面の山中に丸が描いてある。
「賊の拠点は二つ確認しました。現在出入りのある場所は北西の山間部の洞窟。そのほかひとつ、剣王国の中にもねぐらがあります。そちらは逃亡時の避難場所でしょう。連中の逃走をはばむには、その方向を重点的に警戒すると良いかと思われます」
「ダムト、出入りしていた人数は数えたか?」
「十六人、見かけました。ですがこれが全体の人数だとは断定できません」
「相手にする最低の人数がわかっただけでもありがたい。偵察した範囲でいい、物騒な武器や道具は所有していたか?」
クノードの問いを受けたダムトは「生物兵器と言いましょうか」と沈んだ声色を出す。
「アゼレダと思しき石付きの魔獣が、服従用の術具によって賊の指示を聞いていました」
場がどよめいた。特にマキシは「そんなの乱暴すぎる!」と叫ぶ。
「石付きにされただけでも魔獣は苦しむのに、さらに術具で縛りつけるとは無茶だ!」
「魔獣は長くもたないように見えました。時期を見合わせれば、魔獣の脅威を無くせ──」
「なんてことを言うんだ!」
マキシが席を立ち、冷徹な従者をにらみつける。
「希少種のアゼレダだぞ。いや、希少でなくたって不当な被害を受ける魔獣は助けなくちゃいけない。それが魔獣とともに生きる招術士の務めだ」
マキシの主張は正しいとクロアは思った。一方で淡々と事実をのべるダムトを責めたてるのは行きすぎな反応だとも感じ、両者をどう引き止めればよいか、考えあぐねた。
「出動の判断はクロア様かクノード様がなさることです」
「きみが非人情的な具申をするから僕が反対意見を述べるんだ」
対立する二人を見かねてかクノードが「本日はこれまでにしよう」と切り上げる。
「およその方向性は見えた。明日、実行に加わる指揮官とともに話し合う。これにて解散!」
当主が離席し、それにならって高官と客分が退室する。まだ客室を用意されていない客分はダムトに部屋を案内されにいった。クロアは会議が口論の場に発展しなかったことに安堵しながら、膝にいるベニトラと、筆記板に向かうレジィとともに会議室に居残る。レジィは議題中に出てきた発言をまとめるのに必死だ。
「書記ってちょっと苦手です。どんどん話が進むのに手がおいつかなくって」
「大体でいいのよ。大事な部分はお父さまやボーゼンがちゃんとおぼえているもの」
「ええ、まあ……」
レジィがおぼえ書きの文をもとに文書をまとめ始めた。クロアは会議のたびに記録物を作成するわずらわしさを思うと、とっとと蹴りをつけたいものだと気がはやった。
6
クロアとレジィが会議室を出る。廊下にはなぜかタオが立っていた。
「あら、あなたはお部屋を案内されているんじゃ……」
「あとで教えてもらう。いまは公女と話がしたい」
「かまいませんけど……レジィはどう?」
少女はさきほどの会議の記録を官吏に見せる役目を抱えている。
「あのう、書記の仕事がのこってるので……」
「わかったわ、わたしだけで話す。あなたは記録を提出できたら、もう休んでいいわ」
レジィは「わかりました」と言うと、筆記板を大事そうに抱きながら、離れていった。
「さて、どこでお話ししましょうか」
「皆の話し合いに使っていた、そこの部屋は?」
「そうね……どうせ空いているのだし」
クロアはふたたび会議室へもどった。この部屋はもう今日使われることはないはずだ。しかし人がやってくる可能性はある。それは清掃だ。会議室の清掃がどの時間帯で行われるのか、クロアは把握していない。
(人がきたらきたで、また場所を変えましょ)
そう楽観し、いつもは私用で立ち入らない部屋の椅子へ座った。ベニトラは長机のうえをぽてぽて歩きまわっている。他者の目を気にしなくてよい状況なので、獣の好奇心がぞんぶんに発揮されているようだ。
「私が公女に協力する理由なんだが……」
タオはいきなり本題に入ってきた。猫に見とれていたクロアはその唐突さにびっくりする。
「え、それが、わたしにする話?」
「そうだ。訓練場で『あとで言う』と約束したはずだが」
そんな文言はクロアの頭からすっかり消え去っていた。クロアは彼の律義さに感じ入る。
「そうでしたの。義理堅いお人ね」
「なに、理由には私事も混ざっている。純粋な善意で貴女に協力するわけじゃない」
「どんな私事ですの?」
「知人をさがしている」
どこかで聞いたような話だ。それがリックのことだと思い出すと、クロアは「飛竜?」とたずねた。タオは「だいたい合っている」と答える。
「その飛竜を従えている者……が私のさがす人物だ」
「でも、どうして『人さがしのために賊の討伐をする』という発想になりますの。そんなに賊に捕まりやすいお方なの?」
「捕まってはいない。賊と行動を共にしている、との目撃情報を聞きつけた」
「どこから聞いたのです?」
「ダムトだ」
そう言われて、クロアは無性に納得がいった。タオとリックが同じ動機でクロアたちに協力するのも、ダムトの言葉かけによる影響なのだ。
「じゃあリックさんが町にきたのも、ダムトの手引き?」
「それは知らない。ダムトはリックにも情報を伝えはしただろうが、公女の手助けをしろとまではたのまなかったと思う。リックとフィルが傭兵の頭数に入るのなら、私の仲間を二人連れてこなくてすんだはずだろう?」
「そのとおりですわ。じゃ、リックさんは個人的にたすけてくれる認識でよさそうですわね」
「あいつの場合はタダ飯にありつきたかったようにも思うが……」
「動機はどんなのでもかまいません。ところであなたがさがす方のことを教えてくださる?」
「ヴラドという魔人だ。知っているだろうか?」
クロアは聞きおぼえがなく、「存じておりません」と答えた。
「ヴラドは聖王国と剣王国の境にある、古い館に住んでいる」
「古い館……?」
クロアは妙にその言葉にひっかかりを感じる。
「古い城、ではなくて?」
古城という単語を、魔人に関連する説明の中で聞いたおぼえがあった。タオは「そちらは別の魔人だ」と否定する。
「古城の魔人はディレオスという。彼はこの国の山中に立派な城を所有している」
「そうでしたの、勘違いしてしまいましたわ」
「気に病まなくていい。いままで貴女に縁のなかった魔人たちだからな」
存外やさしいなぐさめを受けて、クロアはかえって気恥ずかしい思いをした。
(無愛想だからダムトと似たような人かと思ってたけれど……だいぶちがうのね)
半魔にもいろいろと性格の種類があるものだ、とクロアはあらたな発見を得た。
「ヴラドの説明をくわえると……提示する報酬に応じて、他者を助けることで有名な魔人だ」
「『報酬に応じて』……ということは、ヴラドは賊と取引をした、と?」
「その可能性は高い。やつは依頼内容の善悪にこだわらないからな」
「どうすれば賊と離反させられるのです?」
「賊がヴラドに与えるはずだった礼を、こちらが渡す。それが手早くすむ方法だと思う」
単純明快な解決法だ。しかしその実行には課題がのこっている。
「ヴラドはなにをほしがっているのかしら……」
「……それを知るために、やつに会う。賊の護衛というくだらん真似をやめさせなくては」
タオはヴラドの目的物の詳細を知らないらしい。これからそれを明らかにする、との問題意識がクロアに芽生えたところで、二人は会議室を出た。
7
初回の会議をおえた夜。クロアは自室で体操をしていた。いよいよ本格的な戦いにおもむくと思うと、じっとしていられない。全身という全身を自分の思いどおりにうごかせるよう、筋肉をのばしたり関節の可動域を限界まで広げたりした。
クロアは素手でやれることを一通りやると、次に杖を両肩にのせて、上半身をひねる運動をした。左右に体をうごかすうちに、猫も円卓のうえで同じような体操をやりだした。後ろ足と尻尾で体を支え、前足を後頭部に置いて、胴体をひねる。クロアの真似をしているようだ。
「あなたも気合じゅうぶんね!」
この真似っこは遊び感覚だろうとクロアは思ったが、わるい気はしないので褒めておいた。
クロアたちが体をひねる運動をしていると部屋の戸を叩かれた。だれかが訪問してきたのだ。クロアは運動を継続したまま「どうぞ」と言い、入室をうながした。
入室者はダムトだった。彼は冷めた目でクロアを見てくる。
「ヒマなのですか」
「否定はしないわ。あとはお風呂に入って、ねるだけだもの」
「では俺と試合しますか?」
「あなたと……?」
「体をうごかしたいのでしょう。お付き合いしますよ」
ダムトはトンボの飛獣を呼びだした。その大きさは背に人がどうにか二人立てるほど。この飛獣に乗って移動しようとしているのだ。
「どこへ行くの?」
「室内訓練場です。そこだと明るい照明がありますし、夜間でも安全に試合ができます」
クロアは言われるままダムトに従った。安定感のとぼしいトンボの背に乗り、部屋の窓を抜ける。クロアは前方にいるダムトにしっかり捕まり、トンボによる飛行を体験した。
到着した訓練場は一階部分の室内灯が煌々と光っていて、二階部分は暗かった。飛獣が無人らしき二階の窓辺へ接近した。ダムトは窓にふれ、引き戸のように横へうごかす。
「ここはよく施錠わすれが起きます」
「へー、そうなの。そんな管理でだいじょうぶなの?」
「侵入者がいても大事になりません。金目のものも危険物もありませんから」
ダムトが開けた窓からひょいと室内へ入る。クロアもその入り方に倣い、飛獣から飛びおりて、室内訓練場へ入った。クロアが窓を閉めようかと振り返ると、体積をちぢめたトンボと猫も入ってきて、少々面食らった。とくにベニトラが付いてきているとは思っていなかった。
従者が部屋の照明を点け、試合用の棍棒を持ってくる。棒の長さは一般的な片手剣程度。クロアが携帯する杖もそれぐらいの長さだ。
「さて、かるく腕ならししますか」
ダムトが先制してきた。上段からの振りかぶりを、クロアは棍棒で受け止める。木製の棒同士がぶつかると乾いた音が鳴った。こうした打ち合いが続き、十数合ほどを経て、クロアは試合以外の関心が湧いてくる。
「ねえ、さっきの会議のことなんだけど!」
「はい、なんです」
「賊に捕まってる魔獣を、見殺しにする気があったの?」
クロアはいまになって、会議中のダムトの発言が変だと思ってきた。
「わたしは、その魔獣をたすけたくて、戦士集めをしてたのよ」
棍棒を空振らせながらも、クロアはしゃべる。
「わすれたわけじゃ、ないでしょ?」
「はい、あれは……あそこで会議をおわらせるための言葉でした」
クロアはダムトの言っている意味がわからず、棍棒のさきを床へ着ける。
「……? てっきりわたしは、そういう方法もあるとあなたが提案しただけかと……」
「俺はあの場で公表したくなかった偵察情報を握っています。それを自然と、言わなくてすむように配慮しました」
「じゃあなに、わざとマキシを怒らせた……の?」
「彼の性格ならきっと食いついてくれると思っていました」
「他人の気持ちをもてあそぶなんて、いい度胸ね」
クロアは従者の非人情な判断を不快に感じた。主人になじられた従者は目を伏せる。
「咎めは事がすんだあとで、存分にお受けします」
「いったいなにを隠したかったのよ?」
「賊のもとにヴラドがいる、という情報です」
「それはタオさんから聞いたわ。わたしには教えていいことなの?」
「ええ、クロアさまがヴラドに怖気づくことはないでしょうから。ですが普通の兵士にとっては死活問題です」
「そんなに、強い?」
「おそらく、特別な武器なしでヴラドに勝てる者はいません」
ヴラドはとてつもなく強い魔人、とクロアは理解し、ダムトの配慮についても察しがつく。
「そんな魔人と戦うと知れたら……討伐隊にくわわってくれる兵士がいなくなっちゃう?」
「そういうことです。無論、死者が出ないように俺やタオたちが全力を尽くします」
ダムトの一計は討伐隊がとどこおりなく編成するための根回しだった。クロアはどうあってもこの従者にはかなわないと思うかたわら、彼の心根は決してわるくないのだとも信頼した。
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