第3話「Holy Black Blood」Aパート

 CTスキャン、血液検査、心拍数、身体検査、真体測定。朝から始まった大悟の身体検査が、多くの過程を経て、今終わった。どうしてこんなにも検査を受けなければならないのか。検査は分からないでもでない。が、身体測定などどこに必要性があるのだろうか。さっぱり分からない。専属のドクターもついでだからやっておけ、といった雰囲気であった。やはり最後だけ受けた意味が分からない。不満しかなかった。

 しかし、検査結果が出るまでのしばらくの間、自由の身だ。好きにしていいと黒田からも言われている。が、大悟は基地から出る気は無かった。今や基地で自分の部屋のように思える医務室へ戻る。テレビを点けて、ボーっと昼の報道バラエティ番組を見る。冒頭から実感の湧かないことをやっていた。画面の中のキャスターが、街中を歩いている一般人にインタビューをしている。インタビュー内容は、「今のウルティマについて」であった。次々にカットが変わっては色々な人の率直な感想が挙げられていく。そのどれもが、要約すれば「ウルティマは碌な仕事も出来てないのではないか」というものであった。

「あれでまともに戦えって方が無理だろ」

 大悟は思わず愚痴っていた。たかが報道番組ごときに、そんなことを言っても何も変わらないのは分かっている。これ以上見ても何にもならない。大悟は色々チャンネルを変えたが、テレビショッピング、単なるニュース、教育番組、バラエティ番組やドラマの再放送と、どの局も碌な番組しか流していない。大悟はテレビの電源を落とした。

 人間とは、どれだけ愚かなのだろうと大悟はふと思った。確かにあんなことが、EGに碌に対抗できなければ、ウルティマへの批判も強まることであろう。しかし、大悟は疑念しか抱けない。何故、ウルティマの上位組織である世界統一連合軍のことを誰も言っていないのだろうか。いや、恐らく言っているのだろうが、それらは世間一般的にテレビ局や番組の都合ということで全てカットされているのだろう。だが、どう考えてもそれだけでカットするのは不自然である。ウルティマだけやり玉にあげられて、連合軍は一切咎められない。となると、これはもう連合軍がテレビ局に強烈な圧力をかけている。そうとしか思えない。

「嫌な世の中だな」

 大悟はベッドに寝転がる。もうこの微妙に体に合っていない、少し小さなベッドにも慣れてしまった。足を完全に伸ばせないのは時々辛く感じるが、慣れとは恐ろしいものだ。小ささを何とも思わなくなってしまうのだから、時として便利なものだとも思える。こうして、実家の慣れた布団でなくても眠れるというのだから。それは愚かな人間の中でも、特別優れたポイントのように大悟は思えた。

 ドアが開き、検査に立ち会ってくれた三咲と矢作が入ってくる。三咲がいきなり何かをぽーんと投げてくる。大悟は慌ててそれをキャッチする。コンビニのおにぎりであった。具はおかかであった。

「差し入れ?」

「それだけじゃないわよ」

 よく見ると、矢作がコンビニの大きな袋を持っていた。大悟は立ち上がってその中身を見る。そこにはコンビニのジャンクフードや違う種類のおにぎり、更には実に美味しそうなケーキ系のデザートまで入っていた。大悟は三咲の顔を見る。

「何でこんなに?」

「ま、今日はご苦労様ってこと。で、一人だと寂しいだろうと思って、矢作隊員にも来てもらったってわけ」

「まるでついでみたいな言い方だなぁ、三咲隊員」

「すみません、でも事実なんです」

「ひでぇ……」

 辛辣なものである。とすると、あの荷物は三咲にパシられたもので、購入費も自腹なのだろう。けど三咲とは元からこういう性格なのだ。矢作隊員に同情できると大悟は思った。経費で落とせるといいなと大悟は心の中で矢作を応援しながら、おかかのおにぎりを一口食べる。よく覚えている味だった。多分、バイト先と同じ系列のコンビニで買ったものだろう。袋は特に見ていなかったが、そうに違いない。ジャンクフードの中にあった唐揚げを素手で掴み、しっかり噛んで食べる。ここの唐揚げは、味は良いのだが何故か微妙に固いのだ。

「ねぇ大悟」

 紙パックのジュースをストローで飲みながら三咲が訊いてくる。何だ、とペットボトルのお茶を飲みながら問い返すと、三咲はさも当然のことのように言う。

「家には帰らないの?」

 飲んでいたお茶を思わず吹き出しそうになった。器官にも入りそうになり、思わずむせるが、何とか一滴もこぼさずにしのぐことができた。

「何でそんなことを」

「だって、大悟は民間人でしょ」

「まぁ、民間人は民間人かもな。でも、俺は違うと思ってるんだ」

「どう違うってのよ」

 質問に淀む三咲に対して大悟は至って普通に、間髪入れることなく答えた。

「罪人」

 そう言うと、三咲は唇を噛みしめた。ほんのり赤い唇に、僅かに血の色が混じっていく。何を考えているのだろう。何をそんなに悔しそうな表情をするのだろう。そんなことを三咲はしていない。これは大悟自身の問題なのだ。誰にもどうすることもできない問題。できるのは、自分自身だけ。

「三咲は気にしなくていいよ、関係無いんだし」

 その言葉は、大悟にとってはただの言葉でしかなかった。しかし、それがどれだけ三咲を傷つけているか、大悟には分からなかった。わざとお茶を飲む音を立てて、矢作が入り込んでくる。

「大悟君、そりゃちょっと失礼なんじゃないのか」

 矢作は至って笑顔であったが、その裏でどういう感情を押し殺しているか、大悟はすぐに分かった。だからといって、ここで謝っても何にもならない。変わらない。ならば、考えていることをストレートにぶつけた方がよっぽどいい。

「どう失礼なんですか?」

 え? と、矢作は驚いた。分からないのか、とでも言いたげであった。笑顔は崩していないが、ある程度押し殺していた感情が見える。

「これだけ心配してくれてるんだぜ? 普通、こんなに一緒にいてもらえないって」

 矢作の言葉の端々に苛立ちが見える。何故そうなるかなど、大悟が一番よく分かっている。これ以上分からないフリをしても無駄だろう。本心から思っていることをぶつけた方がいいかもしれない。

「三咲に心配されることなんて無いんですよ。所詮俺は罪人なんですよ? どこに心配するところがある――」

 瞬間、矢作の目の色が変わり、気付けば大悟は胸倉を掴まれ、その勢いで壁に軽く叩きつけられた。衝撃で唸ってしまう。眼前にいる男は、まさに怒れる男の顔そのものだった。

 大悟は不思議に思った。どうして、どうしてそこまで他人のことを心配できるのだろう。それが自分には出来ないから、ということもあるが、それでもこれまでに父の進が他人の心配をしてきた姿は見てきた。だけど、分からない。何も分からない。人が何故他人を心配するのか。ただの仕事仲間であるはずの矢作が何故、三咲のことでここまで怒れるのか。

 何も言わない大悟に、矢作の顔は少しだけ穏やかになった。大悟は廊下へ連れ出される。三咲も来そうになったが、何とか待っていてくれと矢作が頼んだ。廊下に出た瞬間、大悟は解放され、矢作はすぐに謝った。別に、と不愛想に答える大悟。矢作は早速気になったことを小声で訊いた。

「何か事情でもあるのか? 例えば、三咲隊員に訊かれたくないこととか」

 図星だった。どうしてそんなことが分かるのだろうか。思わず大悟は俯いた。それが答えのようなものであった。だが、矢作は何も言わない。ただこちらに視線を向けている。答えるのを待っている。すぐに答えないと三咲も出てくることだろう。それでは廊下にいる意味が無い。通りすがる者もいない。大悟は口を開いた。

「心配、かけたくないんです」

「それは、三咲隊員に、か?」

「……はい」

 観念するしかなかった。矢作の話の聞き出し方は上手い。若く見えるが、やはり生きている年数の違いというやつだろうか。

「何か事情でもあるのか? ……もしかして」

 自分の言葉に、矢作は気まずそうに俯いた。

「気付いたのなら、何も言わないでください。俺にも、三咲にも。俺のことは、俺自身でどうにかしますから」

 それでは、と頭を軽く下げて大悟は医務室へ戻っていった。その間も、背中から矢作の視線が消えることは無かった。



                ■



 巨大輸送機「CZ-3」の格納庫はとてつもなく広大である。その分、EGの整備で使う油や道具の錆びついた臭いが全体に漂っている。攻撃のためには必要なことではあるが、整備士はかなり重労働を強いられる。それでも、ここにいる人間全員は、己の強い意志を持ってゼットロンに入っている。どんなに辛くても、これが正しいやり方だと思っているからこそ、戦い以外で誰一人として欠けたことは無い。今日も整備士たちがリンダ・デューカスのEG、EG3「へカティア」の整備、及び出撃準備に勤しんでいる。その中にはリンダ本人の姿もあった。自分のEGの状態は、自分で見ておきたい。そう自ら整備に志願したのである。

「相変わらず大変だな、リンダ」

 整備と装備の合間の小休止をしていると、ネビルがそこにいた。相変わらずの気さくな笑顔。しかしその裏に何色の感情が燻っているかは、誰も知らない。リンダも知らない。

整備士全員が頭を下げるが、リンダは決してそんなことはしない。自分はネビルと対等だと思っている。ネビルもまた同じだろうと思っているからだ。事実、ネビルは何も言ってこない。そういうことだ。リンダは視線をヘカティアに向ける。

「こうでもしないと、あの遺跡は破壊できないわ」

 ヘカティアの飛行ユニットに装備させている物。空対空ミサイルが翼上部に8発、空対地ミサイル8発が翼下部に、6連装速射ロケット砲が翼先端部に程近いところに両側合わせて2基であった。

「確かに上空からの爆撃はヘカティアが最適だ」

 ネビルの言っていることは事実だ。だが、それ以上のことも、かつては可能だった。今となっては不可能である。それは、連合軍に回収されたEG1「ザウス」の飛行用大型ラムジェットブースターのことだ。あれは元々、ヘカティア用に開発された物であり、空戦能力を持たなかったザウスに合わせて改造しただけである。だから本来はヘカティアに装備されている通常飛行ユニットと合わせて装備することができたのだ。そうすることで連合のシルフファルコンやウルティマのシルフパルサーにも劣らない機動力で爆撃が理論上可能であった。が、もうできないことだ。無い物ねだりをしても事態が変わるわけではない。今は、今やれることをやるだけだ。

「これだけ搭載しても大丈夫なのか?」

「問題無いわ。重量計算もちゃんとしてるから」

 事実、飛行は可能である。が、高機動で動けるかと言われると、フル装備状態ではできない。しかしどうせミサイルは撃つことになるのだから、それで重量も減れば、段々と機動性も上がってくる。EG7にレーザー兵器が通用することも分かっている。万全の対策、万全の準備はできている。何も心配することはない。それに、

「それだけ言えるなら問題無いな。期待してるぜ、リンダ」

 ネビルはこうして期待を寄せている。それが本当に期待なのか、或いはただ単に気まぐれで言っているのかは分からない。とはいえ、それだけ言われるのだから、リンダとしても全力を以って戦いに身を投じる以外に他は無い。

 格納庫から去って行くネビルの姿を、リンダは背中で見つつ、引き続きヘカティアの爆装準備を続けた。

 全ては、このゼットロンで、テロリストとして生きていくために。そのために必要な捨てるものは、全部捨ててきたのだ。



                ■



 眼前には、娘の持つ拳銃に震えた父と母の姿があった。何故そんなことをするの、やめてくれ、昔の頃に戻って、この親不孝者。言いたいことを言いたいだけ親は口にしていた。だがそのどれも、娘の頭に、心に届くことは決して無い。娘は覚悟を決めたのだ。これが正しい、これが正義、目の前の二人は負、悪。ここで殺すことで、自分が生き、これからも生きていける証明をすることができる。死に恐怖は無かった。ただ、抵抗はあった。それが死への逃避なのか恐怖なのか、まだ14歳と幼い娘には分からないことであった。躊躇いなく、拳銃の引き金を引く。まず一発、父の心臓を射抜く。銃口を少しだけ動かして、隣にへたり込んでいる母へ向けて一発。頭を貫通させる。初めての人殺しに、娘は意外とあっさりした感覚を抱いた。こんなにも軽いものなのか。大して苦しくもない。それどころか、楽しいとすら感じた。ゲームに出てくるゾンビを殺すかのような快感であった。ゲームの世界だろうと、現実だろうと、人間はあっさり死ぬ。大して変わらない存在だと娘は思った。

 少し大きめの男の気配を感じる。知っている気配。娘は振り返る。ほぅ、と男は感心した様子で娘を見ていた。男は娘に近づき、頭を撫でた。

「よくやった。えらいぞ」

 そう言いながら、男はずっと頭を撫で続ける。娘は邪険にもせず、ただただそれを受け入れていて。気付けば、涙を流していることに娘は驚いた。何故こんなことで涙を流すのだろうと思った。それは男も同じらしく、その事を問うた。しばらく考えた結果、

「褒めてもらったことが無い」

 娘はそういう結論を出した。考えてみれば、今まで親からは勉強をしろだの、遊ぶなだの、ゲームばかりするなだの、とにかく自分に縛りを与えてはそれで満足気な様子で、褒められたことなど無かったのだ。

「そりゃ、褒めることを知らない人間なんだろうな。それに、そうだからこそ、お前は自分の親を手に掛けた。違うか?」

 その問いの答えなど、一つしかない。

「私の親は、何も知らない。だからこそ、愚者なの」

「その通り。お前の親は、ただの愚者だったんだ。だから殺して正解なんだ。褒めて伸ばすことも知らない人間なんて、死んで当然だったんだよ」

「あなたの言う通り。私、あなたに拾ってもらえてよかったと思ってる。これからも、あなたと一緒に動きたい」

「いい決心だ」

 そう言って、男は鷹揚に両手を広げて、歓迎の言葉を娘に告げた。

「ようこそ、我がネビル・ペイジ率いるゼットロンへ。我々はリンダ・デューカス、君の存在を歓迎する」



                ■



 黒田は司令室で一人、昼の定時連絡を取っていた。相手は当然、スタンレー・オーティス参謀だ。このウルティマが編成されて以来ずっと定時連絡はやっているが、最近は特に嫌だった。一言目に飛んでくる言葉は、「あの青年はどうか」である。黒田は前に大悟はまだ子供で、判断力も足りていないし、何より民間人を戦いに送り出すことそのものが間違いだとスタンレー本人に言っている。なのに、今日の一言目も変わらず同じであった。悪魔、というより進化、進歩という言葉を知らない、或いは知っていてもその意味をはき違えている、ただの馬鹿な男のように思えた。

『そうか。で、その後の進捗はどうなんだね?』

「進捗、とは?」

『EG7のことに決まっているではないか。貴官はそんなことも分からないのか? 私はそうは思っていないのだが』

 遠回しに、また大悟のことを訊いてくる。いい加減にしてほしかった。が、一応検査はしているから、その事は言わなければならない。

「検査結果がまだ出ていませんので何とも。ですが、可能性としては確実に近いかと」

『ならばすぐにウルティマに新隊員として入隊させたまえ』

「参謀、気持ちは分かります。ですが、それでは彼の自由の意志を奪うことになります。そんなことを、私はやりたくない」

『何故そういう結論に辿り着くかが、私には理解できんな。使えるものは使う。でなければ、戦いに勝利することはできん』

「参謀、戦いと自由の意志は違います。それに、確定は――」

 次の瞬間、スタンレーがいきなり通信越しに怒鳴った。失敗したと黒田は顔をしかめた。

『二度と私に同じことを言わせるな! そして次に、私の指示通りにしたまえ。そうでなければ、ゼットロンを殲滅することなどできん!』

 そう言って、通信は終了した。ため息を吐くと、すぐ傍に人の気配を感じた。岸田だった。スタンレーとの会話で、そこにいることに全く気付けなかった。相変わらず情けない隊長だと黒田は自分で自分が嫌になった。

「いつから聞いていたんだ?」

 やんわりと岸田に問う。相変わらずの不機嫌そうな表情だったが、今回ばかりかはその通りに不機嫌なのだろう。

「相変わらず、気に食わない上司ですね。嫌になります」

 声も尖がっていた。黒田は部下にそんな思いばかりさせてしまっているのかと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。自然と大きなため息を吐いていた。

「隊長がそうなる必要は無いですよ。悪いのは奴なんですから」

 相変わらず、クールな表情に反して言うことは過激で強烈且つ、どちらかというとテンションの高い者が言いそうなことを平気で言うものだと思った。が、それが今はとても黒田にはありがたかった。

「そうだな。岸田、コーヒー淹れてくれないか?」

「しばしお待ちを」

 そう言って、コーヒーメーカーでコーヒーを淹れてきてくれる。薄いアメリカンのコーヒーだったが、これが無いとどうにも仕事のやる気が出ない。黒田の仕事のスイッチを切り替える大切な飲み物だ。嫌なことはこのコーヒーで一気に忘れ去る。それが一番だ。一口飲み、デスクに向かう。

「さて、やりますか」

 書類仕事はたっぷりと溜まっている。それを片付けなければ後で後悔するだけだ。それを見た岸田も安心したのか、自分のデスクへ向かった。

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