第2話「Killing and Sin」Bパート

 大悟だいご三咲みさきは医務室に設置されたモニターで、外部カメラから映し出される現状を見ていた。街を破壊しながら、EG1「ザウス」が侵攻している。その姿はまさに人の形をした、巨大な悪魔そのものに思えた。

「あれが、EGの力……」

 映像を見ていると、呼び出しのような甲高い音がした。三咲の腕から聞こえた。それがウルティマの専用通信機だということはすぐに分かった。三咲が腕時計のような通信機の蓋を開き、応答する。どうやらビデオ通信も出来るようだ。

「何でしょうか、隊長」

『今すぐ司令室に来てくれ。ここは最深部だ、そう簡単には破壊されない。が、医務室などすぐにやられるぞ』

 分かりました、と三咲が答える。しかし大悟にはそんな言葉など聞こえていなかった。モニターに映し出される映像に釘付けであった。

 あれが、あれがEGの持つ力。破壊と殺戮の力。大悟はモニターを睨み付ける。今出来ることは、あのEGを恨むこと。それしかない。そして、そんな力を手にしてしまったかもしれない自分の不甲斐なさと、情けなさを呪った。力を持っているというのに、その力を自由に行使出来ない。これでは父を死なせてまであの遺跡に行った意味が無い。逃げ惑う市民。様々な人がいる。子供、大人、老人。全てが同じ人間だというのに、何故彼らは、ゼットロンは殺すというのだろうか。テロリストだから、という一言で片付けてはあまりに身勝手だ。奴らは無差別に攻撃を仕掛けている。それを止められるのは、今は自分だけなのかもしれない。そう思うのは、大悟の両手に紋章の入った指輪が一体化しているからだけではない。単純にあの街で避難をしている母晶子のことを想えばこそ、より守らなければならないという想いが強くなっていく。

(そうだ、今、街を守れるのはもしかしたら俺しかいないかもしれないんだ。でも、どうやって遺跡に……)

「大悟、何してるの!」

 三咲が引っ張ろうとするが、大悟はその手を振り払った。思いがけない大悟の行動に、三咲は戸惑いを隠せていない。

「俺が、何とかしてみる。多分この指輪は、そのためにあるんだと思うから」

「何言ってるの、無茶よ!」

「やってみなきゃ分からないことだってある!」

 大悟は両手を天に掲げ、サッと指輪を胸の前で拳同士をぶつけるように重ね合わせる。

「俺にしか出来ないことだってあるはずだ!」

 その時、頭に声が響いた。誰の声かなど分からないが、今はその聞こえた言葉に従うしかない。

「目覚めろ、ホルスの神人しんじん!!」

 刹那、叫んだ大悟の体が瞬間的に原子分解され、医務室から跡形無く消え去った。

その光景を見ていた三咲は、通信機「モニタシーバー」の呼び出しに答えられたのはしばらくしてからであった。黒田がどうしたのかと問う。三咲はただ、目の前で起きたことを嘘偽り一つ無く、答えるしかなかった。

「大悟が、大悟が消えました! 本当に、一瞬で……!」

 黒田くろだが息を呑んだことに、三咲はすぐに気付いた。急いで司令室へ向かった。



                ■



『第六ゲートオープン』

『シルフパルサー、電磁カタパルトへ移動開始』

 移動中というのは、何とももどかしいものである。何せ、当たり前なのだが何も出来ないのだ。そんな中でも敵は刻一刻と迫ってきている。いくらこれが一番早くに出られる電磁カタパルトであったとしても、やはり時間はそれなりに掛かる。待つしかないのだ、発進の時を。矢作やはぎも、もう一機のシルフパルサーに搭乗している岸田きしだも、同じことを考えていた。しかし決して口には出さない。出したところでどうにかなるわけでもない。

『シルフパルサー。電磁カタパルト接続。ジェットブラストディフレクター展開』

「メインジェットエンジン始動。続けてラムジェットエンジンの始動準備に入る」

 それまで聞こえていた細かな音が一切聞こえなくなる。聞こえるのは、コクピット内の電子機器の音と、エンジンの轟音。そしてヘルメット内に響く管制官の声。

『発進10秒前。カウント、開始します』

 エンジンの回転数を最大にまで上げる。音が更に強烈になり、コクピット内が音とエンジン回転の振動で震える。矢作が岸田に通信を入れる。

「遅れるなよ、岸田」

『その言葉、そっくりそのまま返しますよ、副隊長』

「へ、言ってくれる」

『発進5秒前。4、3、2、1、0! シルフパルサー、発進どうぞ!』

「矢作機、テイクオフ!」

 先に矢作のシルフパルサーが飛び立つ。続けて岸田もエンジンレバーを前に全開で倒す。

『岸田機、出ます!』

 山脈内の電磁カタパルトから飛び立つ、二機の機械の妖精。それはまさしく、この大地に住まう人間を守るための妖精である。初速を一気に付けられるシルフパルサーはすぐにラムジェットエンジンを点火させることが出来る。通常の戦闘機との最大の違いだ。ラムジェットエンジンの加速を利用し、一気にEG1へ向かおうとしたその時。矢作は見慣れない光が、左から視界に入った。その方向にあるのは、沖合のEG7「セレーネ」が眠る遺跡だけ。矢作は岸田を呼んで、遺跡を見るよう伝える。その頃にはもう遺跡から、すらりとした体躯の鋼鉄の巨人が姿を見せていた。

『EG7が、どうして……』

「分からない……。何だっていうんだ」



                ■



(俺、いつの間に街なんかに……?)

 大悟は気付けば夜刀浦市やとうらしに立っていた。とはいえただただ立っているだけではない。地面までの距離が物凄くあった。そして、すぐにここがEG7「セレーネ」の内部なのだということが分かった。そう、操縦空間のコズミックコアである。中では星が動き、宇宙のような空間となっている。その中で視線を外に集中すると、視界目一杯に外の風景が視える。不思議な空間だと大悟は思った。

 夜刀浦市に昇る朝陽が、二体の鋼鉄の巨人を照らす。その異様な光景に、人々はただただ逃げることしかできなかった。両者に訪れる沈黙。それはまるで、戦いの合図の笛を待っているかのようであった。ピクリとも動かない。巨大な人型ロボットが、互いの出方を伺っている。昔の洋画の、西部劇のガンマン同士による早撃ちの雰囲気に酷似していた。その漂うピリピリした空気に、シルフパルサーに搭乗している矢作、岸田両名は何も出来なかった。ここで動いては負ける。そう肌で実感できた。近くの岸壁に大きな波が叩きつけられる。海水が弾ける大きな音がする。

 刹那、両者が一気に動き出す。EG7「セレーネ」は頭部に装備されているレーザーバルカン砲を連射しつつ、その巨躯を街中で走らせる。しかしレーザーバルカンをものともしないEG1「ザウス」。右腕で電磁メガトンナックルを発生させ、撃ち出されるレーザーバルカンを腕のプラズマで薙ぎ払い、レーザー弾丸を全て消し去る。一瞬、電磁メガトンナックルのプラズマが消失する。

 その隙を、セレーネは逃がさなかった。背部に装備されているバーニアを吹かして接近しつつ、腰部から近接戦闘装備「レーザーソード」を抜刀。ザウスの右腕目掛けて光の剣を両手で振るう。これで決められる。そう思った。しかし。

(そんな!?)

 左腕に電磁メガトンナックルを形成させ、受け止めていた。右腕にプラズマはまだ発生していない。が、あの重装甲から放たれる質量攻撃をまともに受けては、とんでもないことになるかもしれない。セレーネはそれほど装甲があるようには思えない。ザウスは右腕で拳を作り、重い一撃を繰り出した。セレーネはレーザーソードを手放して回避しようとしたが逃げ切れず、後方へ吹き飛んだ。民家を次々に破壊していく。セレーネは立ち上がろうとしたが、既に眼前にはザウスが立っていて、電磁メガトンナックルを放とうとしていた。セレーネはバーニアを吹かし、煙を立ち込めさせて何とかその場を離脱し、態勢を整えようとした。だがそんな隙を作らせるつもりなど無いらしい。ザウスは頭部高出力レーザー砲を発射、ほぼ一瞬で弾着するレーザー砲をセレーネは回避できなかった。被弾した部位が、大悟の体にシンクロして強烈な痛みが生じる。同時に、大悟は意識が遠のいていくのが分かる。

(ここまで、なのか……)

 セレーネが倒れると同時に、大悟の意識は完全に途切れた。



『副隊長、あれでは!』

 岸田が倒れたセレーネを見て叫ぶ。

「分かってる! 搭載しているミサイルを全弾発射! ダメージは通らなくていい、時間を稼げ!」

『稼いでどうするんですか!』

「そんなもん、運を天に任せるだけだ!」

 珍しく岸田が文句を言わなかった。矢作は操縦桿のミサイル発射スイッチを長押しして、発射安全距離ではないとアラートを出されながらも装備している中距離空対空ミサイル「AAM-V」を一斉射した。矢作機と岸田機から放たれる合計12発のAAM-Vが、一斉にザウスに直撃する。予想通り、ザウスの装甲はびくともしていなかった。残っている装備は、効くことのないレーザーガンポッドのみ。敵のカメラ部分だけを狙えば視界は潰せるかもしれないが、それぐらいの対策は取っているだろう。

『副隊長!』

「よし、あとはシルフパルサーの機動性を信じて、回避運動を続けるぞ!」

 そうして矢作が回避運動を取ろうとした瞬間、ザウスのレーザー砲が矢作機に喰らいかかった。一瞬で弾着、シルフパルサーの左の前進翼を貫通させた。

『副隊長、脱出を!』

「分かってる!」

 制御不能になり、落ちて行く矢作のシルフパルサー。地面に激突する寸前、矢作は何とか脱出機構を作動させ、機体から飛び出た。シートごと射出され、パラシュートが展開される。脱出したのはいいものの、これでは敵に狙い撃ちされるだけだ。そして、ザウスは確実にこちらを見ている。

「クッソォ!」

 悔恨の叫びをした瞬間、倒れていたはずのセレーネが動き始めた。手足を使わず、バーニアだけで強引に立ち上がる。その挙動は、先ほどの人間らしい動きからはかけ離れていて、どこか不気味な操り人形っぽさを感じ取れる。

 セレーネの右腕から砲身が出現し、同時に頭部の三日月状が輝き、口が開き、人間の咆哮のような音が辺り一帯に響き渡る。勢いよく砲身をザウスに定め、熱線砲フォトンバスターが放たれる。ザウスはそれを電磁メガトンナックルで防ごうとした。が、一瞬だけ耐えることができただけで、すぐに腕は破壊され、胸部をフォトンバスターの青白い熱線が貫通させていた。力を失くしたかのように、ザウスは膝から崩れ落ちた。それ以降、EG1「ザウス」が動くことはなかった。セレーネは光に包まれ、その場から消え去っていた。残ったのは、破壊された街並だけであった。

 あまりに、あまりにも一瞬のことであった。矢作、岸田は何も言葉を出せなかった。



                ■



 大悟が再び意識を取り戻した時、外から差し込むのは夕陽から発せられる赤く、温かな光であった。見覚えのある場所。そう、ウルティマの医務室であった。すぐ傍に三咲と黒田がいた。寝込んでいる大悟を心配そうに覗いている。大悟は大丈夫であるということを証明するために起き上がった。二人から安堵の息が吐かれる。

「三咲、それと黒田さん。すみませんでした」

 三咲が膨れっ面になる。

「何で謝るのよ」

「君は生きていてくれた。それだけで十分だよ」

 君は、という言い回しがどうにも引っ掛かる。何故わざわざ強調するような言い方なのだろうか。誰かが死んだのだろうか。そう考えた時、大悟はうっすら覚えていることを言った。それは、セレーネのフォトンバスターがザウスの胴体を貫通させた時のことだ。あれに乗っていた人はどうなったのか。同じEGなのだから、載っていないなんてことはあり得ないはずだ。大悟は問うた。

 だが返ってきたのは、重い無言と音が消えた空間だった。それが何を意味しているか、大悟はすぐに分かった。

 相手のEGの搭乗者は死んだ。そういうことなのだろう。機体は残っているのに、搭乗者は死んでいる。いや、そんなことは関係無い。これで自分は本当に人を殺めてしまった。それが殆ど無意識下でやったことだとしても、殺したことに変わりはない。そうだ、自分は命ある人間を、たった一つしかない命を奪い取った、焼き尽くした、消し去ったのだ。その事実は、ただただ大悟を空笑いさせるだけであった。そんな大悟に、三咲も黒田も何もできてやれなかった。

 黒田のモニタシーバーに通信が入る。応答すると、蓋の内側の超小型モニターにスタンレー・オーティスが映った。こんな時に一体何だというのだろうか。黒田はなるべく穏便に応答した。

『いや、よく敵のEGを倒し、更にはパイロットも殺してくれた。幸いなことにEGとシュードクリアスはある程度無事だ。回収、修理をすれば再利用可能という報告も受けている。貴様らウルティマにしては、よくやった方だ』

 黒田の腸は煮えくり返っていた。こんなことを、こんなことを当事者の、経験も何も無い若い青年がいるところで言えるというのか。だとすれば、このスタンレーは矢作や岸田が言っていたように、本当に悪魔だ。悪魔以外の何者でもない。

「あなたは、あなたはご自身の子供が、いきなり人を殺めたらどう思うのですか!」

『その時は如何なる処罰をも与える。が、事がテロリストならば、そうはしない。もっと褒めるだろう。……貴官は、敵を殺すことに反対なのか?』

「その前に人間なんですよ!? ましてや、EG7の搭乗者は未成年です!」

『相手はテロリストだぞ! 野放しにしてはならない! 殲滅こそが一番の選択であり、答えなのだ!』

「そんなのって――」

「もういいですよ、黒田さん」

 大悟が唐突に会話に割り込む。それでもまだ笑っていた。泣いてもおかしくない状況なのに、大悟はただただ笑っていた。涙を流すことなど無かった。

「もう、俺は父を殺しているんです。今更一人二人殺したところで、何も変わりはしない」

「しかし!」

「俺にはもう、血を吐きながら続けるマラソンをするしか道はないと思うんです」

 その言葉に、三咲も黒田も、何も言えなかった。スタンレーがまだ何か言っていたが、黒田は無心でモニタシーバーを閉じていた。医務室には、沈痛の空気が漂っていた。



                ■



 自室で煙草を吸っていたネビルの下に、リンダがノックをして入ってきた。その顔は、どこか嬉しそうであった。何かいいことがあったのかと訊くと、彼女はええ、と頷いた。

「ジョンが死んで、ザウスも連合軍に回収されたわ。やっぱりあいつ、役立たずね。ネビルの言う通りだわ」

 ザウスが敵に回収されたのは面倒だが、どうせ碌な修理など出来るはずがない。EGに関してはどうでもいいことだった。

「そうか、死んだか。分かった。着いて来い」

 そう言って、ネビルはリンダを連れてCZ-3のブリッジへ向かった。そこには銃を突きつけられて動けない妻のマリナと娘のハーティがいた。怯えて恐怖から涙を流しながらも、ネビルたちを睨み付けている。その度胸は、消すには少々惜しいものだとネビルは思った。洗脳でもすれば使えるだろうとすら思える。が、ケジメはケジメだ。ネビルはマリナに顔を近づけ、はっきり聞こえるように静かに事を言った。

「そんな……」

 娘のハーティは何も言わなかった。いや、何も言えないのだろう。ただただ、涙を流し続けている。どこを見ているかすらも分からない。その姿はネビルには滑稽だった。後ろでリンダが楽しそうに笑っている。

「リンダ、ちょっとは悼んでやれよ」

 冗談っぽくネビルが言う。それがツボにはまったのか、リンダの笑い声は更に大きくなった。これ以上言っても何も変わりそうにはない。ネビルはそう判断し、ナイフを取り出した。

「まずは娘からだ。じゃ、あの世でパパに抱っこでもしてもらうんだな、ハーティちゃん」

 ナイフで首をスッと一気に切り裂く。ハーティは首から一瞬血のシャワーを出しながら、あっさりと事切れた。ネビルはリンダを呼んだ。「何?」と笑いながら答えるリンダ。

「奥さんを、あの世に送ってやりな」

「いいわよ」

 そう言って、リンダは拳銃を取り出し、あっさりとその引き金を引いた。弾丸はマリナの頭を貫通し、多量の血と少しの脳漿のうしょうが飛び散った。ばたんと正面に倒れるマリナ。ブリッジの床が血で汚されていく。

「お前ら、こいつら適当に海にでも落としとけ。あと綺麗に掃除もしろよ、消臭も欠かさずにな」

 それだけを部下に告げて、ネビルはリンダと共にブリッジを去った。部屋に戻る途中、ネビルはリンダにさも簡単なことかのようなトーンで告げた。

「次はリンダ。お前にやってもらうから、そのつもりでな」

 リンダは全く怯えることなく、威勢よく答えた。

「やってやるわ。あんな役立たずと違うところ、見せてあげる」

「そりゃ頼もしいことだ」

 それが信頼なのか、それとも何とも思っていないのか。リンダには分からない。だが、ここで生きるのならば、ルールに従うしかない。ネビルを飽きさせないようにするしかない。そのためにリンダがやれることは、敵を殺すこと。それだけだ。

 眠たそうに部屋に戻っていくネビル。リンダがそれをいつまでも見ていることはなかった。部屋に戻って、敵との戦いの準備を始めた。



                ~~~続く~~~

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