第2話「Killing and Sin」Aパート

 意外とウルティマの基地は狭い、ということを大悟は身をもって感じていた。何せ、基地から基地の端から端までを軽く走って5分も掛からないと、ウルティマ隊長の黒田に言われたのだから。事実、体験させてあげようと言われ、望んでもいないのに大悟は車椅子に座ったまま、基地の端から端までを往復した。確かに5分も掛かっていない。こんな狭い基地があるのだと、大悟はぼんやりと思った。

 大悟は隊員とすれ違う度に、自分は今ここにいるべきではないのではないかと思わされた。父を間接的に殺めてしまった罪を背負っている。それがどうしても、大悟の気持ちを重くさせた。だが黒田は気にも留めていないようだった。カツカツと靴音を一定のテンポで鳴らしながら歩く。大悟はそれが何だかイラっときた。かと言って、何かが出来るわけではない。体もまだ多少は痛い。

 それからしばらく進むと、自動ドアが現れた。それにしても、一体どこに連れて行こうとしているのだろうか、この黒田という男は。懐からカードを取り出し、ドアのすぐ横に取り付けられていた読み取り機に勢いよくスライドさせる黒田。ドアが開き、初夏にしては少し生暖かい風がぶわっと入ってくる。思わず大悟は目を瞑った。次に目を開いた時、そこが展望台のようなところだということが分かった。俯いているので、どういう展望台かはよく見えない。黒田は大悟の座る車椅子を押して、展望台の欄干まで辿り着く。

「大悟君、顔を上げてみたらどうだい?」

 断ってもいいことなんで一つもないだろう。大悟はそう考えていた。言われるままに、顔を上げると。

「……わぁ」

 そこには夜刀浦市やとうらしから発せられている街灯、家や店、ビルの灯りが、色鮮やかに綺麗に輝いていた。それはまさしく、絶景と呼ぶに相応しい光景であった。

「どうだ、綺麗だろう?」

「ええ。これは凄い」

「俺もこの夜景が好きでな。よく仕事に詰まった時などに見に来る」

 大悟はこんな綺麗な風景を見たのは久しぶりであった。夜景に至っては初めてのことだ。今まで見に来る機会はおろか、見に行く気にもならなかった。要するに、興味が無かったということだ。

 しかし、遠くまで見ていると、そこには見たくない物も、しっかりと見えた。大悟が罪を背負うこととなった全ての原因、遺跡。それは、かつて古代に作られたものだというのに、人工の街の夜景よりも美しく輝いていた。

「見たくないものまで見えるのが、ここなんだ。いや、今の君には酷なことか」

 答えられない。いや、答えていいものなのかどうか、大悟には分からなかった。

 殺したわけではない。直接殺したわけではない。間接的には殺したことになる。あの時、あの場にいなければ進は死なずに済んだ、かもしれない。その曖昧な揺らぎは、大悟に答えさせていいのかどうかを苦しませた。

「……俺も相手の空気が読めないな。すまない、答えられるものではなかった」

 大悟はただただ黙っていることしかできない。だが、罪を背負っていても、それでも気になることは一つだけあった。

「……母さんと、連絡は?」

 黒田はああ、とさっきより少し気弱に返事をする。

「電話はしておいた。が、本人からの連絡というものが一番だろう。電話、出来るようにしておくから、明日にでも電話してあげなさい」

「ということは、まだ帰ることは……出来るわけないですよね、あんなのに乗っていたらしいですし」

「ああ。君の体に何かがあっては、我々大人が大人をやれていないということになるし、上層部からも検査をしろとは言われているんだ」

 当然のことだろうと、大悟は思った。とはいえ、気づけば医務室にいる時は全身に痛みがあったというのに、今は無い。普段なら考えられない痛みだったというのに、何故だろうと思った。ただ単にそこまで酷い怪我ではなかった、ということなのだろうか。この程度なら立ち上がれそうだった。大悟は手と足に力を込めた。

「……え?」

 真後ろから驚愕の声がする。それは自分もそういう気分であった。

 大悟は、立っていた。先ほどまで医務室で眠っていた大悟は、立っていた。黒田にとってもそれは驚き以外の何者でもなかったし、そう感じているのは大悟も、だ。黒田が震える声で大悟に言う。

「……とりあえず、今は車椅子に座っていた方がいい。万が一、連合軍上層部の人間に見つかっては面倒だ。いいね?」

「そうします」

 これ以上長い間、ここにいるつもりもない。いたくもない。大悟は素直に従った。



                ■



 リンダ・デューカスから見て、ゼットロンのリーダーであるネビル・ペイジは、中々過激な思考の持ち主だと思っていた。出身はアメリカらしい。事実、白人ではある。が、実際に育ったのは本人から聞く限り、中東の危険地帯だったという。ネビルはそこで父を、母を、兄を現地のテロリストに殺されている。そこの時から「力」こそが世界を支配する、唯一の絶対的存在だと信じているという。そして、EGが彼にとっての「力」であった。なのに、眼前に広がっている光景は、まさしく残酷そのものであった。

 ネビルが、あまりの暴行に立っていられなくなったジョン・スチュアートを全力でケリ続けている。楽しそうに笑いながら、蹴り続けている。ジョンは血を吐き、ネビルはその度に中を汚すなと文句を言いながら、楽しそうに腹部を蹴り続ける。それだけならまだしも、ブリッジには彼の妻のマリナと、娘のハーティがいた。手を後ろで縛られているのと、それを構成員によって抑えつけられている以外は何も無い。普段はしている目隠しも、今は無かった。間違いなくこの光景をネビルは見せたかったのだろう。ネビルとはそういう男だ。

 我慢ならなくなったのか、見ていたマリナが構成員の手を振り切って、ネビルにタックルをした。が、それをあっさりとネビルは防いだ。狂気と快楽に満ちた顔が、ゆっくりとマリナを見る。

「いい度胸だなぁ、えぇ?」

 ネビルはマリナを殴りつけ、倒れ込ませる。すかさずネビルは懐からナイフを取り出して、彼女の首元に突き付ける。

「お母さん!」

 英語で悲痛な叫びを上げる、娘のハーティ。動こうとしていたが、寸前リンダに止められる。というより、動けないよう抑えつける。今ここでネビルに殺されても困る。自分の命が危なくなるからとか、そういう理由などではない。リンダにとっての楽しみが減る。屈強な力で弱者を抑え込むというこの世界でこの上ない、最高の快楽が無くなるのが嫌なだけだ。自分でもどういう表情をしているかが分かる。そのせいか、ハーティは涙を流し、アンモニア臭のする液体を少しずつ漏らしていた。汚いものだ。リンダはハーティを構成員の方へ蹴り飛ばす。壁に激突し、呻き声を上げてハーティは目を閉じた。

「家族に、手を出すな……」

 吐血をしながらも、ジョンは抵抗を止めない。その姿は、実に、実に滑稽であった。ネビルとリンダはその情けない姿があまりに面白く、大声で笑っていた。刹那、ネビルは無表情となり、構成員の一人を懐に仕込んでいたスペツナズ・ナイフを射出し、心臓部に直撃させた。鮮血のシャワーが飛び散る。言葉を上げる余裕もなく、一人の構成員の命が散る。しかしリンダはどうとも思わない。実力の無い者はこのゼットロンには必要無い。必要だからゼットロンにいる。そしてネビルが気に入らないと思った人間に存在価値は無い。それがルールだ。どうとも思わない。これが当たり前なのだ。

 先ほどまで呻いていたジョンが、何とか力を入れて立ち上がる。その姿に、ネビルは満足気であった。

「流石はゼットロンのメンバー、ここで倒れられては困るんでな」

 ネビルはマリナを解放し、今度はそのナイフをジョンに突き付けた。それでもジョンが怯むことは無かった。

「次は、必ずやってみせる。だから、家族には手を出すな」

 そう言って、ジョンはネビルに指差す。ネビルもそれが面白かったのか、ナイフを下げた。

「アテにしてるぜ、ジョン・スチュアート」

 そう言って、ネビルはジョンの腹部を軽く小突いてブリッジから出て行った。出て行ったのを確認すると、ジョンは先ほどまでネビルが立っていたところに血をペッと吐き出した。



               ■



『いやいや、全く、あれなら我々連合軍もウルティマも一安心だな』

「スタンレー参謀、それはいくら何でも無茶というものです」

 世界で初めてのEG同士の戦闘から一夜明けた。黒田は朝からスタンレーに呼び出され、こうして上司と通信をしていた。正直、起こされなくても別にいいような内容だった。

 日本でもEGが出現した。ならばそのEGは日本の所有物。つまり敵はそう簡単にはせめては来ない。それを言いたいだけだったのだろう、そこから先はただひたすら、やれ安心しただの、やれこれで日本の防衛も完璧になるだの、そんなことばかりを言っていた。だがそのどれも、黒田にとっては的外れもいいところに思えた。

 まず、EGが日本で見つかったのだから、それは日本の物となる。それは分かる。その通りだからだ。しかし、ではEGは誰が動かすのか? もしあの門山大悟かどやまだいごという青年が、遺跡で盟約の儀を交わしていたら、彼にしか運用出来ないということになる。そうなれば、必然的に民間人を命のやり取りの戦場へ出すことになる。それは黒田としては望まないことだった。だがどうやらスタンレーはそうではない。元々使えるものは何でも使い倒す。スタンレーとはそういう人間であった。通信モニターに映らないところにブラックのコーヒーを置いていたが、黒田は一口も飲んでいなかった。

『何が無茶なのかね? ミスター黒田くろだ

「搭乗者はおろか、操縦システムもまだ、ゼットロンのシュードクリアスと大して性能は変わりません。むしろ、彼らは各国を回って施設を襲っては部品を調達し、最悪の場合、こちらの機械よりも性能は上です」

『それがどうしたと? 性能を上げればいいだけの話ではないか』

「スタンレー参謀、あなたって人は……!」

 語気が荒くなる。既に仕事をしていた矢作たちの手の動きが止まる。一斉に視線が集中される。構わないと思った。黒田は全員のインカムに通信音声が聞こえるようにした。元々専用回線ではなく、何故か一般回線での通信だったので、可能だった。瞬間。

『敵はどんな手段を使うか分からないのだ! それを機械の性能が下だからだとか、そういうことで言い訳が通じる相手ではない!』

「ですが、参謀もご存じの通り、EG7から出てきたのは民間人なんですよ!?」

『それがどうしたというのかね。使えばいい。たとえ民間人だろうと子供だろうと、使って使って使い倒せ! それで世界に平和が訪れるというのなら安いものだ! それぐらい貴様の頭で考えろ、愚か者が!』

 ブツン、といきなり通信を切られた。矢作やはぎ小宮山こみやま岸田きしだ、この場にいる全員が一斉にため息を吐く。黒田はブラックコーヒーの入った紙コップを殴り捨てた。黒いコーヒーが床にぶちまけられ、作業パネル兼机からポタポタと滴る。その行動で誰かが驚くということはなかった。こうなって当然、そういう顔をしていた。

「隊長、あいつは悪魔ですよ。普通の人間なら、あんなことは言えません。まるでゼットロンですよ、あの思考は」

 岸田が矢作に続く。

「珍しく同意見ですね、副隊長。隊長、その通りですよ、あれは人間ではありません」

「しかしだな……」

 同意の言葉が出ると思っていたのか、黒田の反応に矢作はただ驚いていた。岸田、小宮山は先ほどからずっとこちらを見続けている。黒田は言葉を続けた。

「多分、そうなんだろうな……」

「隊長は奴を、スタンレーの言葉を鵜呑みにするって言うんですか」

 まだ答えを言っていないというのに、矢作は勝手に黒田の答えを作ろうとしていた。それは今の黒田にとって、特別不愉快であった。矢作が現代の若者にしては少々暑苦しく、焦りっぽいところがあることは黒田も容認していた。それが有り余るぐらいの実力を持っているからだ。しかし、副隊長だからとてどんな発言もが許されるわけではない。黒田は睨みながら語気を強めて言う。

「矢作、勝手に人の思考を決めるな」

 その言葉に矢作はおろか、岸田、小宮山からも少し戸惑いと怯えの色が混じるのが分かる。

 また、やってしまった。どうにもやってしまう。自分がどれだけ怒りやすい性格かは分かっているつもりだ。事実、それが原因でこのウルティマに回されてきたのだから。家族にだって迷惑をかけている。それでも給料は貰えるから、何とか頑張っている。それはここにいる皆も同じこと。なのに、自分だけ自分勝手に怒っている。隊長としての自覚が無い証だ。隊長としての資格は無くても、自覚は持たなければならない。それだというのに。

「も、申し訳、ございません……」

「あ、いや。……すまんな、矢作」

「いえ……」

 そう言って、矢作は自分の持ち場へ戻っていった。が、矢作のすぐ傍に立っていた岸田はまだ納得がいっていないようだった。

「隊長、意見具申させていただきます」

「何だ、岸田」

「あれは、スタンレーは間違っています。全部とは言えません。が、少なくとも世界平和のための軍隊の人間としては、間違っています」

「では、どうしろと?」

「……正直、どうしろと言われても解決策があるわけではありません。ですが、奴の好きにさせておくと、今後もっと厄介なことになると思われます」

 岸田の言葉に、小宮山が同意の視線を送ってくる。

「つまり、君も矢作と同じようにスタンレー参謀の言っていることは間違っていると?」

「そういうことです」

 黒田は思わずため息を吐いた。岸田がほんの少し身構える。黒田は慌てて訂正する。

「君に対してのため息ではない」

そう、己に対してのため息だ。部下はここまで自分の意見を臆せず言葉に出来ているというのに、自分は碌に言えていない。隊長というトップの立場であるからこそ、発言すべきだというのに、それが全く出来ていない。考えれば考えるほど情けなくなってくる。黒田は再度ため息を吐いた。もうこの事を朝から考えるのは精神衛生的にも身体的にも悪い。皆に己の仕事をやるよう、黒田は伝えた。床に撒かれたコーヒーを拭いて、しばらく仕事をしていると黒田は三咲がいないことに気付いた。三咲と仲の良い小宮山に三咲みさきはどこかと訊くと、

「大悟君のところにいると思いますよ」

 門山大悟。七番目に発見されたEisen Gigantアイゼンギガント、EG7「セレーネ」に何故か乗っていた青年。17歳。鳳三咲おおとりみさきの幼馴染。現在フリーターでコンビニのアルバイトをしながら実家で生活。父の門山進は遺跡で発掘調査の仕事をしていた。恐らくそれがEGに乗っていた原因なのだろう。問題は彼が既にセレーネと盟約の儀めいやくのぎを交わしているか、それが重要な事である。

 しかし、それにしても、だ。

「どう扱えばいいものやら……」

 今の黒田の一番の心配事はそれだった。



                ■



『……で、体は何ともないんだね?』

「ああ、今日検査を受ける予定だけど、打ち身みたいな痛み以外は何も無いよ」

『それを聞いて母さんは安心だよ』

 今、大悟は医務室の外で母の門山晶子かどやまあきこと携帯端末で電話をしていた。電話なので相手に顔を見せられないのが大悟には少し残念であったが、仕方がない。傷が半日で完治してしまっているのだ。胸部を、心臓辺りを貫通したはずの傷が完全に癒えているのだ。ここに運ばれてきた時にはあった痛みも、全て消えてしまっている。どうにも奇妙に思えたが、とりあえず黒田の方針に従って、しばらくはそのことを黙っておこうということになっている。大悟は罪悪感を覚えながら、電話を続けた。

『にしてもあんた、よく生き残れたね。あの状況で』

「母さん、流石にそれ失礼じゃない? 俺、生きてるんだよ?」

 すると晶子は電話越しにからからと笑っていた。本当に自分の息子が悲惨な目に遭ったことを分かっているのだろうか。それに、父のことも……。

『……そうだね、今はあんたが生きてくれてるだけでも感謝しないとね。天国に行っちゃった父さんのためにも』

「……ああ。俺も、この命を大切にするよ」

 すると、晶子の電話の後ろで車のエンジン音がした。晶子が慌てたように言う。

『母さん、今から仕事だから。それじゃ、頑張るのよ』

「こんな日でも仕事なのか?」

『こんな日だからこそ、だよ。じゃあね』

 そうして晶子から通話を切られる。昔の電話ならプープープーと切れた音がするらしいが、今の時代の携帯端末からはそんな音はしない。訪れるのは、ただただ寂しさを感じるだけの静寂。それだけだ。

 医務室から顔馴染みが姿を見せる。鳳三咲。大悟の一つ年上の幼馴染でご近所さん。いつの間にかこのウルティマに入隊していた。それぐらいしか大悟は今の三咲のことを知らない。いや、知る気にもなれなかった。

「大悟」

 三咲が声を掛けてくる。何故こんな自分に声を掛けるのか。理解できない。無視を決め込む。

「ねぇ、大悟ってば」

 再び無視を決め込む。そのことに三咲は苛立ったのか、少し声を荒げた。

「ちょっと、何で無視すんのよ」

 どうやら本当に分かっていないらしい。ウルティマに入隊出来るぐらいなのだから、かなり勉強したのだろうと思っていたが、どうもそうではないらしい。いや、勉強は出来ても人間関係についてはまだまだなのかもしれない。漂う感情の機微を受け取れないようだった。とりあえず、このまま放っておいても面倒なことになりそうだ。大悟は答えた。

「俺、親殺しだよ? そんな物騒な男に声掛けていいの?」

「何で大悟が親殺しなのよ。あれは――」

「事故、とでも言いたいのか? 違うな。あれは俺が遺跡にいたからこういう結果になったんだ。俺が、俺が遺跡なんかに行かなければよかった」

「でも、EGを動かしてく――」

「あれは俺が動かしたわけじゃない。そもそも動かした記憶なんて無いからな」

 そこまで言って、ようやく三咲は黙った。

 EGに乗ったのは、あくまでも偶然にしか過ぎない。記憶も無い。だが、乗ったという事実はこの体に、確かにある。両手にいつの間にか付いていた指輪だ。何かの紋章が描かれている。多分、あのEGや遺跡に関連した紋章なのだろう。眠っている間に外そうとしたらしいが、外れなかったようだ。一体化している感じもあるので、恐らくそうなのだろう。付けている、という感触も実のところ無い。何も付けていない指と変わらない感じだ。それに、と大悟は付け足しながら三咲に振り向く。

「俺は、親殺しの罪があるからな。あんまり近づかない方がいいよ」

 そう笑いながら言った。場を明るくするために言ったつもりだった。なのに、三咲は涙を流していた。嗚咽も上げずに、静かに、悔しそうに、苦しそうに涙を流す。何がそこまで辛いのだろうか。今の大悟には正直分からなかった。

 そんな気まずい空気を、基地の敵接近警報が吹き飛ばした。感謝すべきなのかそうではないのか。ともかく、三咲の目は仕事の色に変わっていた。

「医務室に戻りましょう! あそこなら多少は安全だわ!」

「他にそういう場所が無いのなら、そうするしかないな」

 大悟は特に異論を出すことなく、三咲に従った。



               ■



 夜刀浦市に投下されたEG1「ザウス」の侵攻速度は凄まじかった。装備しているラムジェットブースターを使っているわけでもないのに、その速度は前日を遥かに超えていた。それはひとえに、シュードクリアスから操作しているジョンの意志の強さであった。家族を守る、守らなければならない。その想いが、ザウスの侵攻速度を速めていた。第一目標は、まず世界統一連合軍とウルティマの施設が一体化している基地の殲滅。第二目標は、勿論遺跡の破壊。そして、可能なら遺跡で眠っているEGの回収。

(やらねばならない。マリナとハーティのためにも……)

 迫ってくるシルフファルコン隊。放たれる長距離空対空ミサイル「AAM-Ⅶ」の数々。直撃と同時に弾頭が爆発を起こす。飛び散る弾頭の破片が、周辺の民家を破壊する。これではどちらが街を破壊しているか分からないなと、ジョンは思った。思考を操り、ロケットパンチと頭部高出力レーザー砲を同時に放つ。初速の速いレーザー砲を囮にし、後発のロケットパンチで一気にシルフファルコンを撃墜する。とはいえ、それで全て撃墜できたわけではない。数機は残っているが、ミサイルを切らしているらしく、無駄な20mmガンポッドで攻撃を仕掛けていた。飛来する弾丸を、電磁メガトンナックルで全て一掃する。

(これも家族のためなんだ。これがどれだけの罪だということかは分かっている。それでも、それでも……!)

 ジョンは、ザウスは侵攻速度を緩めなかった。

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