第1話「The Seventh Remains of Selene」 Bパート

 遺跡の中で作業員たちは遺跡の解明をするべく、仕事に勤しんでいた。その中でも大悟の父、門山進かどやましんの仕事ぶりは別格であった。作業チームのリーダーだというのに毎日どの作業員よりも早くに現場に来て、昼の休憩も最低限だけ取って、それ以外はずっと作業に没頭している。仕事仲間としては誰もが尊敬していたが、しかし人間としては誰も尊敬していなかった。何せ、家族のことは放ったらかしにして、仕事をしているのだ。そんなのは人間としては未熟だ、完璧などとは程遠い存在だ、ということだった。進もそれでいいと思っていた。誰からも尊敬されるつもりはない。そもそもこんな仕事を引き受けている以上、まともな家族サービスなどが出来るとは思っていなかった。

 だが、それでもリーダーとしての自覚はあったのか、外の異変に最初に気付いたのは進であった。他の作業員は何も分かっていない。進は分かる。それは空気が違うということだ。平常とは違う、塵と泥、そして血が混じったような空気が、遺跡の中に漂ってきた。何が起きているのか、進は作業道具を放り出して外に飛び出た。

 外では警報が鳴っていた。刹那、爆発音が聞こえる。空気を切り裂く巨体の轟音も聞こえる。夕焼けの空には幾つもの飛翔体が見えた。それが何なのかは一瞬で分かる。連合軍の最新鋭戦闘機「シルフファルコン」が3機と、特務部隊「ウルティマ」の全環境対応高性能少数生産戦闘機、YAFF-17「シルフパルサー」が1機だ。それも全機とも爆装している。二機種の戦闘機が飛行する方向を見る。沖合に向かって飛んでいた。そしてそこには、今までの日本では考えられない光景が広がっていた。

「嘘だろ……」

 EGが、沖合に立っていた。巨大な人口の翼を広げて立っていた。どう考えてもこの遺跡を狙っている。このままでは危険だ。進は急いでいせきの中へ戻った。皆は既に何かが外で起きていることには気付いてはいるようだが、何が起きているかまでは分かっていないようだ。

「全員退避! 作業は中止だ、外にゼットロンのEGがいる! 目標は間違いなくこの遺跡だ、全員急いで逃げろ!」

 声を限界まで張り上げた。作業員たちも進が言っていることは本当なのだと察すると、すぐに遺跡から脱出を開始した。多くの作業員が雪崩のように遺跡から出て行く。

 だが、その中に一人だけ違う格好をした、作業員たちとは逆の方向に向かって走っている者がいた。それが誰かは、進にはすぐに分かった。

「大悟!?」

 何故息子がここにいるかは分からないが、あれは確かに息子の大悟だった。

「大悟、どこに行くつもりだ! 戻れ、ここは危険なんだぞ!」

 しかし聞こえていないのか、大悟は遺跡の奥まで走って行った。こうなっては放っておくことなど、親として出来るはずがない。進は作業員全員が脱出したことを確認して、遺跡の深部へ向かった大悟を追いかけ始めた。



 大悟は無我夢中で走っていた。途中、父の進の声が聞こえたような気がしたが、今はここに逃げ込んだ方が安全かもしれない。それに、遺跡は前から気になっていたのだ。こんなチャンスを逃すわけにはいかなかった。

 気づけば大悟はとんでもなく広い空間に出ていた。ここがどこなのかはさっぱり分からない。が、少なくとも遺跡の中だということは分かっている。周りがダイヤモンドやサファイアのように青く光り輝いている。事実、壁も鉱物のように角ばっていた。こんな広い空間、一体何だというのだろうか。

 しかし、それにしても綺麗な空間だと大悟は思った。この空間の壁を削れば凄いお金になるのではないかと思えるぐらい綺麗であった。

「大悟ー!」

 背後から進の声がする。振り返ると、確かにそこには進が走ってきていた。歳のせいか、かなり息が切れている。

「お前、何だってここにいるんだ!?」

「何でって、それは……」

 答えられない。前から気になっていて、こんな危険な状況で来たなどと言えば、どれだけ怒られることだろう。いや、今ですらどれだけどやされるか分からないのだ。

 それを知ってか知らずかは分からないが、進はため息を吐いた。

「母さんは?」

「多分、逃げてると思う」

「そうか。まぁ、あのしぶとい母さんだ、そう簡単には、な」

「あ、ああ。俺もそう思う……」

 大悟は少し拍子抜けしていた。何せ、怒られると思っていたというのに、特に何も言われなかったのだ。そんなことは奇跡に近い。とはいえ、進の表情が厳しいのは変わらなかった。何かの震動も伝わってくる。どう考えても外からのものだった。

「大悟、今すぐここから逃げろ。外ではゼットロンと連合軍、ウルティマが戦っている。奴らの目標はどう考えてもここだ」

「何でここなんだ?」

 そう言うと、進は少し呆れたようにあからさまなため息を吐いた。

「お前、中学ぐらいで勉強しただろ。EGがどこで発見されたかってのを」

 そう言われると、すぐにピンと来た。ゼットロンがここを狙う理由。それはただ一つ、ここにEGが眠っている可能性があるということだ。そんなものに関わる気は毛頭無い。大悟は分かったと言って、ここから脱出しようとした、その直後のことであった。

 外部から強烈な震動が遺跡内部に走る。大悟と進が立っていたところが砕け散り、二人は声を上げる間もなく、深き場所に落ちた。体は一切動かせなかったが、それでも辛うじて大悟は意識を保っていた。目の前に倒れた父の姿がある。視線の高さが同じだったので、大悟も自分が倒れていることが分かった。しかし、進に声をかけても、進はピクリとも動くことはなかった。

(そんな……)

 刹那、大悟は強烈な衝撃を感じた。心臓のある左胸がとてつもなく熱い。よく見れば、巨大な針が胸を貫いていて、赤い血が溢れ出ていた。ああ、これで死ぬんだな。俺の人生はここで終わりなんだな。大悟はそう覚悟すると同時に、意識が途切れた。



                ■



 EG1「ザウス」は連合軍のシルフファルコン、ウルティマのシルフパルサーと交戦を続けていた。しかし、連合軍の戦闘機とアイゼンギガントの性能差は圧倒的であった。ザウスはこれまでの戦闘ではその重装甲を活かして地上だけで戦っていた。だが、今回は飛行用大型ラムジェットブースターを装備して、戦闘機隊の空中戦にまで対応していた。しかも、その速度も到底45mから成る体躯からは想像もつかないぐらいであった。ただでさえファルコンやパルサーに装備されている中距離空対空ミサイル「AAM-V」や20mmガンポッドはおろか、パルサーに新たに装備された最新のレーザー兵器であるレーザーガンポッドすらまともに通用していなかった。今までならミサイルは通用していたのだが、効かなくなっているということは装甲材質をアップデートしたか、或いは増加装甲でも付けているのだろう。

 ザウスは確実に頭部高出力レーザー砲や、腕をブースターで飛ばすロケットパンチで次々とシルフファルコンを撃墜していく。

「無茶苦茶だ、あいつ!」

「でも、どうにかしないと本当に遺跡が壊されます!」

「分かってる! ミサイルが足止めにすらならないなんてよ!」

 シルフパルサーに搭乗しているメインパイロットの矢作と、コ・パイロットの三咲が大声でぼやく。シルフパルサーのジェットエンジンの騒音のせいで、大声で言わないと相手が何を言っているかすら聞こえないのだ。

 矢作は残っているAAM-Vの発射距離ロックを強制解除し、一斉射する。すぐさま機体を反転させ、もう一つのエンジンであるラムジェットエンジンを点火、最大噴射、一気に距離を取る。AAM-Vの近接信管が一斉に作動。巨大な爆炎が起こり、ザウスを呑み込む。通常レーダーもソナーもサーマルも爆発の影響で一時的に使えなくなる。だが、相手がそれでも生きているということはレーダーやセンサーを使わずとも目視で確認できた。矢作が急いで後方から飛来してくるロケットパンチを回避する。

「どうやったら仕留められるんだよ、こいつは!」

 もう武器はまともに通用しないレーザーガンポッドのみであった。これではどうすることもできない。

 その時だった。三咲はふと遺跡の方を見ると、そこで変化が起きていたことに気付いた。矢作にも報告する。

「何だ、あれ……」

 そう、それは矢作も三咲も、いや、基地にいるウルティマ隊員も生でその光景を見るのは初めてだろう。何せ、日本に遺跡があるのはここ夜刀浦市やとうらしだけなのだ。

 遺跡が、開いていた。文字通り、学校の授業で習うような三角錐が展開されるかのように、遺跡が展開されていたのだ。その中から、一体の巨人が姿を見せる。エレベーターに乗っているかのように、少しずつ全体が見えてくる。

 黄色の三日月状の飾りを頭部に付けている。本体は比較的ロボットらしからぬ、すらりとした生身の人間のようなスタイルであった。赤と銀色を基調とした、人間のような巨人。それは、七番目に発見された遺跡から姿を現した。

「七番目に発見された遺跡の巨人……」

「EG7……セレーネ」

 三咲によって「セレーネ」と呼称されたEG7は、すぐさま動き始めた。その向かう先は、沖合で暴れているゼットロンのEG1、ザウスであった。

 ザウスは様子見もせず、いきなり右腕で最大攻撃である電磁メガトンナックルをセレーネに振るった。この電磁メガトンナックルによる攻撃に耐えられる物などいない。三咲は黒田からそう聞かされていた。

「危ない!」

 思わず三咲は叫んだ。しかしそれは杞憂になるのかならないのか、よく分からない結果となった。結論だけを言えば、セレーネはザウスの放った電磁メガトンナックルを素手で受け止めていた。

「え……?」

 矢作が驚きを隠せずに、しかしそれ以上の反応も出来なかった。ただただ呟くことしかできなかった。

 セレーネはザウスの右腕をあっさりと払い除ける。距離を取るザウス。セレーネはその隙を逃がさなかった。頭部の三日月状の黄色が緑色に変化、輝き始めると同時に、セレーネは右腕を天に掲げた。細い装甲から、砲身のような筒状がせり出て、それをザウスに向ける。危険を感じたのか、ザウスはブースターを点火したが、それは遅かった。先にセレーネの腕の砲身から、強烈な熱線砲が発射されていた。既に飛行していたザウスの右脚に、熱線が直撃する。一瞬で溶解するザウスの右脚。これ以上の抵抗は出来ないと判断したのだろう、ザウスは上空までブースターを最大噴射させて撤退していった。頭部の発光が終わり、遺跡へと戻っていくセレーネ。矢作はシルフパルサーを遺跡の方へ向かわせた。

 セレーネは遺跡の真ん中で膝立ちをして、コズミックコアのある人間でいうところのうなじを限りなく地面に近づけた。ハッチが開き、中から誰かが出てくる。青年だった。矢作はシルフパルサーを離れたところに着陸させて、青年に近づいた。

「何でこんな子供が……」

 その青年の顔に、三咲は見覚えがあった。というより、その青年を三咲はよく知っていた。幼馴染なら知っていて当然だ。

「大悟、なの……?」



                ■



 大悟が目を覚ました時、そこは大悟の知らない場所であった。白い天井、白い電灯、そして一定の間隔で聞こえてくるのは恐らく音からして医療機器であろう。首を窓の方に傾けると、外は既に真っ暗な夜であった。反対側の方から自動ドアが開く音がする。そちらに視線を向けると、そこには昔から知っている、ウルティマの制服を着た女性が一人。

「三咲、か……」

 鳳三咲。昔から大悟の近所で暮らしている、いわゆるご近所さん。歳も一歳違いだったことからよく遊んでいた。しかしそれも小学校までの話。彼女が先に中学に上がってからは、ほぼほぼ遊ぶ機会は無くなった。大悟も大悟でその当時は嫌だったのだ。クラスメイトからどうからかわれ、虐められるか分からなかったからだ。そして三咲が高校二年の時、彼女は突然高校を中退した。その理由は今でも分からない。多分本人しか知らないことだろう。ちなみにこのことを大悟が知ったのは母晶子からの情報だ。だから、こうして顔を合わせるのは実に2年振りぐらいのことであった。

「よかった、ちゃんと意識戻ったわね。安心した」

 そう言いながら、三咲はベッド近くの椅子に腰をかける。

「お前、ウルティマに入ってたのか」

「あれ、言ってなかったっけ? 入るって」

「いきなり高校中退したところまでしか知らないよ」

 そこまで言い終わった時だ。大悟は父進のことを思い出した。あの遺跡が崩落して、その時は一切動かなかった。大悟はバッと勢いよく起き上がった。痛みが生じるが、無理をしてでも聞きたいことだった。三咲に支えられながら、大悟は問うた。

「親父は、親父はどうなったんだ!?」

 その問いに、三咲は何も答えず、ただただ視線を大悟から背けるだけだった。それが一体何を意味しているかなど、すぐに分かった。

「親父が、死んだ……?」

「……ええ、残念ながら」

 大悟は言い知れぬ感覚に苛まれた。それが何なのかは、すぐに見当が付いた。間違いなく、進を間接的に死に繋げてしまった自分への行いに対する、そう、罪の感覚だ。あの時、あんな行動を取らなければ、進は生き延びていたかもしれない。それを死に繋げた。大きな罪。ただ生きるだけでは到底償い切れない、大きな罪。大悟はただただ、空笑いをするしかなかった。三咲はそんな大悟を、ただ見ているしかできなかった。

 再びドアが開き、壮年だが体躯はしっかりとした男性が入ってきた。

「黒田隊長、どうされたのですか?」

 三咲は立ち上がって敬礼をしながら、黒田に問うた。黒田は敬礼をやめるよう、サッと手を挙げた。三咲は手を下ろし、大悟を二人で見た。

「この青年が、か?」

「はい、EG7、セレーネに乗っていたようです」

 EG7? セレーネ? 何のことだろうか。大悟にはさっぱりだった。というのも、大悟にはここ数時間の記憶が一切無い。遺跡で落下し、強烈な熱さと痛みを感じたところから何も覚えていないのだ。

「歩くことは?」

 黒田の問いに、三咲が答える。

「今は無理です。あと数時間もすれば歩けるようにはなると思いますが、今は車椅子が必要です」

「分かった」

 そう言って、黒田は椅子に腰をかけた。

「門山大悟君、だったな?」

「え、ええ……」

「こんなつまらん医務室にいてもつまらんだろう。外で夜景でも見ないか?」

 一体何が狙いなのだろうか。大悟は少し考えたが、ここで断っても何となく面倒なことにしかならないような気がしたので、行くことにした。車椅子に座って、黒田に押してもらいながら、医務室を後にした。

 大悟を見送る三咲の表情は、どこか曇っていた。



                ~~~続く~~~

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