Eisen Gigant
折井昇人
第1部「愚行戦争篇」
第1話「The Seventh Remains of Selene」 Aパート
いつだっただろうか。いくら夢が無くて、高校に進学する気も無くて、それでも少しは稼がないといけないと感じ始めたのは。今のバイト先のコンビニを後にしながら、
「平和だったら、入ってるんだけどなぁ。命を危険に晒してまで仕事はしたくないし」
そう。今、世界は危機的状況にある。そうさせているのが、反連合軍組織のゼットロンと、そのゼットロンが操る謎の巨大人型ロボット「
「……何考えてんだろ、俺」
今そんなことを考えていても仕方がない。安全にフリーターとして仕事をするなら、近くの働ける場所で働くしかない。むしろ、働き先があるだけでもマシに思えた。それでも辛いものは辛い。矛盾だが、人生というのは矛盾の塊だと大悟は思っている。矛盾が無ければ人間は思考することも無い。それではただ単に本能だけで生きる動物となんら変わりない存在になってしまう。だからこそ、矛盾はあるべきなのだ。
店の駐輪場に置いていた自転車に跨って、家路につこうとした。が、大悟は何となく海岸線を走っていた。日本の
しばらく海岸線を走ると、沖合に異様な構造物が視界に入ってくる。1年前に突如出現した、その異様な構造物。しかし、その異様な構造物も、今となってはあって当たり前、日常の物と化していた。その構造物には、連合軍のウルティマも関わっていた。彼らが付けた通称は、遺跡。その見た目がエジプトのピラミッドにどこか似ていることから付けられた。そしてその遺跡には、大悟の父、
「ちょっとぐらい、別に大丈夫だろ」
そういう軽い気持ちだった。近くから遺跡を見て見たくなったのだ。他に興味は無い。多分無い。それぐらいなら大丈夫だろうと思い、大悟は自転車を一路遺跡の方へ走らせ始めた。遺跡を定めるその瞳に、淀みは一切無かった。
■
世界統一連合軍特務部隊「ウルティマ」の基地は、夜刀浦市の内陸の山中に存在する。山中の内部に建設された理由としては、攻撃されにくい、攻撃されても対応が取りやすいなど、様々あるが、要するにデメリットが少ないということだ。そんなウルティマの基地の司令室は今、緊張と嫌悪な空気が漂っていた。ウルティマ隊長の
『ミスター黒田、何度言えば分かってもらえるのだ。早くあの遺跡を解析したまえ』
スタンレーからの通信と言えば、毎回これであった。そして今もそうである。これで何度目だ、と黒田はワイヤレスヘッドホン越しに頭を抱えた。この男、馬鹿なんじゃないのだろうか。何度言えば遺跡の調査は進めていると理解するのだろうか。それでなくても、現場の人間にはかなり無理を言っているというのに。そんなにも遺跡の中身を知りたかったら自分の足で遺跡まで来たらどうだと言いそうになったのを何とか堪えた。ここでそんなことを言っては後々のウルティマが、日本がこの世界で動きづらくなる。黒田は感情を抑えて答えた。
「現在、全力を挙げて調査しております」
『ゼットロンに見つかってからでは遅いのだぞ、分かっているのだろうな?』
ゼットロン。反連合軍組織の名称である。どこに拠点があるのかも分からない、いわゆるテロリスト集団だ。テロリストと言っても、その戦力は軍の一個中隊と互角を張れるほどである。そして一番大きいのは、自力でEGを運用しているということだ。EGの安定した運用法は連合軍では未だ確率していないが、何故かゼットロンでは出来ているのだった。そんな戦力が投入されれば、ひとたまりもない。そんなことぐらい、黒田も分かり切っていることであった。
「承知しております。ですから今全力を挙げて――」
『言葉だけなら誰でも言える。だが行動は、誰にでもできないことだ』
そんなことぐらい分かっている。そう叫びたかった。しかし、叫べばこちらが不利になるだけというもの。それでも、そうしたいぐらいであった。
『君は分かっていると思うが、現場はどうか――』
ほんの少しのノイズ音と共に、スタンレーの声が聞こえなくなる。黒田が通信を基地側から強制的にカットしたのだ。こんな会話をいつまで続けていても進展はしないし、こちらの精神衛生上良くない。後で何を言われようが、今をどうにかしないと駄目だと判断した。
直後、後方の自動ドアが開き、副隊長の
「現在遺跡の解析度は20%。ですが、EGが眠っていることは間違いありません。中に巨大な、何かが通るための空間、というか穴がありました。あのサイズは間違いなくEG用の穴としか思えません」
「その肝心のEGは?」
「残念ながら、まだ何も」
「そうか、分かった」
それは黒田にとって、通常業務に就いてほしいという意味を含めたものだった。事実、小宮山はレーダー監視に、岸田は通信管制へ、三咲は小宮山と共にレーダーを見ていた。しかし矢作だけは何故かその場から動こうとしなかった。何か言いたいことでもあるのかと黒田は問うた。すると矢作は、どこか言いづらそうに苦笑いをした。少なくともそれほど大事なことではなさそうだ。黒田は優しく、もう一度問うた。
「どうした? ん?」
「……では、言わせていただきます」
「あ、ああ」
改まってそう言われると、何だか背中がこそばゆいものであった。小宮山たちが一斉に黒田へ視線を寄せる。一体何なのだろうか。黒田は少し不安になった。
「冷静沈着な隊長でも、ああなることってあるんですね」
一瞬、何のことかさっぱり分からなかった。しばらくして、それが先ほどのスタンレーとの通信のことだと分かった。多分、かなり大きな声を出していたのだろう。それが廊下の方にまで聞こえていた。そうに違いない。黒田は髪の毛を少し弄りながら、
「……情けないところを見せてしまったな」
本当にそう思っていた。少なくとも、部下の前では情けない、格好悪い姿は見せまいと黒田は決めていた。そんな姿を見せてしまえば隊員の士気が下がると思っていた。だが、そんなことは無いようだ。むしろ、矢作やそれ以外の隊員はいつも以上にリラックスしているのが分かる。こんなにも一斉に笑うことなど、今までには無かった。
それでも、一人だけ笑わず腕を組んでいる隊員がいた。普段は基地の通信管制を担当している岸田次郎だ。じっと黒田を見つめている。一体何だろうか。黒田がどうしたと問う前に、岸田は口を開いた。それは、黒田に対しての言葉ではなく、矢作に対して向けられていた。
「俺はそうは思いませんね、情けないなんてことはない」
しかし矢作は副隊長である。部下の隊員の扱い方は既にしっかりと覚えていた。
「相変わらずだな、岸田。少しはこういうジョークでリラックスしろ」
「こんな笑えないジョークで、ですか」
「本当は違うくせに」
矢作の言葉に、岸田が静かにキレるのが分かる。またか、と黒田は思った。
岸田は一見クールでぶっきらぼうで口が悪いのだが、実のところそれに加えてかなりの短気であった。とにかく岸田に対しては言葉を選ばないと誰に対しても容赦無くキレるので、扱いが隊員の中でも格段に難しいのだ。案の定、矢作と岸田は言い合いになった。だからといって手が出るわけではない。ただの言葉での罵り合い。それだけだ。それも部隊編成直後はどう止めようか黒田は悩んでいたが、最近になってからこれはもう一種のコミュニケーションだと思い込んで放置することにしていた。それに、こう見えて矢作と岸田はとても仲が悪いわけではなく、むしろかなり良い。良いからこそ喧嘩をするもの。そう思えば黒田は気が楽になっていた。
しかし新入隊員の鳳三咲はそうは見えないようだった。黒田に近づき、放っておいていいのですかと質問する。
「あれでいい。そういう奴らだ」
微笑みながら見ている先に広がっている光景は、隊員同士の、仲間同士の罵り合い。しかしそれもそのうち終わることを黒田は知っていた。
「隊長って、偶によく分からないところ、あるんですよね」
小宮山がそう呟いたその時、警報が鳴った。言い合っていた矢作と岸田はすぐに配置に着く。
「小宮山、敵は」
「識別照合。……ゼットロンの巨大輸送機『CZ-3』と判別。しかしまだ何もしていません。こちらの領空に侵入してきているだけです」
「となれば、何も出来んな……」
領空に侵入されただけでは、ウルティマは動くことができない。ウルティマが動けるのは、明確な攻撃の意思があると認識できた時だけだ。
基地からウルティマ所属ではない、連合軍の最新鋭戦闘機のVAFF-18「シルフファルコン」が3機出撃する。ゼットロンの輸送機CZ-3に呼びかけでもするのだろう。
「無駄なことを……」
黒田にはこれまでの経験から、あのシルフファルコンがどうなるか何となく視えていた。
■
ゼットロンの巨大輸送機「CZ-3」には、巨大なブリッジとも言えるスペースが存在する。そこには巨大なメインパネルや攻撃をするためのデジタルマップ投影機等が置かれている。ゼットロンのリーダーであるネビル・ペイジは、主にここで自ら作戦を立案し、それを部下に実行させている。今、CZ-3は日本の領空内に侵入している。当然、攻撃を仕掛けるためだ。とはいえ、その目標は世界統一連合軍の日本支部が置かれている首都東京ではない。リーダー席に座っているネビルの後方、ブリッジに入れる自動ドアから実行メンバーであるジョン・スチュアートとリンダ・デューカスが入室してくる。
「来たか」
ネビルは席から立ち上がり、二人を見る。リンダは嬉々とした表情をしているが、ジョンは彼女とは対照的であった。
「どうしたジョン、何か不服か?」
「元から不服だ。私にこれ以上、罪の無い人を殺せというのか」
ジョンは元々連合軍の戦闘機乗りであった。しかし世界平和のための連合軍であるため、ジョンは人を殺したことが無かった。いや、正確にはあるのだが、殺したのはあくまでもテロリスト等であり、民間人を殺めたことはない。だがそれはネビルにとっては逆に違和感を覚えるものであった。ネビルは元々紛争が多かった地域で生まれ、育った。だから、誰かを殺さずに生きることなどあり得ないと思っていた。そして生きるためには人を殺すための、絶対的な力が必要だとも考えていた。その力こそ、世界各地で発見されているEGの存在であった。
「誰も民間人を殺せとは言っていない。それは君の技量不足で死んでいるだけ。つまり、人の死は君の罪だ。罪は償わなければならないだろう?」
「貴様……」
怒気を含んだジョンの言葉に、ネビルは即座に殴り飛ばした。倒れ込んだジョンをネビルは汚物でも見るような目で睨み付けた。
「誰に向かってそんな口を利いている? 家族がお前の帰りを待っているというのに」
「ッ……」
ジョンはギリッと歯ぎしりをさせた。ネビルにとってその光景は実に滑稽で愉快で、しかし醜いものであった。懐からサッとサバイバルナイフを取り出し、ジョンの首元に突き付ける。それでも怯まないジョンに、ネビルは思わず切ってやろうかと思ったが、寸前で思い止まった。ここで貴重な戦力に傷を付けてもこちらが不利になるだけだ。ネビルはサバイバルナイフを仕舞った。
「シュードクリアスに入れ」
「……了解」
辛酸を舐めるように、ジョンは答えてブリッジを後にした。愉快だ、実に愉快だ、ネビルはそう思った。こうでなくては、こんな反連合軍組織のリーダーをやる意味が無い。これこそがゼットロンの正義なのだ。それに反するのなら、如何なる処罰も与える。
ジョンと一緒に入ってきていたリンダがネビルに言う。
「相変わらず、悪趣味ね、ネビルは」
そう言う彼女の顔も、ネビルと同じであった。
「これが無くてリーダーをやる意味など無いからな」
眼前に広がる巨大なカプセルのような機械装置。この巨大輸送機CZ-3に二基は搭載されているという話だが、実際のところ、ジョンは自分用の物しか知らない。重要機密装置だからだろう。軍でもないというのに、妙なところで統制の取れた組織だと思う。それに、どうやってこのEGを動かすための接続装置「シュードクリアス」を作ったのかも分からない。が、現にそれはそこにあるのだから、間違いなくこのゼットロンは技術力と資金はそれなりにあるのだろう。正面の扉が開き、シュードクリアスの中へと入る。
シュードクリアス。EGを動かすための機械装置。本来EGは「
ジョンが入ったシュードクリアスが彼のEG、EG1「ザウス」のコズミックコアに入る。内部でジョイントと直結し、ゲルで包まれていた視界が広がる。ザウスのメインカメラの映像がジョンの網膜に投影されているのだ。
『発進5秒前』
CZ-3のブリッジにいる管制官の声が鮮明に聞こえる。
(また、殺さなければならないのか……)
嫌だとは言えない。家族が人質に取られている以上、何も言えない。カウントダウンが死の宣告に聞こえるのは気のせいだろうと思いたかった。
『カウント0。EG1発進せよ』
「ザウス、発進する」
CZ-3の機体下面の格納庫が開き、青い巨人が背中に装備された翼――飛行用大型ラムジェットブースター――を展開し、一気に地上へ降下する。その光景は、発進というよりかは投下に限りなく近かった。
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