第3話「Holy Black Blood」Bパート
大悟にとって医務室は唯一のプライベートな空間、だと思っていた。数時間前までは。そうでないことなど分かっているつもりだったが、ついついこの慣れ親しんだ医務室が、自分に割り当てられた部屋のように感じていたのだ。綺麗な夕陽の光が窓から差し込む時間帯に、小宮山と三咲が訪れる。
そして今、大悟の眼前には小宮山と三咲の姿があった。二人ともパイプ椅子に座っている。話をしていると、どうやら小宮山はメンタルケアの仕事、つまりカウンセリングも出来るらしい。先ほどから大悟のことを上手く聞き出そうと質問を投げかけている。それも、ただただ闇雲にではなく、間隔を置いて、時には話をわざと脱線させて。大悟はこれがカウンセリングなのかと疑ったが、これが小宮山なりのやり方なのだろうと思った。ネットで偶に見ていた心療内科に言った結果の話よりも、こちらの方が断然上手く感じる。だからといって、気分がいいわけではない。むしろ段々と悪くなってきている。吐き気がするとか、そうではない。気持ちの問題である。
小宮山がベッド近くのデスクに置いていたコーヒーを一口飲み、大悟に告げる。
「話していても思ったけど。大悟君、君にはやっぱり罪なんて無いと私は思うわ」
予想通りの言葉。そのうち来るだろうとは思っていたが、思っていたよりも時間はかかった。それに対する大悟の答え、というのも既に決まっている。
「ありますよ、罪は」
即答だった。語気を荒げることもなく、ただただ静かに、自分には罪があることを再認識させる。でなければ、今自分が生きている意味など無い。もし仮に罪が無いのならば、ここに居る必要も無いし、何なら死んでもいいと思っていた。絶対口には出せないことであったが。
「大悟……」
三咲が心配そうに呟く。大悟は笑顔で三咲に答えた。それでも彼女の顔は晴れなかった。分からない。何故そこまで考え詰めるのか。これは自分自身の問題なのに。大悟はそのことを三咲に問うた。すると彼女は、悲しそうに語気を少し荒げながら答えた。
「人として、当たり前のことでしょう!?」
当たり前のこと。どうやら彼女はそう考えているらしい。実際そうかもしれない。大悟も三咲と同じ立場に置かれたら、こうなるのかもしれない。だけど、今大悟は当事者である。そんなことを考える余裕なんてどこにも無かった。
「三咲隊員の言う通り。大悟君、私たちが君のことを案じるのは当たり前なのよ」
小宮山が優しく言う。それでも、大悟はその考えを、言葉を否定したかった。そうしなければ、心が落ち着かなかった。少し違う方向の言葉で、やんわりと否定を開始する。
「違うんですよ、小宮山さん、三咲」
「何が違うの?」
と小宮山。
「俺には、覚悟が無いんですよ。これからどうしていくか、っていう覚悟が」
「それは、誰だってそうだと思うわ。いきなりあんな巨大な力を手にして、それではい覚悟決まりましたって言える方がおかしいと思うわ。だから大悟君、覚悟が出来てないのは、当たり前だと思うわ」
「いや、それでもやっぱり覚悟が出来てないと駄目だと思うんですよ」
「大悟君……」
「そんな……」
それまで黙っていた三咲が口を開く。その声はどこか悲し気に震えていた。頬に一筋の滴も流れていた。それでも、言葉にしなければならないという想いが、声を大きくする。
「そんな悲しいこと言わないでよ!」
「三咲……」
「どうして大悟がここまで背負わなくちゃならないの!? 罪なんてあるはずもないのに、大悟はあるって思ってる! おかしいと思わないの、大悟は!? 私は違う。こんなのおかしい、絶対におかしいよ!」
そう言い切った直後。敵接近警報が基地に鳴り響いた。
「こんな短期間で襲撃!?」
小宮山が驚愕の声を上げる。それもそうだろう。前回の襲撃からまだ2日しか経っていないのだ。大悟も異常な速度の攻撃だと思った。これはテロリストのやれる攻撃スピードではない。ある程度の規模を持つ組織の攻撃だとすら思えた。となれば、ゼットロンというのはテレビで聞いていたよりも遥かに大きな組織に思える。大悟は気付けばテレビを点けていた。画面の中では特別報道番組に切り替わっていて、避難命令が出たとキャスターが言っている。避難しなければならない中に、母晶子もいると思うと、大悟は勝手に体が動いていた。無意識だった。
「何をする気!?」
「行かなきゃ……俺、やらなきゃ……」
両腕を大きく掲げ、そして胸の前で紋章の指輪を重ねる。刹那、大悟の体が原子レベルに分解され、医務室から消滅する。
■
『第三ゲートオープン。第三ゲートオープン。シルフパルサー発進準備。整備員は至急退避せよ』
矢作が搭乗するシルフパルサーは回転式移動エレベーターで格納庫から第三ゲートへ向かう。後方には岸田のシルフパルサーの姿もあった。第三ゲートは沖合に面していて、現在沖合を飛行しているEG3「ヘカティア」の迎撃にはもってこいの発進口である。矢作、岸田両名のシルフパルサーが移動エレベーターから電磁カタパルトに固定される。
『シルフパルサー、電磁カタパルトへの固定確認。ジェットブラストディフレクター展開』
管制官が淡々と発進準備を進めてくれる。その間は何もすることはできない。ただ待つだけ。矢作にとって、それは少々苦しいものであった。人間の力だけではどうすることもできないとはいえ、こんなにも発進に時間が掛かっては一方的に攻撃されるだけだと思っていた。実際はそんなことは無いのだが、どうにもそう思ってしまう。
『副隊長、苛々しないでください。気に障ります』
岸田の容赦のない一言に、矢作はどことなく救われたような気がした。ただ、生意気に言い方だとは思っていた。
「随分生意気言うじゃないか」
『それで副隊長が元に戻って、生存率が上がるならやるに越したことはないですよ』
それはそうだ。誰だって死にたくはない。それならどんな手を使ってでも確率を上げたいというものだ。矢作がもし岸田の立場だったとしたら、ここまで生意気な言い方はしないにしても、同じようなことは言っていることだろう。
『矢作、大変なことが起きた』
司令室にいる黒田隊長からの通信だった。
「大変なことって?」
『大悟君が、また消えたそうだ』
「それって、それじゃあ大悟君はやっぱり……!」
そうは思いたくなかった。そんな最悪の結果を考えたくなかった。だが、仮に事実なら、その最悪な結果を受け止める覚悟もしておけなければならない。それに、今やれることは、敵を止めること。それだけだ。矢作は了解とだけ返して、黒田との通信を切った。
「メインジェットエンジン始動。続けてラムジェットエンジンの始動に取りかかる」
シルフパルサーのコクピット内がエンジンの轟音によって他の音が殆ど聞こえなくなる。エンジンの回転数も丁度良くなる。
「ラムジェットエンジン始動。発進準備完了」
『了解。カウントは全て省略。カタパルトロック解除は任意で』
「シルフパルサー、矢作機、出る!」
『シルフパルサー、岸田機、発進します』
2機のシルフパルサーが第六ゲートから発進する。同時に、地上の滑走路から連合軍のシルフファルコンが6機飛来してきた。
果たしてこの数でEGを止められるのだろうか。矢作には不安が募るばかりであった。
■
EG3「ヘカティア」は飛行ユニットで上空をその巨躯からは似合わない猛スピードで飛行しながら、遺跡へ爆撃を続けていた。迫りくるシルフファルコンには空対空ミサイルと手持ちのレーザーガンポッドで迎撃し、空対地ミサイルと6連装速射ロケット砲による遺跡への攻撃は、周辺にかなりの被害をもたらしていた。更には迫るファルコン隊をヘカティアは空いている手足を使った格闘攻撃で華麗に撃墜していた。予測不能な行動に、流石の連合軍のパイロットも対応することは出来なかった。その光景を、大悟はセレーネのコズミックコアの中から見ていた。
(このままだと、街の方にまで火の手が回る……!)
セレーネは今、遺跡の中心部のエレベーターから地上に姿を出そうとしていた。セレーネは何故か戦闘が終わる度に、この遺跡に自動で戻っている。大悟の意志とは関係無く、だ。何のためにそうしているかは分からなかった。が、このエレベーターの上昇速度が遅いということだけははっきりと分かる。このままでは間に合わない。天井のゲートが開く。
(こうなったら!)
大悟は脚に力を込めて、思いっきり跳ぶようなイメージをしながら体を動かした。セレーネもそれに応えて、大悟の動きをトレースした。そう、このEGという巨大ロボットは、大悟の動きを完璧にトレースする。一気にゲートから飛び出て、地上に姿を現す。刹那、強烈な衝撃が大悟の体を走った。上空を飛び回っているヘカティアの空対地ミサイルだった。大悟は痛みを堪えながら、頭部のレーザーバルカンで迎撃すべく、視界にヘカティアを捉えようとした。しかし。
(速い、これじゃ追いつけない!)
ヘカティアは更に速度を上げる。一旦離れて反転急降下しながら、手持ちのレーザーガンポッドを斉射する。無数のレーザー弾丸は明らかにセレーネだけを狙っていた。セレーネはレーザー兵器を耐えられないことはないが、問題は搭乗者の大悟にあった。トレースされているため、セレーネに受けるダメージをほぼそのまま生身の体に反映されるため、大悟の皮膚や内臓が持つかどうかは分からなかった。いや、大悟はこれまでの経験からそれを実感している。今飛来してきているレーザー弾丸を全てまともに受けては耐えきれない。痛みのショックで間違いなく死ぬ。そう確信できた。大悟は急いで回避運動を取った。側転をしながら、レーザー弾丸を回避しようとするが、それでも全てを回避し切れない。着地し、態勢を整えようとした瞬間、残っていたレーザー弾丸をまともに受けてしまう。
(グゥッ!)
痛みで思わず大悟は膝をついた。セレーネもトレースして、膝をつく。その隙をヘカティアは逃がさなかった。残っている空対地ミサイルを全弾発射。想像を絶する衝撃、熱、痛みの塊が猛スピードで大悟に迫る。あれを受けては駄目だ、間違いなく死ぬ。だが動けない。先ほどの痛みと衝撃で動けない。ミサイルが迫る、迫る、迫る。駄目だ、もう駄目だ。ここまでなのか。大悟は思わず目を瞑った。
しかし、何も起きなかった。ミサイルは眼前で赤い何かと衝突、爆発し、落ちていた。何が起きたかはすぐに分かった。目の前をウルティマのシルフパルサーが飛んでいく。恐らくミサイルと衝突した赤い何かはシルフパルサーに搭載されているレーザーガンポッドだろう。でないと今、自分は生きていない。眼前を飛び去る瞬間、コクピット内の誰かがサムズアップしているのが見えた。速すぎて誰かは分からなかった。が、別にどうだっていい。助けてもらっただけでも感謝しなければ。
とはいえ、どうするべきか。レーザーバルカンでは捕捉し切れない。かと言って、レーザーソードで切り裂くなど言語道断だ。どう考えても出来るわけがない。どうする、どうすれば生き残れるのか。大悟が思案していたその時。
(……
刹那、その銃の情報が大悟の頭の中に凄まじい勢いで入り込んでくる。だからといって、それが苦痛というわけではなかった。一瞬でインプットは終わった。確かにこれならいけるかもしれない。大悟はそう思って、急いで遺跡の中へ戻った。問題は、その
バレルが双方に分割され、その中心部に銃口らしき物が見える。SF映画に出てきそうな形状の銃。大悟はこれに間違いないと思った。インプットされたデータと全く同じ形なのだ。大悟は
(今だ、喰らえ!)
セレーネは大跳躍し、
■
ネビルのその表情は、まさに鬼、いや、悪魔そのものであった。今、ネビルに首を絞められているリンダはそう思った。期待を裏切ってしまった。そういう罪悪感があった。だが、敵の新兵器など聞いていない。そう反論しようと一瞬思ったが、それはただ単にネビルを更に激情させるだけと思うと、すぐに止めた。
「ね、ネビル……苦しい……」
そう言うと、ネビルは手を離した。解放され、どすっと床に崩れ落ちるリンダ。
「次は俺の期待を裏切るな。いいな」
悪魔の表情をしたまま、ネビルは格納庫から去って行った。リンダは言われなくてもそのつもりであった。修理と補給が済み次第、すぐにあの忌々しいEG7を破壊してやる。そう意気込んでいた。
■
黒田の表情は重々しかった。だが、大悟は何故そうなるのかが分からなかった。これが事実なら、受け止めるしかないではないか。そう思っていたし、実際そうも言った。すると、余計に暗くなった。何かまずいことでも言ったのだろうか。
「大悟はもう、盟約の儀を交わしている……」
三咲がまるで絶望したかのように呟く。
「それって、もうニュークリアスであって、人間ではないってことですか、隊長?」
震える声を隠せず、矢作が黒田に問う。
「……そうだ。大悟君はもう、人間じゃない。ニュークリアスだ」
ニュークリアス。核という意味の言葉らしい。EGと盟約の儀という特別な儀式を交わした者だけがその存在になる。基本的に人間と姿は変わらないが、身体能力やその他の部分が異様に進化するとされている。また、血液の色が赤から黒に変色する。そして、一番違う、いや、進化している部分は、「死を克服」しているということ。即ち、よっぽどなことが無い限り死なないし、死ねないということだ。その死の克服は、空気の存在しない宇宙空間に生身で放り出されても生きることができるらしい。水も必要無い、食事も必要無い。そういう完璧な超人と化す。それがニュークリアスだと、大悟は黒田から聞かされた。
「け、けど大悟君の血液検査での血の色は……」
矢作が戸惑いながら黒田に問う。実際、血液検査の時は普通の赤色だった。
「ああ、黒くはない。だが、時間が経てば黒くなるらしい」
答える黒田の声は、どこか暗かった。
しかしそう言われても、大悟はその実感が湧かなかった。それでも周りはそうではないらしく、まるでお通夜のような雰囲気だと大悟は思った。
「……こんな、こんな残酷なことがあるんですか? あっていいんですか?」
小宮山が涙を流しながら言う。それが、もうどうにもならないことは分かっているし、そのどうにもならないことを憎むように、口にする。
「こんなのが、現実だっていうんですか……」
普段はクールな岸田も、震えた声色だった。
しかし大悟は、そう言われる度に、何だか自分が本当に人間じゃないんだなということを実感できた。そして、特別な存在になったことが、何となく楽しくも感じられるようになってきた。狂っているのだろうか、俺は。いや、多分これがニュークリアスとして正常なのだろう。そう思えば、何も苦なんて無い。死なない人生なんて、間違えなければ楽しいだけではないか。そう思うと、これからが楽しみであった。
大悟は一人、笑っていた。心底楽しそうに、笑い続けていた。
~~~続く~~~
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