203-聖王都プラテナ南部・魔王オーカの闘い

【北部の戦いとほぼ同時刻】


<聖王都プラテナ南部 最前線/魔王パーティ>


『ヴォオオオオオオオオーーーー!!!』


『その程度の攻撃なんぞ、屁でもないわッ!』


 振り下ろされた巨大な拳を大剣ではじき返したオーカは、体勢を崩したグレーターデーモンBへ魔法を放った。


『グラヴィッド!!』


 巨体が大地に倒れ込んだ途端、バキバキと地面を砕きながら沈んでゆく。


『フン、たわいもない』


 身動きを取れなくなった巨人に対して冷淡に呟くオーカの姿に、ユピテルはアワアワとした様子である。


「どしたの?」


『いや、オーカさん強すぎじゃない!? だってあれ、グレーターデーモンっていう最強モンスターなんだろ!?!?』


「そりゃオーカちゃんは魔王じゃん。自分んの周りにウロウロしてるヤツに負けるわけなくない?」


『えええ……』


 聖王都の飲食店街のスイーツ天国で幸せそうに舌鼓を打ち、レーズンアイスを食べただけで酔っ払って昏倒したり、馬車旅でサツキとずっと恋バナに花を咲かせていた印象が強すぎるのか、ユピテルには勇ましく戦うオーカの姿に違和感を覚えて仕方がない。

 とはいえ、オーカはその力に反して自己評価が異常に低いうえ、魔王らしからぬ幼い言動が多いので、ユピテルが勘違いするのは無理もない話であろう。


『…………』


 そんな中、ずっと不安そうな表情をしている者がいた。

 サツキのフードの中で、いつもと違ってひとりきりの妖精ハルルである。


「やっぱりフルルが心配?」


『!』


 心を見透かされたようなタイミングでサツキに問いかけられ、ハルルの心臓が跳ねる。


『あの子がひとりで行きたいなんて言うの、初めてなんすよ』


 魔法学園を出発する直前のこと。

 フルルが唐突に『ちょっと……常闇の大地に行ってくるね』などと言い出した。

 姉のハルルも一緒に行こうとしたのだが、フルルにそれを断られたのだ。

 無論、それは『皆を……護ってほしい』と目的あってのことなのだが。


「おねーちゃんも頑張らないと、だね~」


『……そっすね』


 サツキは右手を自分の頭の後ろにやると、フードの中でうつむいている小さな頭を撫でてやった。

 と、子供達がそんな会話をしていた最中――


 カッ……!!!


 北の空を虹色の光が貫くと、数秒ほど遅れて落雷のような轟音が響き、大地が揺れた。

 揺れが静まると、先ほどまで幾度となく響いていた爆音が全く聞こえなくなったではないか。

 それはつまり、聖王都北部での戦いが終わったことを示唆していた。


『あの小娘、本当にやりおった!!』


 オーカの言う小娘とは、もちろんシャロンのこと。

 馬車での移動中、伝説の魔法【ゴッドフレア】の魔導書を読みながら「この理論を応用すれば、私ならもっと強い魔法を撃てるわ」などと豪語する様子に、なんたるビッグマウスか……とオーカは半ば呆れていた。

 しかし、シャロンはそれを見事に有言実行してみせたのだ。


『全く、小娘ばかりに良い格好はさせていては、魔王の名折れじゃの』


 オーカが呟いた途端に重力魔法がキャンセルされ、それまで地面に抑え込まれていたグレーターデーモンBが解放された。

 千載一遇のチャンスとばかりに身を起こした巨人は、超高速でオーカの頭上に拳を叩き込む!


「オーカちゃんッ!!」


 サツキからは、油断していたオーカがいきなり殴られたように見えたのだろう。

 だが、グレータデーモンBの拳がぐらりと揺れた直後、その下から左手一本でそれを易々と持ち上げる少女の姿が現れた。


『そこの小僧が我を見くびっているようでな。格の違いを見せてやろう』


『うっ……』


 少し威圧感を含む視線を受けて、ユピテルが怯む。

 若造の姿を見て満足げに笑ったオーカは、右手に握る大剣に魔力を込めてゆく。


『グアウウウウッ!!!』


 グレータデーモンBが危機を察知して離れようするものの、とても小さな細腕で捕まれたまま身動きがとれない。


『まだ我は父上の足下にも及ばぬがの』


 いつものように卑屈な言い回しではあるものの、その表情にはかつてのような弱々しさはなかった。


『それでも、貴様のような三下ザコに負けるものかッ!!』


 オーカが掴んでいた左手でグレータデーモンBを突き飛ばし、巨体が宙を舞う。

 そして大剣を両手で握りしめて頭上に掲げると、強大な魔力とともにそれを振り下ろした!


『滅・神・斬!!』


『ォォォォ……』


 いつか神と対峙したときのためにと魔王一族が編み出した必殺スキルは、グレータデーモンBを光の破片すら残さぬほどに吹き飛ばした。

 北部で空を貫いた光に続き、南部で放たれた闇の波動はそれにも匹敵する程の轟音を響かせ、地下水道に避難している街の人々を震え上がらせるのであった。

 無論、震え上がったのは人々だけではないのだが。


『ひゃー……』


『君、語彙力なくなってるっすよ』


『そりゃ……そうでしょ』


 ハルルにそんなことを言われても、ユピテルは言葉を出せない。

 カナタが強敵を打ち倒す姿は何度か見ているものの、魔王の一撃は完全に桁違いだ。

 ところがサツキは全く物怖じすることなく、オーカの肩に軽くグーパン・・・・を当て、馴れ馴れしく話しかけた。


「オーカちゃんやるじゃん! やられたと見せかけて、余裕の表情でドカーンッてやる王道展開も見事だよ!」


『じゃろ? 我も一度やってみたくてなっ! ぶっつけ本番で成功するとは、自分で自分を褒めたいぞっ!!』


『なんだかなあ……』


 どうやら先の戦いは、かなり不純な動機でつくられた演出だったらしい。

 そういうのが魔王っぽく思えない要因なんだけどっ!

 と、ツッコミを入れたい気持ちをぐっと抑えながらも、ユピテルは戦いが一段落ついたことに安堵の溜め息を吐いた。

 しかし魔王オーカは再び表情を強張らせると、遥か空の向こうへと目を向けて呟く。


『……来るぞ』


「!」


 直後、空高く血の色で描かれていた天啓を中心に、深淵が世界を覆う!



【System Message】

 OBJ: Greater demon EXTENDED++ (Formatter Lv.255)

 BGM: THE LAST BATTLE.



 空の色が常闇とこやみの大地と同じ漆黒へと変貌し、天高く描かれた魔法陣の中心から青白い光を放つ巨人がゆっくりと降りてきた。

 しかも演奏者の姿が見えないというのに、まるで数百名規模の交響楽団が奏でているかのような曲が空に響いているではないか!

 今この場には居ないものの、きっと妖精フルルがこの様子を見ればこう言うだろう。


『ホント……悪趣味』


 空の上から現れた巨人のことを、ほとんどの民は何も知り得ていない。

 この巨人はかつて世界を管理していた神によって生み出されたモノであり、たった一つの目的・・・・・・・・のために生み出されたということを。

 だが、巨人の背中に白い翼があり、しかも美しい女性の姿をしている様を見たオーカは、その正体を察した。


『そうか、我が祖先が見たのは……あれじゃったか』


 魔王の一族がかつて持っていた未来を視る力。

 オーカの祖先、つまり百数十年前に世界へ宣戦布告した魔王の開祖たる人物が見た【この世界の終わり】が今まさに、眼前へと具現化していた。

 ここで選択を誤れば……もし自分達が負ければ……世界が終わる。


「オーカちゃん」


 自分が不安そうな顔をしていたせいか、サツキが小さな頭を撫でた。

 オーカの胸中には酷く不安が渦巻いている。


 ――だけど、今は信じて行くしかない!


 ――それまで信じてきたことが、自分の選択は正しかったと!!


 魔王の名を持つ幼い少女はマントをひるがえし、声高らかに宣言した。


『我は魔王オーカ! 我が全身全霊をもって、悪を伐つッ!!!』

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