201-神頼み

【地上で戦いが始まった頃】


<光を取り戻した常闇の大地>


 セツナと共に置いてけぼりをくらった俺は、空に浮かぶ四角い光の枠を眺めていた。

 その中には、聖王都で戦う皆の姿が見えている。

 コロンに向けて巨大な光の槍が飛んできたのを見た時は肝が冷えたけれど、どうにかディザイア達が間に合ったようで一安心だ。


『へえ、あの子マジで凄いわ。詠唱ディレイの隙間に別の魔法を圧縮挿入するなんて芸当、よく思いつくわね~』


「……」


 シャロンの姿を眺めながら感心した様子で呟くセツナに対し、俺は適当に相づちを打つ。

 どうやら、勇者パーティがグレーターデーモンの気を散らしながら、シャロンが魔法で吹き飛ばす作戦らしい。

 俺が加勢すれば少しは戦力になるだろうけど……やっぱり、俺の両脚は石のように固まったまま、全く歩みだそうとはしなかった。


『えーっと、その……うーん、人生いろいろ! ガンバ!』


「いや、どんだけ慰めるのヘタクソなんですか」


『だって、男のコが落ち込んでるのを慰めるとか、今まで経験ないんだもん~~』


 この天使ひと、戦う姿はカッコイイのに、根っこがポンコツなんだよなあ。


「とりあえず、俺らも参戦しないとダメだとは思うんだけど、セツナさんは空間転移できますか?」


 戦いの渦中に無理やり身体を放り込めば、ひとまずは動くような気はする。

 しかし俺の提案に対して、セツナは困った様子で頬を掻いた。


『えーっと、私はアレ出来なくて……無理かな~』


「……へ?」


『ココに来た時もディザイアに連れてきてもらったし。頑張って徒歩で帰るしかないわねっ!』


「なんでアンタ残ったの!?!?」


 最悪すぎる……。

 とはいえ、無理に向かったとしても、この状態の俺が果たして戦力として使い物になるかは、正直疑問ではある。

 何より気になるのは、二体のグレーターデーモンが地上に降りた後も未だ沈黙を続ける中央の巨大な魔法陣の存在だ。

 セツナもそれを気にしているのか、チラチラと困った様子で何度もそこへ目を向けているのが分かる。


「あの中央の魔法陣から、もっとマズいのが出てくるんですか?」


『あ~~……うん』


 誤魔化すのも無駄と察したのか、セツナは正直に答えてくれた。


『システムダイアログ……もとい、君達が天啓と呼んでいるアレに出てる名前と、いま暴れてるヤツの名前が違うのよね。そう考えると、あそこに居るのは単なる取り巻きのザコだと思うわ』


「最凶最悪のモンスターが取り巻きのザコって、マジかよ……」


 グレーターデーモンはあらゆる魔法を無効化する魔力防壁を持ち、かつて魔法学園のあるエメラシティをたった一体で壊滅させたという。

 それを二体も従えたうえザコ呼ばわり出来てしまうほどの、とんでもない化け物が待ちかまえている。

 その事実を前に、俺の身体はさらに重さを増してゆく。


『あまり言いたくは無いけれど……ダメかも』


「…………」


 神の使いであるセツナにまでそう言われてしまうと、今さら俺に出来ることなんて、何も――



『何をのんびりしているか、馬鹿者めッ!!』


『ここが……正念場』



「ッ!?」


 唐突な罵声に、頭がぐわんぐわんする。

 指の一本すら動かすのを拒否する身体を無理やり動かし、声の主へと目を向けると……俺のよく知る妖精と、見ず知らずの妖精が近くでふわふわと浮いていた。

 ひとまず、知ってる方……やたら眠そうな目をした無表情のヤツこと、妖精フルルに声をかける。


「なんでここに? サツキとハルルはどうした??」


『姉さん達は……あそこで戦ってる』


 フルルが指差したのは、頭上に浮かぶ聖王都の様子。

 となると、コイツは単独で常闇の世界に来たということか。


「……で、そちらはどなた?」


 フルルの隣には見知らぬ凜々しい顔つきの銀髪妖精さんがひとり。

 しかし俺の質問を聞くや否や、この見知らぬ妖精さんがムッとした顔で睨んできた。

 つーか、どうして睨まれるのか皆目見当がつかないのですけど???

 俺が困惑していた矢先、見知らぬ妖精がとんでもないことを言い出した。


『空から落ちてきたのを助けてやった恩を忘れるとは、薄情な奴だな』


「えっ? …………えええええーっ!?!?」


 今の言葉でようやく目の前に居る妖精の正体がわかった!

 暗黒竜ノワイルとの戦いで上空から落ちた俺は、地上に墜落する直前に風の魔法によって助けられたことがあった。

 確かに銀髪、色白、純白のローブなどなど、特徴は本人と一致しているけど……いかんせん俺の記憶と寸法・・が違いすぎる。


「風の精霊ウィンディー……なのか?」


『うむ』


 かの凜々しい風の精霊は超ミニマムサイズになり、ふわふわと目の前で飛んでいた。

 等身までフルルと同じように幼子のように小さくなっているせいで、口調とのギャップがすごい。


「ていうか、なんで小さくなってんの……?」


『我も不思議ではあるのだがな。先の戦いで水の精霊エレナに討たれ、美しい光に包まれた……かと思いきや、このような姿だからな。まったく、これでは満足に戦うことも出来んぞ』


 ウィンディーがジロリと睨むものの、フルルはどこ吹く風といった様子。

 だけど、わざわざサツキ達と別れて常闇の大地に来たというからには、何か理由があるに違いない。

 こちらの内心を察したのか、フルルは無表情のまま……いや、いつも違う様子で語り始めた。


『今回は地上の民である君達に迷惑をかけて、本当にすまない』


「……口調おかしくね?」


『私は単なるトンネル……偉いひとの操り人形……なんてね』


「いつも通りだな」


 フルルの言っている内容を察したのか、セツナがハッと顔を上げた。


『ま、まさか貴女は……!』


『改めまして。ボクは女神フローライトより、もうちょっとだけ立場が上の者だよ』


 神様より立場が上とか、何がなんだかサッパリだ。

 だけど、セツナといいコイツといい、なんというか……。


「神様ってもっと崇高なイメージあったんだけど、なんか思ったより普通だな」


『ボク達が君達が想像するように完璧な存在であれば、こんなコトにはなってないだろう?』


「確かに……」


 まさか、神様から自虐ネタをぶっ込まれるとは。


『それを踏まえたうえで、キミにお願いがある』


「お願い?」


 自虐ネタの次は、まさか神様が俺にお願いとは……。

 なんとも言えない状況に呆れて苦笑していると、フルルは真剣な表情で言葉を続けた。


『キミの右手で、この世界を救ってほしい』


「……はい?」


『キミの右手に宿した力……【すべてを奪う者】は、この世界を滅ぼす災厄すら奪えるだろう。そして、キミが望めば世界の全てを手に入れることだって出来る』


「…………すべてを手に入れることだって出来る、か」


 神は軽々しく、そんなことを言いやがる。

 俺が欲しいのは、巨万の富でも名誉でもない。

 たった一つ、たった一つなんだ!

 それまで冷え切っていた心が、再び新たな感情で上書きされる。


「俺の望みが叶わないって、アンタなら分かってるだろうがッ!!」


 今も残る、己の両腕の中でエレナが虹色の光とともに消えていった感覚。

 俺は自身の手のひらを見つめて、再びあの時・・・のことが脳裏に浮かぶ。


「なのに! それなのに、今さら世界を救えって、なんで俺に言うんだよッ!! なんでこんな状況になってから言うんだよッ!!! ふざけんなッ!!!」


 自分でも驚くほど声を荒げてしまった。

 なぜか無関係なセツナが落ち着かない様子で目を泳がせているのはさておき、一頻り叫んだ俺は再び脱力して地に伏せた。


「だから、頼むから……もう、放っといてくれ……」


 すると、目の前にやってきたフルルが、俺の手の上へ小さな何か・・をそっと置いた。


「これは…………えっ」


 それは、小さな虹色の宝石が付いたネックレス。

 絶対に見間違えるはずがない。

 俺が二年前に戻る前……聖なる泉でエレナにあげたものだった。


「これはエレナの形見だ~……とか言ったら、本気で怒るぞ」


前の神様・・・・はマジで言いかねないクソ野郎だけど、ボクはそんな悪趣味なことはしないよ』


 フルルは……いや、フルルの向こう側に居るどこかの誰かさんは、自慢げに胸を張って応えた。


『エレナのオブジェクト……いいや、はボクが必ず取り戻してみせる。だからキミは、彼女が帰ってきた時のために、彼女が帰ってくる場所を……世界を守ってくれないか?』


「……ははは」


 なんて単純。

 なんて安直。

 もしかすると、いま言っている話も全て大ウソかもしれない。

 この向こう側にいるヤツこそが、すべての元凶かもしれない。


 ――けれど岩のように重かった全身は、今や驚くほど軽くなっていた。


「ったく、最初からそう言えよ」


 俺はぶっきらぼうに言いつつエレナのネックレスを汚さないよう荷物袋に入れると、眠そうな表情でフワフワと浮いている妖精へと言葉を告げた。


「そんじゃ、いっちょ頑張りましょうかね!」

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