200-ありがとう少年

「くっ!!」


 天啓に書かれた「ターゲットを排除」の意味を、理解できる者はほとんど居ない。

 ……地上で必死に詠唱しているシャロンただ一人を除いて。

 空の遥か遠くでギラリと鋭く輝く何か・・が、真っ直ぐにひとりの少女へと――


「させるわけないでしょうがッ!!!」


 シャロンは妹の頭を掴んで思いっきり地面に突っ伏させると、合計二百五十六文字から成り立つ防御魔法を発動させた。


「ファイア・ウォール!!」


 複雑怪奇な立方体をいくつも連結したような光の壁が地面から噴き上がり、シャロンの眼前へ展開。

 直後、巨大な光の槍が壁に突き刺さった!


「ひえっ……」


 それまで自分の立っていた場所に突き立った殺意の塊を見て、コロンが小さく悲鳴を上げた。

 盾に向けて両手をかざすシャロンの額には、冷や汗が浮かんでいる。


「……ッ!」


 シャロンが声にならない声を上げたタイミングで、ピシリと砕けるような音が響いた。

 その音が何度も繰り返されるにつれて、魔法の壁に亀裂が入り始める。


「早く逃げなさい!!」


「で、でもお姉ちゃんが……!」


「さっさと行けっつってんでしょうがッ!!!」


 悲鳴にも似た声で罵声を上げたシャロンの姿を見て察したのか、信者達は慌てながらもコロンを抱きかかえてその場を離れ、それに追従して多くの民衆達も大慌てで逃げ出した。

 ほっと安堵したい気持ちではあるものの、少しでも気を緩めた途端に巨大な光の槍が地面に墜ちるであろう。

 果たしてこれがどれほどの威力なのか、彼女にも全く想像がつかない。


「……ふぅ」


 そろそろ、防御魔法の耐久限界が来る。

 妹が泣き叫ぶ声が、かなり遠くから聞こえるようになった。


「そろそろ大丈夫かしら」


 妹の無事を祈りながら、シャロンが魔力の供給を止めようとしたその時――



『嬢ちゃん、お疲れさん』



「!?」


 すぐ近くに光の門が出現するや否や、そこから五人組が現れた。

 そのうち四人は見覚えがあり、リーダー格の男はかつて自身をパーティメンバーとして勧誘した勇者カネミツだ。

 それよりも気になったのが、先ほどシャロンに声をかけてきた男。

 白銀の鎧姿に白い翼……その姿は紛れもなく、この世界の伝承として残る【天使】のそれであった。

 男は自分の背丈ほどもある巨大な剣を振り上げて、それを光の槍へと全力で叩き込んだ!


『消えちまえクソったれがッ!!』


 天使と言うにはあまりにも粗野な言葉使いではあるものの、その声と同時に槍は虹色の光を放ちながら宙へと消えてゆく……。

 シャロン渾身の防御魔法ですら防ぎきれなかった光の槍を、あっさりと破壊する時点で、彼の実力は本物であろう。


「あ、ありがとう」


『礼には及ばねえよ。それに、本番・・はこれからだからな』


 そう言って見上げた遥か上空から、ゆっくりとグレーターデーモンが飛来してくるのが見えた。

 コロンの放った無効化スキルによって魔法防壁を完全に破壊したとはいえ、曲がりなりにもこの世界における最強モンスター。

 しかもそれを二体同時を相手にしろというのだから、無茶にも程がある。

 ところが、男はシャロンの実力を知っているのか、意外な言葉を口にした。


『嬢ちゃんはアレを倒す自信はあるかい?』


「…………」


 思わずシャロンは言葉に詰まる。

 数ヶ月前に一体だけであれば、自らが唱えたダークネス・フレアによって倒したことはあった。

 けれど、二体も倒すなんて……と、シャロンが自信なく俯きそうになったその時――


「いけるいけるっ! シャロンちゃんなら余裕でしょ!!」


「!?!?」


 唐突に脳天気なコトを言い出した空気読めない小娘、もといサツキの言葉に思わずコケそうになる。


「だって、そのために魔法学園に行ったじゃん! アレ・・も手に入れたし、ぶっちゃけシャロンちゃんって世界サイキョーじゃん!!」


「う~~ん……」


 シャロンの頭に様々な考えが過る。

 確かにサツキの言うとおり奥の手・・・はあるし、計算上は魔力もギリギリ足りる……はず。

 問題なのは、自分がそのような大役を任されて良いのかということ。

 シャロンが困惑している最中、勇者カネミツが口を開いた。


「つまり、君が上空のヤツを倒せる魔法が使えるから、それまで時間稼ぎをすれば良いってことかな?」


「!」


 あまりの察しの良さに、シャロンは驚いた様子で目を見開く。

 その様子に、カネミツはくすくすと笑う。


「気遣い無用だよ。この一件、僕らが主役じゃない・・・・・・ってのは理解してるからね」


「……」


「だけど、勇者というのは平和な世界を実現するために戦うからこそ勇者なんだ。そのために僕が皆に称えられる必要なんて、どこにも無いのさ」


「……ありがとう」


 カネミツが魔法学園で勧誘した時、シャロンはずっと感情を見せぬまま淡々とした様子であった。

 そんな彼女が少し微笑む姿に、勇者カネミツは満足そうに笑う。


「これから私が使う魔法の詠唱は、とにかくバカみたいに時間がかかるわ。その間ずっと無防備になるし、少しでも途切れたら一発でおしまいよ」


「わかった。それじゃシズハはここから注意を背けるために離れた場所から射程距離の長い魔法を、僕達はヤツらが降りてきたところを応戦しよう」


 勇者達が役割分担をする様子を見て、背中に翼をもつ男……自称・闇のディザイアがウンウンと満足げにうなずく。


『俺が空中から攻撃すれば、多少は意識を逸らせるかな。セツナのヤツが来れば、もっとダメージを与えられるんだが……』


「えっ、おにーさんってセツナさんの知り合いなの!?」


 驚きに声を上げるサツキを見て、隣のユピテルがぐったりと脱力する。


『何言ってるのさ。このひと【闇のディザイア】でしょ』


「えっ、誰それ……?」


『いやいや、前にジェダイト帝国で空から魔物がバーッて来た時に居たじゃん! あの時はカッコイイ鎧・・・・・・を着てたから分からないかもだけど』


『ッ!?』


「ん~~???」


 完全に意識の彼方に消え去ってしまったのか、サツキは首を傾げるばかり。

 フードの中でハルルも『そんなのが居たような……?』と首を傾げているではないか。

 ユピテルは溜め息を吐くと、改めてディザイアに目を向けた。


『ふたりが失礼なコト言ってゴメンよ。さっき助けてくれたってことは、今回はセツナさんと同じで、オイラ達の味方ってことで良いんだよね?』


『……』


 ディザイアは無言でユピテルに近づくと、ガシッと両肩に手を置いた。


『ありがとう少年』


『えっ、なんでオイラお礼言われたの!?!?』


『……なんだか、すげーやる気出てきたわ』


『???』


 散々、中二病っぽいだのイタいだの名前を覚えられないだのと言われ続けた彼にとって、ユピテルの存在はまさに天使であった。

 ……とまあ、唐突なやり取りにシャロン達は苦笑しつつも、改めて戦いに向けて声を上げる。


「さあ、いっちょやってやりますか!!」

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