199-その頃、聖王都では

【同時刻】


<聖王都プラテナ 中央広場>


「あれは何だ……?」


 ざわめく民衆の頭上には巨大な天啓が浮かんでいた。

 これまで【神の軌跡】として数多くの神託を見てきたプラテナの民ではあるが、そこに描かれている言葉は神託とは言いがたいシロモノであった。



【Generating .. Greater demon EXTENDED++ (Formatter Lv.255)】

 愚民共よ、死ぬがよい。



 文面が完全に悪役のそれである。

 それを見た聖王都中央教会の関係者達も皆、頭を抱えるばかり。


「神は御乱心か!」


「いいや、あれは悪魔の罠に違いない!」


「…………」


 慌てふためく聖職者達を見つめながら、難しい顔で考え込む少女が一人。

 彼女の名はコロン。

 かつて、双子の姉シャロンとともにグレーターデーモンを倒した英雄の一人であり、聖王都中央教会において歴史上最年少の大司祭でもある。


「皆さん、落ち着いてください。かつての災厄では、神のお力添えにより悪魔を打ち払うことが出来たのです。今再び、皆で危機へと立ち向かう時でしょう!」


「おお、さすがコロン殿……」


 少女の凛とした姿は、不安にかられた皆の心に小さな勇気を与えた。

 しかし、その内心はと言うと――


「おねえちゃん助けてぇぇ~~!」


 とまあ、このように年相応なのであった。

 しかし、今更「やっぱり怖いからやめません?」とは言い出せないわけで。

 ローブの下で小さな体をガタガタと震わせながら、教会の外へと出て行く。

 陰鬱な顔で空を見上げると、気づけば三つの魔法陣からビカビカと雷光がほとばしっているのが目に入った。


「こっわ……」


「ん? 何か言いましたかな」


「あ、いいえ……」


 ようやく悪魔と戦う覚悟は出来たものの、やはり幼心に雷は怖いもので。

 しかも、ゴゴゴゴ……と轟音を上げながら魔法陣の二つから巨大な脚が生えてきているではないか。

 あまりにも異様な光景に再び恐怖心がぶり返しそうになったその時、予想外の人物がコロン達の前に現れた。


「コロンちゃん、やっほーっ!!」


「えっ!?」


 街中がパニックに陥っているにも関わらず、やたら脳天気な呼び声が教会前の広場に響く。

 ニコニコ笑顔で手を振っている声の主は、かつてのグレーターデーモン騒ぎを解決した立役者であるシーフのカナタ……ではなく、彼の妹のサツキであった。

 さらに向こうからトトトと小さな靴音を立て、コロンとそっくりな容姿の少女が駆け寄ってきた。


「あああああ……!!」


 その姿を見た瞬間それまでの緊張の糸がプッツリと切れ、コロンはわんわんと泣き出した。


「おねえぢゃあ゛あ゛あ゛ん゛ん゛ん゛~~~~ッ!!!」


「なんでいきなり大泣き!?」


 涙やら鼻水やらでめちゃくちゃになった妹に飛びつかれ、双子の姉シャロンは困惑しながらも小さな頭を撫でる。

 少し落ち着いたのか、コロンは涙目を拭いながら疑問を口にした。


「お姉ちゃん、魔法学園に帰ったのに。なんで、帰ってきてくれたの、嬉しいけど」


 日頃、教会で毅然たる語り口をしている姿とは似ても似つかぬ、完全に泣きべそたれの子供のそれであるが、シャロンは苦笑しつつ理由を伝えた。


「ホントは帰ってくる予定じゃなかったんだけどね。お偉いさんにお願いされたとなっちゃ、うちの学園長も二つ返事で承諾するしかないわよねぇ」


 そう言いながらシャロンが目を向けた先にいたのは、プラテナ国の王女プリシアと、闇の世界の魔王オーカ。

 大国の王族ペアの姿に、コロンは大慌てて姉の胸元から飛び退くと、両名にペコペコと頭を下げた。


「もっ、ももももも申し訳ありません!」


「いえいえ。仲良し姉妹、水入らずでどうぞ~」


『うむ、気にするでないぞ』


 気にするなと言われても……と心の中で呟きつつ、どうにか気を取り直してコロンは問いかける。


「……お二人は、空の魔法陣についてご存知なのですか?」


 魔法学園に向かったはずの姉がトンボ返りで聖王都へ戻ってきたうえ、王女プリシアや魔王オーカと共に中央教会へと現れたのだから、間違いなく理由あってのことだろう。

 ところがコロンの考えに反し、プリシアは少しだけ困った様子で首を横に振った。


「実のところ我々が知っているのは、大いなる闇が世界を覆おうとしているということだけ。それも、キャシーさんのアレ・・で知ったもので」


 シャロンの後輩キャシーは、未来を視る能力を持っている。

 ただ、それを知っているのはごく限られた人物に限られているうえ、神託や神聖術といった神の奇跡を崇拝している教会関係者達の前で詳細を口にするわけにはいくまい。

 キャシーのそれは紛れもなく、神の奇跡とは相反する禁忌・・なのだから。


『どちらにせよ、我らを愚民呼ばわりしたうえ死ぬがよいとまで言っておる。何も手出しをしてこないわけは無かろう』


 オーカはそう言うと、右手に魔力を溜めて空へ向けた。


『ダークネス・アロー!』


 漆黒の矢はグングンと真っ直ぐに空を切り裂き――手前でフッと消失した。


『むむ……あの消え方は、我が城の周りをうろついている巨人どもの魔力防壁と同じじゃな。なかなかに厄介じゃぞ』


「それなら、コロン様が対処できるのではありませんか?」


「はっ、はい!」


 プリシアに言われ、コロンは数ヶ月ぶりにその神聖術を唱え始めた。

 かつてドラゴン達の暮らす東の森にグレーターデーモンが召喚された際に、神からコロンに与えられた奇跡の力【天使の息吹イニシャライジング】。

 この力があればグレーターデーモンの魔力防壁を打ち破ることが出来るし、そうなれば姉シャロンの攻撃魔法で倒すことが可能となる。

 それに、この奇跡を授かった時、彼女は神の声を聴いたのだ。



 ――さあ、可愛い我が子供達よ。新たな一歩を踏み出しなさい。



「私は信じています」


 コロンは心の中でそう呟きながら、親愛なる神へ祈りを捧げてゆく。

 少女の周囲に聖なる力が満ちあふれる様子に、教会関係者のほか周囲の民衆達もざわめく。


「なんと素晴らしい!」


「さすが聖女様!」


 人々はコロンが再び奇跡を起こすことを期待して、感嘆の声を漏らす。

 しかし、その中でただ一人、姉シャロンだけが酷い胸騒ぎに襲われていた。


「どうして……?」


 理由が全くわからない。

 それでも、シャロンは杖を構えて詠唱を始めた。

 彼女自身は攻撃魔法に完全特化した戦闘職タイプではあるものの、いま唱えているのは彼女が唯一習得した防御魔法・・・・である。

 わからない、わからない、わからない。

 ただただ困惑しながらも言葉を紡いでゆく。

 しかし、この選択が人々の……いや、世界の運命すら左右することとなる。


「行きます!」


 コロンの準備が終わり、上空の魔法陣に向けて小さな両手を伸ばした。

 その間もシャロンの胸騒ぎはますます酷くなり、自身の心臓の音がうるさくてたまらない。


「イニシャライジングッ!!!」


 一足早く、コロンの神聖術が上空のモンスタージェネレーターへと放たれた!

 横目で真っ直ぐに空を見上げる妹を凝視しながらも、残り百二十八文字のワードを必死に暗唱してゆく。


「なんで、いちいち言葉を読み上げなければならないの! ホント魔法って不便!!」


 シャロンが心の中で嘆いている最中も、グングンと【天使の息吹】は空へと登ってゆく。

 そして、既に胴体の中央まで出現した二体のグレーターデーモンへとそれが直撃するや否や、三つの魔法陣を取り囲んでいた魔法結界が虹色の光を放ちながら崩壊した。


「おお……!」


「やったか!?」


 大司祭コロンの【神の奇跡】を目の当たりにした民衆から、大きな歓声が上がる。

 無事に自らの役目を終えたコロン本人も、ほっと胸をなで下ろした。


 ……だが!


 それまで空に描かれていた天啓までもが崩れ落ち、まるで血のように真っ赤な文字で新たな天啓が現れた。

 そこに書かれていた言葉は――



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