180-魔王の本音

◇◇



【聖王歴129年 青の月17日】


<聖王都 南部観光街 ケーキショップ・アップルシード>


 そんなこんなでチビッコ魔王様の食い倒れ観光……もとい、世界最大国家プラテナ国の城下町たる聖王都の視察に付き合うことになったわけである。

 ちなみにプリシア姫も同伴を強く切望していたものの、一月以上も異国で大冒険を満喫したツケはあまりにも大きかったのか、溜まりに溜まった公務で火の車らしく本日は欠席です。


 ってなわけで……


『む、この店のアップルケーキは絶品じゃのう! こんな美味いのを食ったのは初めてじゃ!! 我の国のリンゴは砂っぽくてのぅ』


「おー、ついに三件目で最高点きたー!」


 今日一日、俺とエレナが保護者代表として、ぎゃあぎゃあ騒ぐ小娘達を引率しているわけだ。

 ちなみにこの魔王様、小さな身体のドコに入るのかと言うくらい、めっちゃよく食うよ!!


『やはり健全な食生活と休息は大切じゃのぅ。父上の没後は息つく間も無かったし、我が国に戻った後は、家臣達にもいとまを与えねばなるまい』


「すごくホワイトで……いいね」


 何故かフルルが満足そうにウンウンと頷く。

 だけど、ホワイトってなんだろう???


「ちなみにこの店、レーズンアイスもチョー美味しいよー」


『そこの店員! レーズンアイスを持ってくるがよい!!』


「あ、あたしのもいっこ追加で~」


 なんだかなあ……。


『もぐもぐ……うーん、もぐもぐ……うーん』


 一方で、相変わらずエレナは難しい顔をしたまま。

 厳密に言うと、難しい顔のままで山盛りのアイスをもぐもぐしている。


「昨日言ってた、記憶の片隅に引っかかる~ってやつ?」


『はい……。何かとても大切なことを忘れてる気がして。うーん……もぐもぐ』


「なるほどなー。……だけど、食べるか悩むかどっちかにしたほうがいいと思うよ」


 結果、指摘を受けて赤面しつつも、食べる方を優先するのであった。

 それからしばらくして、先ほど小娘二人サツキとオーカが注文したレーズンアイスが到着。

 ちょっと小洒落こじゃれた器に丸く盛られ、薄茶色の蜜らしきものがかかっている。

 偉そうにも食にうるさいサツキがチョー美味いというだけあって、見た目的にもなかなかのものだ。


『ほほう、これは何とも香しい。上にかかっておるのは洋酒じゃな』


「うんうん。レーズンとの相性もバッチリなんだよね~」


 そう言ってサツキがスプーンで一口目を運び、幸せそうに身体をくねらせる。

 ……俺も注文しようかなあ。


『むむっ、これはなかなか……いただきます』


 オーカは両手をあわせる不思議なポーズをしてからアイスを一口。

 そして――


ガンッ!


 顔からテーブルに突っ伏した。


「ちょっ、オーカちゃんっ!?」


『……ふにゃ~』


 慌ててサツキがオーカを抱き起こすと、真っ赤な顔で目がぐるぐる。

 これはまさか……


「オーカちゃん酔い潰れてるよ!!」


「洋酒のかかったレーズンアイスを一口でか!?」


 魔王様よっわ!!

 酔っ払い代表のセツナも大概だったが、まさかの魔王がぶっ倒れるほど酒に弱いとは……。


『こういうのは体質……飲めない人に無理強いは駄目』


『フルルは何言ってるっすか???』


『ナイショ』


 双子妖精が何やらあれこれ言っているけれど、今はそれどころじゃない!

 相手は魔王とはいえ今は協力関係にあり、プラテナ国にとっても他国の王であり国賓でもある。

 それが「飯を食いに行った先で酔っ払ってぶっ倒れた」とか、一体どう説明すりゃいいんだよ!?


「おいっ、しっかりしろ! 大丈夫かっ!」


 俺がオーカの顔を優しくぺちぺちしつつ呼びかけて……うわあっ!?


『パパぁ……』


 いきなり両腕で抱きつかれて、耳元でささやかれた。

 うおおおお何か新しい世界に目覚めてしまいそうだッ!!


『こほんっ』


「ぬあああっ!」


 エレナのわざとらしい咳払いで正気に戻った俺は、慌ててオーカを引き離す。

 すると、彼女の目から涙が一粒こぼれた。


「え……」


『パパ……私もう疲れたよぅ。つらいよぅ……』


「!」


 突然の言葉に思わず息を飲む。

 しかしオーカの目は閉じたままで、恐らく泥酔に近い状況のようだ。


「パパって……先代魔王のことかな」


『なんか口調もいつもと違うくない?』


 サツキとユピテルが目を白黒させている中、オーカは再び口を開いた。


『私は強い魔法も使えない。未来を視る力もない。なんにもない。ないない……ない』


「……」


『だけど、私がやらなきゃ……みんな死んじゃう。だから頑張るよ……だから、だから……』


「大丈夫……か?」


 思わず心配になって声をかけたが、オーカは俯いたまま。


『大丈夫じゃない……。だけど、私がやらないと……。私が世界を、パパの想いも、支えてくれる皆がいるから! 私が頑張らないと、みんな死んじゃうから……! みんな死んじゃうなんてイヤ……やだやだやだーーっ!!』 


 最後は半ば悲鳴にも近い声で嗚咽を漏らし……ぱたんと再びテーブルに突っ伏した。


『ぐー……ぐー……』


「オーカちゃん、寝ちゃった。だけど、プレッシャーとストレスでギリギリだよね、これ……」


『だって、まだ十一歳って言ってたじゃん。シャロンっても大概だったけど、この子は自分トコの民どころか、この世界の行く末まで全て背負っちゃってるし、我慢できるほうがおかしいって!』


 ユピテルの言うとおり、オーカは祖先や先代魔王の遺した使命を果たすべく、これまで力を尽くしてきたのだろう。

 そして、既に幼い心で耐えるには限界を超えている……。


 ここで見て見ぬ振りなんて、出来るわけがない。


『なんだか、カナタさんが久しぶりにカッコイイ顔してますっ! あ、普段からカッコイイですけどっ』


「……ははは」


「ってことは、オーカちゃんを助けるアイデアが思いついたの?」


「だったら良いんだけどな。正直、どうやって神様相手に戦うか見当も付かないってのが本音だよ。今までみたいにこの先に何が起こるか・・・・・・・・・・が分かれば――」


『あああああああーーーーーーーっ!!!』


「!?!?!?」


 俺が話してる途中にいきなりエレナが大声を上げた。


「ちょっ、エレナさん! いきなり店内で大声はマナーがまずいよっ」


「お前がマナーとか言っちゃうのかよ」


 俺とサツキが焦っている中、エレナはもっとアワアワした顔で手をブンブンと振りながら、俺のバッグから日記帳を取り出した。

 それは見慣れた【勇者パーティとの記録】ではなく、真新しい【今回の旅の日記】。


『ずっと気になってたコトがやっとわかったんですよ!!』


「へ?」


『わかる人ならいるじゃないですか! オーカさんの魔力強化アイテムもあるじゃないですかっ! これで見ちゃえばいいんですよっ!!!』


 エレナはそう言って、新たな旅に出て間もない頃に書いた一文を指差した。

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