179-魔王の選択

◇◇


『なるほどな』


 俺がハジメ村で盗賊団にバッタリ遭遇して袋叩きにされた「始まりの日」から、青の月十六日に魔物がサイハテの街を襲撃し、聖なる泉でエレナを救出するまでの【かつて見た世界】での一連の経緯を、日記を交えつつすべて伝えた。

 以前にプリシア姫やピートには多少は説明していたし、セツナを経由してオーカにもある程度の情報は伝わっていたようだけれど、ここまで洗いざらい白状したのは初めてである。


「プリシアは知っていたのか?」


 兄であるライナス殿下に問われたプリシア姫は、少しだけ不満げに首を横に振る。


「知っていれば、私が城に留まっているはずがないでしょう! ピートを引きずってでもカナタ様について行くに決まってます!! 絶対にッ!!!」


『なんでボクまで巻き込まれるのさ……』 


「サツキちゃんも、教えてくれないのズルいじゃないですかッ!!」


「え~、個人情報は無許可で開示しちゃダメだと思うー」


 サツキは一体なにを言っているんだ……。

 というか、あまりに傍若無人すぎるプリシア姫の言葉に、ライナス殿下はグッタリしている。


「……カナタよ、心遣い感謝する」


「アッハイ……」


 プリシア姫が暴走するリスクを踏まえて伏せていたと察してくれた殿下から、労いの言葉を頂きました。

 お互い、困った妹に振り回される兄として、少しだけ心の距離が近づいた気がする。


「だが、サイハテの街が襲撃を受けるまでの猶予はあと一年弱。何らかの対策が必要だろう」


「そう……ですね」


 殿下の目線の先にあったのは、机上の紙束に最終ページに記された日付……来年の青の月十五日。

 その日、聖なる泉でエレナにネックレスをプレゼントした俺は――



「女の子に贈り物なんて人生初だよ! 泣くほど喜んでくれるなんて、これもしかして結構イイ感じなんじゃね!?!?」



 ……ってな具合に、内心めっちゃ盛り上がりながら眠りに就いたのだが、その直後にサイハテの街は魔物達の襲撃を受けたわけである。

 と、一連の話を聞いていたサツキが、ハイハーイと挙手してきた。


「もしオーカちゃんがサイハテの街を制圧したいと思ったら、モンスターの群れを突撃させたりする?」


『ディザイアじゃあるまいし、そんな無意味なことをするわけがない。我やクラウディアであれば、もっと上手くやるに決まっておろう』


 さらりとディスられたディザイアが哀れ……。

 だけど、これまでずっとサイハテの街や聖なる泉を襲ったのは【魔王の放ったモンスターの群れ】だとばかり思っていたのが、かつて見た世界におけるオーカが同じ考えだとすれば、襲撃を主導したのが魔王ではない可能性が高い。


『どちらにせよ魔物が暴れて街が襲撃されるほどの騒乱が起こるとなれば、こちらの世界も無事で済まぬであろう。我が祖先の視た世界の終わり・・・・・・がそれである可能性も否定はできぬ』


「だけどドワーフの街で巨人召喚の石板は破壊したし、他の国でも似たような状況ってセツナさんが言ってたけど……」


『巨人が現れずとも、全ての元凶……神が襲来してきたらどうする? 根本的な問題が解決できておらんぞ』


「あー」



 ――今から一年後に世界を滅ぼすほどの脅威が襲ってくる。


 ――しかもその正体が【この世界の神】かもしれない。



 いやはや、まったくもってメチャクチャすぎてちっとも実感がない。

 しかも俺なんて、これまで神様に何度もケンカを売りまくっちゃってるし。


『……』


 ふとエレナへと視線を向けると、彼女は目をつぶったまま、じっと何か考え事をしていた。


「何か気になることでもあった?」


『えっ、いや、何かが記憶の片隅に引っかかるのですけど……。それが何なのかまではハッキリわからなくて、う~~ん……』


 エレナにしては珍しく考えがまとまらない様子だけれど、しばらくしてオーカがバッと立ち上がった。


『我はそろそろ国へ帰るぞ。先の話を聞いて、我もやるべきことを考えついたのでな』


「オーカちゃん、やるべきことって何?」


『ククク……。魔王たるもの、全ての手の内を明かすわけにはいかぬぞ』


 だが俺達は知っている。

 サツキの誘導尋問に乗せられて、ありとあらゆる個人情報を自分でベラベラと明らかにしてしまったことを。

 そんなオーカの言葉に、サツキは残念そうに肩を落とす。


「でも、聖王都ってオーカちゃんの好きなリンゴのケーキの専門店だけで三つ、さらには観光エリアにいたってはフルーツメガ盛りタワーパフェのお店もあるんだよね~」


『なぬっ!!』


 驚きの声を上げるオーカに対し、フッと生意気げに笑ったサツキは、そっと少女の手に一冊の本を手渡した。

 表紙に書かれているタイトルは……



【聖王都くいだおれマップ スイーツ天国編】



『なん……だと……』


「ふふふ」


 怪しげに笑うサツキをチラリ見たオーカは、ギリリと奥歯を噛みしめると、本を丸めて剣のように天へと突き上げた。


『帰るのは三日後じゃ! 愚民共の都を三日で制圧してくれるっ!!』


「おー」


「おー、じゃないよ!?」


 こうして、ホイホイと我が妹の手のひらで踊らされてしまった魔王様による、聖王都征服すいーつてんごくが始まった!


「って、そんなことやってる場合じゃなくね!?」


「いいじゃんいいじゃん、もうそろそろシリアス展開に飽きてきたし」


「言い方ーーーっ!!!」

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