178-歴史観

 魔王から直々に史実を聞かされたものの、当のライナス殿下はあまり納得できていない様子だった。


「それで闇の女王は自身を魔王と名乗り、世界に宣戦布告、か。……もしや、助けた魔女から渡されたのは呪いの首飾りで、貴様の祖先が騙されただけではないのか?」


『正直なところ、我もそれは否定しきれぬ』


 そう言いながらも、オーカは無表情のまま祖先の記録の続きを読み上げた。


『真なる悪を打ち倒すべく宣戦布告する否や、この世界の全ての空へ巨大な神託が現れた……とある』


「!?」


『神託の内容は至って単純。世界の平穏を乱す闇の世界の魔王を、全て種族で力をあわせて打ち倒せ! ……とな。結果、闇と光との長きに渡る戦いが始まったわけじゃな』


「なんということだ……」


 ライナス殿下が愕然とした様子でうなだれた。


『魔女の出現と提言。神による我ら魔族の殲滅せんめつ要求。そして我が祖先の能力によって予言した世界の終わり……。そこに隠された目的や真意なんぞ知る由も無かろう。我らに出来ることは、迫り来る脅威を蹴散らし、自らの力で未来を掴み取ることだけぞ!!』


 力強く宣言したオーカは、少しだけ疲れた様子で溜め息を吐きつつ、窓の外に広がる聖王都の街並みへと目をやる。

 その表情はとても優しいもので、世界を滅ぼす魔王というよりも、まるで幼子を見守る母のよう。

 ところが、二人の会話を聞いていたサツキはキョトンと首を傾げながら、俺に話しかけてきた。


「ねーねー、おにーちゃん。お母さんの持ってた本には、平和だった世界に闇の魔王が襲ってきた~、みたいなコト書いてなかったっけ? だけどオーカちゃんの話じゃ、もともと世界中で戦争してた~って言ってるし、なんだか話が違うくない???」


「確かにな」


 サツキの言うとおり、俺達が学んだ歴史とオーカの話とではかなり違いがある。

 兄妹の話を聞いて、ユピテルも挙手してきた。


『オイラの村の言い伝えもちょっと違ってるよっ。魔王の放ったイフリートに森を焼かれて故郷を失って、ようやく戻ってきて村を再興しようとした矢先に人間とケンカし始めた~って話だったし。その前から争ってたなんて、聞いたこともない』


 ユピテルは聖王都近くのエルフ村の出身だけども、そちらもそちらで俺達とは異なる歴史観があるらしい。

 そんなこんなで我ら平民があれやこれやとボヤいていると、オーカはクククと再び悪党っぽく笑った。


『そんなもん、時の権力者が都合良くでっち上げたに決まっておろう。我らを絶対的な悪として仕立てて共通の敵にしておかねば、また争い事を起こしかねんからな』


「魔王が言うと説得力がヤバいな……」


 ズバズバとオーカに言われてしまい、現在進行形で我が国の権力者たるライナス殿下やプリシア姫が、ばつが悪そうに頭を抱えているのが何とも印象的だ。

 おそらくオーカの言ったことは事実で、王族達にとっては周知の事実だったのだろう。


『そして、我らが絶対悪として世に君臨してから百有余年。お前達は我らと対等に戦うほどの力を得て、もう十分に強くなった。特に近年は凄まじい成長ぶりじゃのー』


「……確かにな」


 ライナス殿下はそう答えながら俺達へと目を向け……唐突に笑い出した。


「というより、カナタ達がおかしいだけだろう?」


『うむ』


「???」


 俺とエレナが首を傾げていると、ライナス殿下は懐からいくつかの封書を取り出してテーブルへ置いた。

 いずれも上質な紙が使われており、差出人は……


「南のジェダイト、西のフロスト、さらに東方の国ヤズマト……。ここに置いた親書はいずれもそれらの国の王族から届いたものだ。しかも驚くことに、いずれも共通して、同じ内容が書かれていたぞ」


「同じ内容……?」


「……突如現れたプラテナ国の冒険者によって、未曾有みぞうの危機から救われた、とな」


「!」


 驚きに目を見開く俺を見て殿下は鼻で笑い飛ばしつつ、さらに言葉を続ける。


「しかも対立関係にあるジェダイト国に至っては、ライカ王子自ら直筆で寄越す始末だ。その内容は親書というよりも、まるで恋文のごとく敬愛の言葉だらけでな。親愛なるカナタ先生・・、カナタ先生~とな。……本当、お前達兄妹きょうだいはまったく節操なしにもほどがある」


「!?!?!?」


 まさかのサツキと同類呼ばわりを受けて俺が困惑していると、当のサツキがニヤニヤ笑いながら、俺の肩をべしべし叩いてきた。


「すごいねー、ライカちゃんから熱いラブレターもらっちゃうなんてね~。ひゅーひゅー……いてっ」


 茶化してくるサツキに一発チョップを入れておく。


『それどころか、こやつらは巨人を呼び出す魔石を全て無力化したうえ、我が直属の配下たる四天王のうち二名を易々と倒しおった。しかも、セツナに至っては不意打ちで後ろから一撃くらわせたと聞いておるし。その状況から協力関係となって、巨人召喚コアを破壊するなんぞ、まったくデタラメにも程があるぞ』


「セツナさんはどちらかというと利害が一致しただけというか、あのひとが勝手に酔っ払って勝手に倒されただけというか……」


 と、俺がぼやいた瞬間にオーカが邪悪な笑みを浮かべた。


『ほう、利害とな。お主とセツナとで、どんな利と害があったのじゃ? 詳しく言ってみるがよい』


「うっ!」


 気づけば外堀を埋められていた。

 王族二人に迫られている理由はつまり……。


『我がこれだけ手の内を明かしたのじゃから、お主達も洗いざらい吐くのが道理というものであろう?』


「あーー……」


 オーカにキッパリと言われてしまって、俺は頭を抱えるしかない。

 ふとエレナに目を向けると、苦笑しながら『仕方ないですねぇ~』みたいな顔をしていて、なんとも情けないやら。


「分かった。俺の知ってる情報も出すよ……」

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