177-魔王は語る、全ての始まりを

【聖王歴129年 青の月16日】


<聖王都 プラテナ城 ライナスの自室>


「プリシアが城を出てから約一月、未だ帰らず……か」


 ライナスは最愛の妹の身を案じながら、深い溜め息を吐いた。

 実はカナタ達に気づかれないよう、南方の集落へと密使を送っていたのだが、返ってきた報告は驚くべきものだった。


「洞窟最深部で鎮座していた魔物が姿を消した結果、向こう側へと行けるようになり、プリシア達はそのまま進行。そして、抜けた先には闇の世界があった……か」


 もしも事前にカナタから【事実】を知らされていなければ、きっと冷静では居られなかっただろう。

 名も無き集落の、それも荒くれ者達が金稼ぎ目的で探索するような洞窟の向こうに、魔王の支配する闇の世界があるという事実を……。


「しかし、こういう時に限って勇者達も戻らぬとは、間が悪いものだ」


 プラテナ国において公式に勇者と名乗ることが許されているのは、勇者カネミツただ一人。

 普段ならば定期的に帰国しているのだが、ここ二月ほど戻ってきていなかった。

 家臣の報告によると、西の港町アクアリアで小型の魔法船をチャーターし、北の海へと向かって行ったらしい。


「戻り次第、彼らにも闇の世界を探索してもらわねば――」


 と、ライナスが独り言をぼそりと呟いたその時、戸を叩く音が部屋に響いた。


「何事だ?」


「プリシア様およびに勇者カネミツ様がお戻りになられました!」


「おお、そうかっ!!」


 勇者も戻ってくるとは何と好都合!

 それ以上に、妹が無事に戻って来たことがとても喜ばしい。


「あっ、ライナス様っ!」


 ライナスは喜びの感情を隠そうともせず、駆け出したい気持ちだけは抑えつつ、早足で部屋を出て行った。

 報告に来た兵士が何かを言おうとしていたようだが、はやる気持ちを抑えきれないライナスは真っ直ぐに広間へと向かってゆく。


「プリシアッ!!」



~~



「っ!?」


 ライナス殿下がいきなり大声を出すものだから、プリシア姫は驚いてビクッと身を震わせた。

 椅子から立ち上がり、少し不機嫌そうに兄へと歩み寄る。


「ちょっと、お兄様! いきなり叫んむぎゅっ!?」


 プリシア姫が文句を言い終わるよりも先に、妹の小さな身体を抱きしめたまま、ライナス殿下はおいおいと泣き出してしまった。


「無事に戻って来てくれて……ありがとう。本当に、本当に良かった……」


「ちょっと! 大げさ過ぎません!?」


「大げさなことあるものかッ! どれだけ心配したかと……うおおおーーーん!!」


 人目もはばからず大泣きする兄に対して怒る気も失せたのか、プリシア姫は呆れ顔でため息をひとつ。


「ま、妹想いの兄でええやんな」


『なんとも涙もろいヤツじゃのー』


 そんな兄妹を眺めながら、俺の隣のちびっこ二人がからからと笑う。

 ちなみに勇者カネミツ達は国王へ報告のため退室しており、召喚獣レヴィアやピート達は城の外でお休み中である。

 まあ、レヴィアが街を歩くだけでも騒然となったのに、城内を闊歩しようものなら大騒ぎになっちゃうからね……。


「……む?」


 ようやく俺達の存在に気づいたライナス殿下は、少し気恥ずかしそうに咳払いをしつつ、二人の少女を見て首を傾げた。


「その子達は例の集落の住民か。どうして連れてきた?」


『お主と会うのは二度目じゃぞ』


「???」


 この小娘は何を言っているのだ? と困惑する殿下に対し、帽子を目深にかぶった少女……もとい、魔王オーカはニヤリと笑みを浮かべた。


『おのれ闇の王め~。我が剣で討ち払ってみせようぞ~』


「ぬおわっ!?!?!?」


 めちゃくちゃな棒読みを聞かされたライナス殿下は、椅子から転がり落ちそうになるのをどうにか耐えながら、大急ぎで広間のドアを閉めた。

 そして、ドアの前で振り返った殿下は警戒心を剥き出しでオーカを指差す。


「きっ、きききき、貴様まさかッ!?」


 オーカは邪悪な笑みを浮かべたまま帽子をテーブルへと放り投げると、まるで親しい友人に向けて話しかけるように、ひらひらと手を振った。


『うむ、久しいの若造。とはいえ、かのいくさの時は、まだ我も鼻水垂らした小娘であったな。じゃが、父上にコテンパンにやられたお主を足蹴にしながら勝利の舞を踊ったのは、正直すまんかったと今も反省しておる』


「グフッ!!」


 出会って早々にとんでもないカミングアウトをくらって、ライナス殿下がテーブルに突っ伏す。


「アンタ何やってんだよ……」


 思わず突っ込んでしまった俺を見て、オーカはクククとわざとらしく悪党のように笑う。

 

『何を言うか。敵国の大将を倒したにもかかわらず、命も奪わんで帰してやったんじゃ。感謝はされど責められる言われは無いわ』


「ぐっ……」


 ライナス殿下は奥歯をギリギリと噛みしめつつも、皆の表情を見てガクリと肩を落とした。

 それから、何故かサツキをジト目を向けて口を開く。


「この状況から察するに、魔族の姫君は侵略目的で来たのではないだろう。まさかいつものように、姫様とお友達になったよ~、などと言うのではあるまいな?」


 あまりにも日頃の行いがアレ過ぎるゆえに、この手のパターンだと真っ先にサツキに嫌疑がかかるのは当然であろう。

 しかし、今回ばかりは残念そうに首を横に振った。


「あたし的にはいつでもウェルカムなんだけどさー、オーカちゃんってプリシアちゃんと違って、めっちゃガード堅いんだよねー」


「ちょっと! その言い方では、私がチョロい女みたいに聞こえるのですけど!?」


 ぷんぷんと頬を膨らすプリシア姫に対し、サツキは生温かい笑みを浮かべながらウンウンと頷く。

 それ、思いっきり「チョロい」って肯定してるし……。

 ライナス殿下はぎゃあぎゃあと騒ぐ妹達を見て頭を抱えつつも、気を取り直して再び話しかける。


「どちらにせよ、魔王の姫君がこの場に居るということは――」


『ああ、言い忘れておったが、父上は一昨年おととしに病で亡くなってな。今は我が魔王をやっておる』


「ぬああああっ!?!?」


 今度こそライナス殿下が椅子から転がり落ちた。


『うむうむ、なかなか良いリアクションじゃの』


「魔王自ら敵地に乗り込むとか、正気か貴様ッ!!」


『……我も時期尚早とは思ったのじゃがな』


 オーカは横目で俺とエレナを見て鼻で笑うと、改めてライナス殿下に語りかけた。


『回りくどい説明はナシじゃ。我が来た理由を説明する』



……


 今から百数十年前、日の昇る【光の世界】は争いに明け暮れていた。

 多くの種族が領土を巡って血で血を洗う日々に、世界中の民が疲れ果てていた。

 一方で、日の昇らぬ【闇の世界】は未来予知の力を持つ闇の国の女王によって統治され、平和な時代が続いていた。

 そんなある日、闇の国の女王はひとりの魔女を助けた――だが!


『こ、これはなんだ!?』


 魔女に首飾りをかけられた途端、女王の頭の中には逃げ惑う民衆の姿が流れ込んできた。

 未来予知と言っても、いつもはこんなにハッキリとは見えなかった。

 自分の身体に起きているのか、この首飾りは何なのか!?


『あなたは未来を視ることが出来ると聞きまして。ちょっとだけ魔力をブーストしてみましたけど、どうです?』


 疑問を口にするよりも早く答えられてしまい、口をパクパクとさせるしかない。

 ――その瞬間、逃げ惑っていた人々が灼熱の炎に飲まれ、灰となって消えた。

 炎の向こうに見えたのは、山のように大きな巨人が都を蹂躙する姿。

 闇の国の女王は、滅びゆく世界を目の当たりにして呆然となる。


『こ、こんなのが……我々の未来だと言うのか……!!』


 光の世界も闇の世界も、次々と炎に飲み込まれて消えてゆく。

 このような地獄では、きっと誰も生き延びることなんて出来ない。

 しかし、地獄の炎の向こうに何かが見えた。


『……あ、あの姿は!?』


 炎に包まれた世界のはるか空高く、青白い光に包まれた女の姿があった。

 周囲には白い翼をもつ兵隊を率いており、女が手を振り下ろすと同時に巨人が一瞬で消し飛んだ。

 その神々しい姿は、紛れもなく天地創造の主たる神とその眷属達であった。


『おお、これぞまさしく神の力……』


 しかし、女王が感嘆の声を漏らしたのも束の間。

 巨人を蹴散らした神は攻撃の手を止めず、地上の全てを蹂躙していった。

 そして女が冷たい笑みを浮かべながら大地に両手を向けて魔法を放ち……そこで映像が途切れた。


『どうして!? どうして、どうして……うぅぅ』


 あまりの絶望に、闇の国の女王は頭を抱えうずくまってしまう。

 しかし、そんな女王に対し魔女は優しく語りかけた。


『未来は変えられます』


『!!』


『光の世界の民はとても愚かで、か弱き存在。このままでは世界の危機に対し、何も出来ず滅び行くでしょう。ならば、かの者達が世界の危機に立ち向かえるようになれば良いのです』


『私達にどうしろと!! あの神の雷を……どうやって神に立ち向かえと言うのですッ!!!』


 悲鳴にも似た声を上げる女王に対し言い放った魔女の助言は、驚くべきものであった。


『あなたが自ら世界の脅威・・・・・となって、愚民共をビシビシと鍛えてあげれば良いのですよ♪』


『なっ!?』


『そして討つのです……この世界の平穏を乱す真なる悪・・・・を!』



……

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