174-死に至る呪い

「クラウディア様ッ!!!」


 トロイが大声で呼びかけても、クラウディアは倒れたまま動かない。

 現場が騒然とする最中、彼女の肩に刺さった矢から虹色の光が漏れ出るのを見て、俺は声を上げた。


「エレナ! 治療をッ!!」


『はい!!』


 エレナは即座に駆け寄ると、両手をかざして神聖術を立て続けに唱えてゆく。


『ヒール! アンチドートッ!!』


 聖なる光に包まれ、クラウディアの顔に生気が戻る……が!


『ダメです! 回復よりも生命力の減少速度が上回ってます!!』


 必死に回復スキルを唱え続けているエレナだったが、表情が少しずつ悲しげなものへと変わってゆく。

 彼女の薄水色の瞳には、相手の能力などが全て見えている……だからこそ、このままクラウディアが死に至ることを察してしまうのだ。


「クソッ!!」


 悔しげに声を荒げた俺は、ふとユピテルへと目を向けると、彼は呆然とした様子で広場の隅を見つめていた。

 視線の先に居たのは弓を構えた一人の女性……実の姉レネットだった。


『ねーちゃん、どうして……』


『……』


 弟の問いかけに対し、レネットは応えることはなかった。

 その表情はまるで人形のように生気がなく、俺の知っている姿とはまるで違う。

 当然、実の弟であるユピテルも違和感を覚えたのか、睨みつけるように姉へ対峙して叫んだ。


『お前は誰だッ!! ねーちゃんをどこにやったッ!!!』


『…………』


 返事はない。

 だが、これでハッキリした……あれはレネットではない・・・・

 その直後、この説を決定づける言葉が聞こえた。


『何故、お前がここにいる』


 声色はレネット本人ではあるものの、その口調は明らかに別人のそれだった。

 そして、視線の先に居たのは――エレナだった。


「自分から名乗るべきじゃないのか?」


 わざと挑発的に問いかけてみたけれど、レネットは質問に応えることなくじっとエレナを見つめていた。

 しかし、それからすぐに身体から黒いもやのようなモノが抜け出たかと思った途端に、ふっと脱力してその場に倒れた。


『ねーちゃんっ!!!』


 ユピテルがレネットのもとへと駆け出すと、他の勇者パーティの仲間達も慌てた様子でそちらへ向かって行った。

 しかし一方で、エレナは辛そうな顔でひたすら神聖術を繰り返していた。


『か、カナタさんっ……もう、限界です……ヒール! ヒール!! ヒール……うぅぅ……!!』


 尽きようとする命を前に、エレナの目に大粒の涙が溜まってゆく。


「どうすればいい! どうすればッ……!!」

 

 ……と、万策尽きて立ち尽くす俺達の前に、ふわりと影が降ってきた。

 深淵を思わせる真っ黒なマントをなびかせた姿は、疾風のようにクラウディアの隣へと小さな足音を立てながら着地すると、開口一番こう言った。


『なっさけないのぅ』


「!?」


 その声は驚くほど幼げで……。

 俺達の目に映ったのは、サツキやシエルよりも更に小柄な、ひとりの少女だった。


『フンッ』


 少女は乱暴な手つきでクラウディアの肩から茨の矢を引き抜くと、痛々しい傷口に手をかざして何かを呟いた。


『くっ……』


 それまで気を失っていたクラウディアが、激しい痛みに目を覚ましたようだ。

 少女とクラウディアからは猛烈な魔力の渦が噴き出し、真っ暗闇を虹色に染めてゆく。


『す、凄いです……! 回復量が呪いを上回って……いいえ、呪いの術式そのものを分解してます!』


 驚きの声を上げるエレナをチラリ見た少女は鼻で笑いながら、クラウディアの肩をぺちんと叩いた。


『先に禍根かこんを絶たずしてどうする。家が燃えとるのに、消火もせず隣に家を建てる道理はなかろう』


『ごもっともです……』


 しゅんと頭を下げるエレナを見てケタケタと少女は笑うと、最後に両手に魔力を集中させ、クラウディアの肩へと一気に注ぎ込んだ。


『アーク・ヒール!!!』


『っ!!』


 猛烈な魔力のうねりによって周囲の建物の窓がビリビリと揺れ、道ばたに置かれていた酒樽さかだるが魔力の圧に耐えきれずバタンと倒れた。


「なんて桁外れの魔力だ……」


 倒れたレネットを開放していた勇者カネミツも、目の前で起きている状況を見て呆然と呟くばかり。

 そして、倒れていたクラウディアが目を開いて……少女にペシンと頭を叩かれた。


『ほれ、さっさと起きんか!』

 

『も、申し訳ありませんっ……』


 慌てて飛び起きる姿を見て、少女はイシシシと満足そうに笑った。


『まあよい。お主が無事で何よりじゃ』


『ありがとうございます……!』


 クラウディアは深々と頭を下げて、少女の手を強く握りしめた。

 が、そんな二人のやり取りを見て、勇者パーティのシズハがぽつりと小さく呟く。


「あの子は一体なんなの……?」


 あまりにも小さな呟きだったせいか、その答えは返ってこなかった。

 しかし、俺の脳裏には一つの可能性が浮かんでいた。



 ――エレナですら解けなかった呪いをあっさりと破る解呪魔法。



 ――死の淵に立たされたクラウディアを治癒してしまう桁外れの神聖術。



 ――魔王四天王最後の将である【神雷のクラウディア】が少女へ接する態度。



 その全てが【たった一つの答え】の証明に他ならない。

 つまり、この少女は……少女の正体は……!!


『さて、バタバタと騒がしくて申し遅れたのう』


 少女はニヤリと邪悪な笑みを浮かべると、権高にマントをひるがえして宣言した。


『我が名は魔王オーカ。この世界の王であり、迷える民を導く者である』

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