173-避けられない争い

「……は?」


 あまりに想定外すぎる状況に、ヘンな声が出た。

 ていうか、なんで勇者カネミツがサイハテの街に???


『ククク、ついに我らの地へと神の下僕共がやってきたか!』


「えっ、いや、その……」


 クラウディアが邪悪な笑みを浮かべて立ち上がると、マントをファサッとひるがえした。

 ……なんだかこういうトコは、セツナや他の四天王達と根っこの部分で同じなのな。


『勇者とは猪口才ちょこざいな。我が闇の力で返り討ちにしてくれよう!』


 またまた悪役っぽいセリフを吐きつつ、クラウディアは高笑いしながら表玄関を飛び出していってしまった。

 それにしても、格好つけながら民家を飛び出していく魔王四天王とは……うーん。


『カナタさんっ、ぼうっとしてないで追いかけないとっ!!』


「うわあ、そうだった!!」


 エレナの言葉に我に返った俺は、慌てて外へと駆け出した。



<サイハテの街 中央広場>



 中央広場に到着した俺たちの目に飛び込んだのは、闇夜に吹き荒れる猛烈な嵐。

 その奥には、羽衣に身を包んだ女……風の精霊ウインディーの姿が見える。

 数ヶ月ほど前、東の国ヤズマトの上空で暗黒竜ノワイルの攻撃を受けて地上へと落下した俺は、地表へと叩きつけられそうになったところを彼女に助けられたことがあった。

 その時も猛烈な強風を巻き起こしていたけれど、いま眼前で吹き荒れている嵐はそれの比ではなく、触れれば一瞬で八つ裂きにされてしまいそうだ。


『ほう、風の精霊か』


『む!』


 クラウディアが話しかけた途端に嵐はピタリと止み、ウインディーは無言で彼女を睨みつけた。

 余裕の笑みを浮かべるクラウディアとは対照的に、とても険しい表情をしている。

 恐らくウインディー自身も察しているのだろう。

 ……自分の実力ではクラウディアを倒せないと。


『風の精霊が下等な人間共に従い、我に立ち向かう理由は何だ?』


『この人間達には恩がある』


 俺は知っている。

 その恩とは「スイーツ食べ放題」なのだと。


『なんと精霊が人間に恩返しか! ハハハ、なかなか幼稚な理由だな』


 クラウディアの返しに、何故かエレナの耳がピクリと動く。

 その表情は……若干キレ気味です。


『やっぱりあの人、倒しちゃっていいです? 微妙にムカつくんですけど』


「いや、ちょっとダメかな……」


 そんな会話をしていると、向こうに居た女の子が「あっ!」と声を上げるのが見えた。


「あそこに居るのカナタくんだよっ!!」


「むむ、どういうことでござる!?」


 勇者パーティのラブラブカップル……もとい、旅の最中に恋仲になってしまった魔法使いシズハと戦士クニトキがこちらに気づいて声を上げた。

 だが、クラウディアの側で突っ立っている俺達を見て、かなり困惑しているようだ。


「まさか、彼ら魔王軍の支配下に……?」


「馬鹿な、あれほどの手練れたる者達がありえん!」


「それじゃ自らの意志で従っているとでも言うの!?」


 なんか勝手に盛り上がってるけど、どう説明したものか……。

 ややこしい状況に困っている俺を見て、クラウディアもはてと首を傾げた。


『奴らと知り合いなのか?』


「えーっと、知り合いというか何というか……」


『返答によっては、生きては帰さぬぞ』


「えええ……」


 どうしてこうなってしまったのか、勇者パーティと魔王軍双方からメチャクチャ熱視線が俺に飛んできているではないか!

 どうすればいい! どうすれば……!?


『カナタっち、まるで浮気がバレた亭主みたいな反応っスね』


『コウモリ外交は破綻する……はっきりわかんだね……ふふふ』


「うるさいよ!」


 ハルルとフルルにからかわれながらも、気を取り直してカネミツへと話しかけることにした。


「いや、俺達もまだ来たばかりでさ。ここの人達は俺らと争う意志が無さそうだし、普通に話してたんだけど……」


「なんだって!?」


 最初から戦う気満々だったカネミツとしては、魔王四天王クラウディアに話が通じるのは完全に想定外だったらしい。

 俺の言葉にカネミツの殺気が収まり、ほっと一安心~……と思ったのも束の間、クラウディアが呆れ顔で首を横に振った。


『いや、全員生きて帰さぬが?』


「クラウディアさん!?」


 バッキバキに闘争心剥き出しなクラウディアの宣戦布告に、再びカネミツは剣を構えた。

 よくよく見ると勇者一行の装備は前よりも豪華になっているうえ、カネミツに至っては【神より賜りし伝説の剣】を装備している。

 どうやら俺の協力ナシに聖王都プラテナの大神殿の封印は解けたんだなー……って、今はそんなトコを見てる場合じゃない!


『くくく……さあ来るが良い勇者とやら! 貴様の血で闇の大地を真紅に染めてやろう!!』


「行くぞみんなッ!!」


「ああああああ……」


 ついに、カネミツとクラウディアの死闘が始まった!

 ……が。


「レヴィアお願いや。あのアホンダラふたりを蹴散らしてんか」


『承知!』


 ゴウッと召喚獣レヴィアの巨大な翼が羽ばたくのが見えた直後、カネミツが宙を舞った。


「……へ?」


 シズハが間の抜けた声で地面にポテッと落ちたカネミツを眺めている一方で、レヴィアの大口から大量に放たれた火の玉を、クラウディアが必死に回避しているではないか。

 いきなりすぎる状況に皆が唖然としていると、戦いをじっと見つめていたエレナが『あ!』と声を上げた。


『ぶっちゃけ二人とも、あんまり強くないですっ! 特にカネミツさんはあのまま戦ってたら危なかったですよ!!』


『スピードランは……経験値不足になりがち……だね』


 フルルが相変わらず意味わからないことを言うのはさておき、エレナの目には例に漏れずカネミツ達の強さが見えているようだ。

 というか、魔王四天王に対して『あんまり強くない』と言い放っちゃうのは、さすがにどうかと思うのだけど。


『ふんぬっ!』


『ぬおおおお、こ、この私が! こんなところでっ!!』


 レヴィアの巨大な尻尾に吹っ飛ばされながらも、空中でくるりと回転したクラウディアはどうにか少し離れた場所に着地。

 そして、わなわなと震えながらシエルを指差した。


『連中だけならまだしも、なぜ私を襲うッ!? おかしいだろう!!』


「いや、話し合いもせんといきなり街中でドンパチする方がおかしいやん」


『くっ!』


 自分よりもはるかに年下の少女にたしなめられたクラウディアは、ばつが悪そうに呻く。


「それに、そっちのにーちゃんもやで。勇者かなんか知らんけど、いきなり人様の街に乗り込んで暴れるとか、それで正義言えるんか? 言うてみい!」


「えーん! 勇者様は気絶しててお返事できませ~~ん!」


「んなモンで納得できるか! 叩き起こさんかい小娘ェ!」


「うえええええっ!?」


 なんだかなあ。

 そんなこんなで、勇者一行の襲撃が発端となったサイハテの街での騒乱は、まさかのシエルと召喚獣レヴィアの武力介入によってあっさり終息してしまったのであった。





 ――だが、俺はもう一つ大切なことを忘れていた。



 ――かつて見た世界で、どうやって・・・・・騒乱が集結したのかを!




『……ぐあッ!!』


 魔王四天王クラウディアが苦痛の声を上げた直後、中央広場の石畳の上にドサリと音を立てて倒れた。

 地に伏した彼女の左肩には、黒いいばらが……いや、一本の矢が生えていた。

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