172-白の月二十六日

【聖王歴129年 白の月?日 同日】


<首長トロイの屋敷>


『なるほどな』


 俺達の目の前で、煌びやかな装飾のついた服装の女性……魔王四天王クラウディアが、部屋の一番奥にある立派な席に着いたまま呟いた。

 腰ほどまである長い金髪が印象的で、その表情はとても凜々しくこちらを見据えている。

 声のトーンから察したところ、敵意は無さそうだが……。


『それにしても、この娘は本当に両親そっくりだな』


 クラウディアがそう言ってシエルに目を向け、懐かしそうな目で彼女の小さな頭を撫でた。


『私が統治すると告げた時、最後まで反発してたのが彼女の両親でな。魔王四天王である私を前にして物怖じしないとは、親子共々なかなかの度胸だよ』


「だけど、その子めちゃくちゃ人見知りするよー?」


 魔王四天王相手に物怖じどころか、言葉使いすら無礼過ぎるサツキの洗礼を受け、クラウディアはくすくすと笑う。

 ……俺の知る「雷で街を破壊する姿」とは似ても似つかわないなあ。


『改めて、シエルを生まれの地へと帰還するために尽力して頂けたことを感謝する。……と言っても、この子を街に束縛する気は毛頭ないがね』


「ん?」


 クラウディアの言葉にシエルはキョトンと首を傾げる。


『君にとっては洞窟の向こう側・・・・が帰る場所なのだろう? 無論ずっとここで暮らしたいと言うならば、手厚く歓迎するが』


 スゴイこのひと! 気遣いも完璧すぎっ!!

 だが、当のシエルは難しそうな顔でウーンと唸りながらクラウディアに問いかける。


「ぶっちゃけ、あの洞窟は帰りもめっちゃ危険やねん。おねーちゃん護衛してくれへん?」


『う~ん……』


 魔王四天王に護衛を要請ッ!!

 あまりのも無礼講ぶりに、さすがのクラウディアも激高するかと思いきや、苦笑しながらシエルの頭を再び撫でる。


『そうしたいのは山々なのだが、私は常闇の大地ここを離れるわけにはいかなくてね。どこぞでひとっ風呂浴びながら一杯やってるヤツ・・を呼び戻そうにも、時間がかかりすぎる』


「はあ……」


 適当に相づちを打つものの、今のクラウディアの言葉が少し気になった俺は、少しだけ遠慮気味に問いかけてみた。


「あの、もしかして……俺らのこと、知ってます?」


『うむ。セツナから休暇申請メッセージと一緒に、今からそっちに知り合いが行くから上手いことやって、と伝言が届いたからな』


「知り合い!?」


 驚きに目を見開いた俺とエレナを一瞥いちべつしつつ、クラウディアはニヤリと笑う。


『特に、水の精霊が不意打ちにキメてくるヘッドロックとアイアンクローの連撃は超痛いから、怒らせないように気をつけて! と、注意書きまで書かれていたぞ』


「ぐはー」


 どんな方法で知らせたのかは分からないけれど、セツナはしっかりと俺達の詳細をクラウディアへと伝えていたらしい。

 そのうえでしっかり迎えてくれたということは、最初から敵対の意思は無いということになるのだが。


「あの、セツナさんはともかくとして、他の二人を倒しちゃった件については、大丈夫なんでしょうか?」


 最初に出会った魔王四天王【炎のメギドール】は、空に現れたところをエレナが撃墜。二番目の【闇のディザイア】に至っては、喋ってる最中にフルルが魔法でどこかに飛ばしてしまったのである。

 来て早々に、報復でぶっ飛ばされても文句言えないと思うのだけど……。


『そちらも譲れないものがあるゆえに戦い、結果、君達が勝利しただけだろう。それに、メギドールとディザイアは死んだわけではないしな』


「はあ」


 このひと、物分かりが良すぎて逆にビックリだよ!

 しかし、それまで黙っていたエレナがハッと何かに気づいたのか、静かに立っていた首長トロイに話しかけた。


『あの、少し話は変わるのですが、今日は何月何日ですか?』


 あまりにも唐突過ぎるエレナの質問に、首長のトロイは困惑気味に首を傾げる。

 そして彼が答えるよりも先に、クラウディアが宙に手をかざして魔法を唱えた。


『質問の意図は分からんが、今日は白の月の二十六日だな』


 手の先には天啓がフワフワと浮いており、そこに今日の日付が描かれていた。

 その隣にはグルグルと勢いよく文字が動いているけれど、それが何を意図しているかは分からない。

 それにしても、神職が神に祈りを捧げて月日を知る神聖術はあれども、こんなにハッキリと知る術を使いこなすなんて、魔王軍の技術力恐るべし!

 ……って、あれ???


「俺らが集落を出たのは白の月の九日だったよな? 死の洞窟はシエルが案内してくれたら迷わず真っ直ぐ行けたし、洞窟を出てから何度かキャンプはしたけれど、十七日も経ってるのはおかしくね???」


 勇者パーティと共に旅をしていたときは聖王都を出たのが白の月の十四日だったけれど、今回、俺達はクラウディアと戦う準備を整える目的で五日も前倒しで出発していた。

 普通に考えれば、白の月の十三日頃に到着しなければ計算が合わないのだが……。


『カナタさんの日記を読ませてもらっても良いですか?』


「ん? いいけど……」


 エレナは俺の返事を聞くなり鞄から紙束を取り出すと、後半のページを開いて俺の前へと置いた。


『当時、街へと立ち入ったのは白の月二十六日ですよね』


「そう……だけど」


 かつて見た世界では、白の月の二十五日にサイハテの街に到着した時は門前払いで追い出されてしまい、実際に街の中へ入ったのは翌日の二十六日のこと。

 しかも、その理由もクラウディアに街が襲撃されたのが理由だった。


『今回は、白の月の二十六日にサイハテの街に立ち入るというのが、回避できない運命・・・・・・・・なのだと思います。もしかすると、私達が死の洞窟にいる間に、何者かによって時の流れを改ざん・・・されたのかもしれません』


「なんだそりゃ」


 これまでもいくつか不可解な現象を目の当たりにしてきたものの、いくらなんでも時間がすっ飛ぶのはムチャクチャ過ぎる。


『どうして、そんな無意味なことを……? どうして、時の流れを細工してまで私達の到着を遅らせる必要があった……?』


 エレナがいつにも増して困惑した表情で、窓の外を眺めながらブツブツと独り言を呟く。




 ――だが、その問いに対する答えは予想外の形で現れることとなる。




『エクス・ストーム!!』


 外で女性の声が響いたかと思った直後、建物にズンッと巨大な何かがぶつかったような圧を感じ、慌てて窓の外に目を向けると、街の中央に凄まじい嵐が吹き荒れているのが見えた。


「な、なんだあれは……!」


 首長トロイが恐怖に顔を歪ませて呟き、彼の視線の先へと目を向けると――


「我が名は勇者カネミツ! 魔王の手先に支配されし民よ、我らがその闇を討ち払ってみせよう!!」

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