第十二章 偉大なる魔王オーカ様

169-ようこそ未知の世界へ

【聖王歴129年 白の月?日】


 常闇とこやみの大地は、魔王に支配された死の世界である。

 と言っても、目を凝らせば空の向こうに薄らと雲が見えるし、ときどき雨だって降っていたので、あくまで日が昇らないだけで空はあるらしい。

 どうして洞窟をひとつ越えるだけで、こんなに違う世界に出るのかサッパリ分からないけども。



<暗黒の世界唯一の光 サイハテの街>



 さて、【死の洞窟】を無事に突破し、三度のキャンプを経た俺達の目に飛び込んできたのは、塀に囲まれた大きな街……そう、かつて俺が勇者パーティを追い出され、エレナと出逢ってからの約半年を過ごした【サイハテの街】である。

 エレナは街の存在そのものを危ぶんでいたものの、あらゆる魔物の侵入を拒む巨大な外壁のおかげか、しっかりと健在だったので一安心。

 いや、一安心……だったはずだったのだけども。


「ひ、ひえええーーっ!」


「衛兵ーー! 衛兵を呼べえええーーッ!!」


「あわわわ、あんなバケモノ見たことねえべよーっ!!」


 困ったことに、現れた俺達の姿を見て民衆がパニック状態に……。

 人々は逃げ惑い、その全員が共通して俺達の後ろ……つまり、最後尾で突っ立っている召喚獣レヴィアを畏怖の眼差しで凝視していた。


『……もしかして、バケモノとは我のこと?』


「それは、その……」


 どう答えたものかと言葉に詰まる俺を見て察したのか、レヴィアは悲しそうにうつむく。


『頭の足りぬ冒険者に罵倒されたところで大して気にならなかったのに、罪の無い幼子に泣かれると正直、傷つくわあ……』


「う~ん……」


 意外とメンタルの弱いレヴィアの対応にも四苦八苦しつつ、どうにか話が通じる人が居ないか問いかけてみることにした。


「俺達は死の洞窟を抜けて来た冒険者だ! この街の代表者と話をさせてほしい!」


 たしか勇者カネミツがそんな感じのコトを叫ぶと、すぐに偉いさんがやってきて『祖先を追放した王家の犬共は立ち去れ!』とか言われたんだっけな。

 それで一度は引き下がり、その後に街が魔王軍に襲われたところを助けたことをきっかけで和解~というのが、俺の知っている一連の流れ・・・・・であった。


「死の洞窟を抜けてきただと……?」


 案の定、身分の高そうな高齢男性が騒ぎを聞きつけてやって来た。


「私の名はトロイ。このサイハテの街の首長をしている者だ」


「俺はシーフのカナタ。プラテナ国領ハジメ村から来た冒険者さ」


 プラテナ国の名を聞いて、首長トロイの眉間がピクリと動いた。

 年齢的に彼の祖父母はプラテナの不当な差別によって居場所を失った過去があり、恐らく自身も幼い頃から街の成り立ちを聞いて育っているだろう。


「何が……目的だ」


 街の代表であるゆえ、感情的になるわけにはいかない。

 だが、先人達の恨みを完全に伏せていられるほど軽い感情ではない。

 そんな心の葛藤が、声色や彼の表情から見え隠れしている。

 後は予定通り追い出されれば――……と思った矢先に、突然シエルがずずいと前へ出て口を開いた。


「おう、そこのにーちゃん達の協力で、ウチの生まれ故郷に連れてきてもろてん。ま、正直ウチはちっとも覚えてへんけどなー」


「なんと!?」


 シエルの言葉に驚愕した男は、慌てた様子で駆け寄ってきた。


「君ッ! 御両親の名前はニアとリューイかね!?」


「んん??? いんや、おとんもおかんもウチが赤ん坊の頃にばーさんに託してすぐ死んでもーたらしくて、わからへん。ちなみにウチはシエル言うんやけど」


「シエル……!!」


 すると、シエルの顔をまじまじと見つめながら、男はポロポロと涙を流し始めた。

 あっれー? なんか知ってる展開と違うぞ???


「……そうか、そうだったのか。あの時の赤子がこんなに大きくなって……うぅぅ」


「おわっ! なんかジジイが泣きだしたでっ!? どないなっとん!!」


 咽び泣くジジイに、ぎゃあぎゃあと喚く女の子……。

 先ほどとは全然違う理由で、サイハテの街の門前は騒然。

 一頻ひとしきり泣き終えたジジイ……もとい、男性は目元を服の袖で拭うと、俺達の方へと目線を向けて頭を下げた。


「いやはや、先程は無礼な態度で申し訳ない。よくぞシエルを連れてきてくれた。本当にありがとう!」


「い、いえいえ……」


 街から追い出されるつもりで居たはずなのに、なんだかメチャクチャお礼言われてしまった。

 交渉役になるはずだったプリシア姫も、この状況にただただ苦笑するばかりだ。


「これ、私が来た意味が完全に無くなっちゃいましたね」


「うーん……」


 姫がわざわざこんな危険な場所へ来てくれたのは、王族として祖先の対応を謝罪し、双方が和解することが目的だった。

 ところが、シエルが生還したゆえに街でのゴタゴタそのものが無くなり、プリシア姫の出る幕までも無くなってしまったわけで……。


「まあ、ケンカせずに済んだわけだし、それで良いじゃん♪」


『うんうん、プリシアだって下々の者共に頭下げるのイヤでしょ?』


「ちょっとピート! 私はサツキちゃんの言葉にはまったくもって同意ですけど、ピートのそれは断固否定しますからね! 私のコトなんだと思ってるんですっ!!」


 なんだかなあ。

 でもまあ、どちらにしても街の人達と争わずに済んだのはありがたいし、このまま魔王軍による襲撃に備えるよう伝えれば、話がスムーズに進むだろう。


 ――だが、話がまとまって安心したかと思った矢先、俺達の耳にとんでもない言葉が飛び込んできた。


「これも全て、偉大なる魔王様・・・・・・・の思し召しに違いあるまい!」


「『ファッ!?』」


 サツキとユピテルが思わず素っ頓狂な声を上げ、他の面々も硬直。

 いやいやいや、きっと聞き間違えに違いない!

 ……と思っていたのに。


「早速クラウディア様に報告してきますね!」


「ちょっ、まっ!?!?」


 今度は思わず俺も声を上げてしまった。

 だって、その名前は――!


「す、すみません、ちょっと質問いいですかっ!?」


「はい?」


 俺は脳裏にとある姿・・・・を思い浮かべながら問いを口にする。

 黒い翼を背に、強大な魔力で雷を操る勇ましい姿を――


「クラウディア様というのはひょっとして、魔王四天王……だったり?」


「ほほう、向こう側の世界でもクラウディア様は著名なのですな!」


「……はは、あははは」


 完全に街が魔王軍に支配されとるやんけッ!!!


「どゆことー?」


『う、うーーーん……』


 サツキの脳天気すぎる質問に対し、さすがのエレナもただただ頭を抱えるばかり。

 そんなこんなで、まったくもって未知の世界へと迷い込んでしまった俺達は、ただただ成り行きに身を任せるしか無いのであった。

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