168-カナタの答え

 死の洞窟第三層の最深部には、魔力を感知し術者を死に至らしめるトラップが仕掛けられている。

 俺がそのことを伝えたところ、レヴィアは首を横に振った。


『厳密に言うと魔力感知だけじゃないよ。デカいハンマーやらなんやらを持ち込んだ連中も、全員やられちまったからね』


『なるほど、多重トラップですか……』


 エレナの呟きに頷くレヴィアを一瞥いちべつしつつ、俺は改めて洞窟の奥へと目を向ける。

 本来、死に至るほど殺傷力の強い罠が仕掛けられている状況であれば、近づくだけで危機感知スキルが発動するはずなのだが、一向にその様子はない。

 エレナにはそれが見えているとすれば、ここに仕掛けられているのは単なる物理的なトラップや魔法などではなく、人知を超えた別の何か・・・・なのであろう。


「でも、この洞窟って誰が掘ったんだろ? わざわざ階段までつくって、罠もいっぱい仕掛けて、それで一番奥に行った人は死んじゃうんでしょ。誰も通したくないんだったら、最初からこんな洞窟、掘らなきゃよくない???」


 確かにサツキの言うことも一理ある。

 不満げにぼやく言葉を聞いて頷いたフルルは、無表情かつ無感情で口を開く。


『たぶん……ここを掘ったのは……人でも神でもない。最初からあった・・・……のだと思う』


「???」


 言葉の意味が全く理解できず、皆が首を傾げてキョトンとするばかり。

 いや、エレナとハルルはどことなく感じる何かがあるらしく、精霊や妖精にしか知り得ない概念があるのかもしれない。


『しかもコレは、我を数十年も束縛するほどの術者ですら、越えるだけで命を落とすほどのシロモノだ。どう対処するつもりだい?』


 挑発とも思えるレヴィアの言葉は、まるで俺の力を試そうとしているかのよう。

 俺は彼へ目を向けることなく、洞窟の奥へと一歩だけ踏み出す。


「そうだな……」


 俺はエレナに押し倒される直前と同様に、再び右手に魔力を込めた。

 やはり今の時点では全く危機感知スキルは発動しないものの、ゾクリと背筋にナイフを突き立てられたかのような寒気が走る……が、俺は意識を集中させたまま、右手に向けて魔力を限界まで注ぎ込む。

 その魔力量に比例してビリビリと洞窟の壁面が振動し――



【危機感知】

 死亡リスク大



 ついに一つ目のトラップの発動を告げる天啓が現れた。


『ちょっ、君、危ないよッ!!』


 レヴィアが慌てた様子で俺を追いかけようとするものの、エレナは落ち着いた様子でそれを手で制す。


『大丈夫です』


 背中に届く優しい声がとても心強い。

 彼女の信頼に応えるべく、俺は最奥地へと一歩を踏み出し……直後、壁面から何かが放出されるのが見えた。

 俺はそれ・・が何なのかを認知するよりも速く、殴りつけるかのように右手でそれを叩き落とす!



【ユニークスキル 全てを奪う者】

 成功しました。


【スキル習得】

 スキル<魔術師殺し>を強奪しました。



『え……?』


 後方から驚きの声が漏れるのが聞こえて笑いそうになりながらも、俺は腰に差していたライトニングダガーを抜いて壁面に連続で切りつける。


「バイタルバイド!」


 物理ダメージを与えた途端、今度は壁面が崩れんばかりに轟音を立てて揺れ始めた。

 恐らく壁面の破壊を試みた者を返り討ちにするためのモノであり、かつて見た世界では、それによって発生した崩落でレヴィアは命を落としたのだ。

 このまま無理に回避しようと離れたところで避けられないだろうし、下手すれば皆が巻き込まれてしまう危険性だってある。

 俺はダガーを壁面へ突き立てながら、右手の拳を岩壁へと叩きつけながら再び魔力を流し込む!



【危機感知 死【ユニークスキル 全てを奪う者】

 成功しました。


【スキル習得】

 スキル<ダメージ反射>を強奪しました。



 危機感知スキルが何かを告げる前に、右手がそれを阻止した。

 トラップの能力を奪うと同時に激しい揺れは収まり、それからダンジョン内に響く音は、壁面を切りつける刃の音だけとなった。

 きっと、こんなちっぽけな短剣一本で突破しようと向かってきたのは、俺以外に居ないであろう。

 もしもこのクソッタレな罠を仕掛けてヤツが驚いていたとすれば、この言葉を贈ってやりたい。


「ざまあみろ!」


 そして刃先の感触がそれまでと変わり、まるでスープを混ぜたかのような軽さになったところで、俺はライトニングダガーを一旦岩壁から引き抜き、刃先に魔力を込めて一気に叩きつける!


「……これでラストだッ!!」


 多くの冒険者達を拒んできた【死の洞窟】と【常闇とこやみの大地】を繋ぐ最後の一点を貫き――刹那、壁の向こうで膨らんだ膨大な魔力が真っ直ぐにこちらへと降り注いてきた!

 当然、それも織り込み済みだッ!!



【危機感知 即死【ユニークスキル 全てを奪う者】

 成功しました。


【スキル習得】

 スキル<Process termination>を強奪しました。



 最後のスキルだけ意味が分からなかったけれど、どちらにしても冒険者を殺そうとする物騒なシロモノなことに違いはあるまい。

 全ての罠が失われたことがきっかけなのか、目の前の岩壁だけが轟音を上げながら崩れてゆく……。

 それから崩れた壁の向こうに見えたのは、真っ暗闇の世界……いや、真っ暗闇というほどでもないかな。

 空には薄ら雲も見えるし、少し明るめの月夜くらいだろうか。

 前に見たときは暗黒と呼べる程に真っ暗だった気がするのだけど、あの時と今とでは状況が全然違うし、きっと見え方も違うのだろう。

 そんなことを考えながらくるりと振り返った俺は、レヴィアに向かって話しかけた。


「さっき、どう対処するつもりだい~って言ってたけど、これが答えだよ」


 たまには格好つけたい気分になるってもんで。

 俺が自慢げにレヴィアへと目線を向けると……何故か、地面に頭を付けて平伏していた。


「……なんで頭さげてんの?」


『お見逸れしました……本当に申し訳ない』


『エッヘン』


「なんでエレナが自慢げなの???」


 自分で格好付けたものの、こう恐縮されてしまうとやりづらいというか何というか。

 性に合わないコトをするもんじゃねえなあ……。

 と、レヴィアとエレナのやり取りを眺めながら苦笑していると、背中をパシパシと小さな手で叩かれた。


「ん?」


 俺が目を向けると、そこに居たのは嬉しそうなシエルの姿。

 彼女は両手で俺の右手をぎゅっと握ると、満面の笑みで口を開いた。


「なかなかやるやん! 見直したでっ♪」


「ああ、頑張ったよ」


 シエルにそう答えた俺は、闇の世界にそびえ立つ大樹へと目を向ける。

 そう、あの時の俺は樹木の根元にシエルの亡骸を――


『大丈夫ですか……!』


 何を見ているのかを察したのか、エレナが視界を遮るように前に立った。

 その優しさについつい甘えたくもなる……けれど、俺は空いた左手で彼女の頭を撫でてから、自ら一歩前へと出る。


「ああ、もう大丈夫」



 ――ずっと悔やみ続けていた過去の呪縛。



 今度こそ救うことの出来た少女の姿を見て、心がすっと軽くなる気がした。

 そして俺は、心強い仲間達とともに闇の世界へ向けて歩み出したのだった。



――第十一章 死の洞窟の案内人 嘘つき少女シエル true end.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る