おひとよしシーフ(Lv99)による過去改変記

155-エレナ――立つ！

　一糸まとわぬ姿のエレナを見つめながら、俺はただただ呆然としていた。

『……』

「……」

　なるほど、長い髪がお湯に浸かるとダメだからまとめてあるのかー。

　泉の精霊だった頃は服を着たまま水に浸かってたけど、お風呂に入る時は全裸なんだなー。

　まるで美の女神のように美しいなー。

　この世のものとは思えないよー。

　なるほどなー。

　うーん。

　……。

　……。

　……。

　以上！　現実逃避タイム終了っ！！！

「ごめんっ！　ホントごめん！！」

　大慌ててエレナに背中を向けながら謝罪するものの、一体どれほど叱られるのか吾輩（ワガハイ）には想像もつかぬであるっ！！

　思わず心の中の口調もおかしくなるくらい混乱している俺に対し、当のエレナは無言のままだから、かえって怖い！

　頼むから早くコロシテ……コロシテ……。

『…………はぁ』

　何故かエレナは溜め息を吐くと、背中を向けたまま両手で目を塞いでいた俺の腕を掴み、浴室の奥へ歩き出した。

「えっ、えっ？」

『こんな寒いのに裸同然で突っ立っていたら、風邪ひいちゃいます。早く身体を温めないと』

「あっ、うん」

　全く怒られる様子もなく、訳も分からないままに奥へと連れてこられた俺の目に入ったのは、男湯の何倍もあろうかという巨大な湯船。

　うーん、すごい男女格差……。

『足下が滑るので、気をつけて入ってくださいね』

「あ、ありがとう」

『わああっ、こっち見ちゃダメです！！』

「ごっ、ごめんっ！？」

　どうやら怒ってないみたいだけど、エレナの方へ向くのはダメらしい。

　いや、どうぞ見てくださいと言われても、それはそれで困るんだけどさ。

　そして二人が背中合わせで湯船に浸かると、エレナがこれまでの経緯を語り始めた。

『ついさっきまで、サツキさん達は一緒でした。それにセツナさんなんて、風呂桶にコッソリお酒を隠し持ってきて、掃除もせずに独酌してました』

「あのひとホントなんなの」

　廊下で会った時もやたら酔ってるように見えたけど、まさか貸し切りだからってココで一杯やっちまうとは……。

　危ないから、よい子はマネしちゃダメぜったい！

『で、しばらくしたら皆ゾロゾロと出て行って、なんでだろう～？　って思ってたとこに、全裸のカナタさんがバッタリですよ』

「そっ、それは不可抗力で――」

『そんなの分かってますっ。どう考えても他の皆が全員グルに決まってるじゃないですか！　発案者はサツキさんでしょう、絶対にっ！！』

「……ですよね」

　突然の状況に混乱していたけれど、よくよく考えればエレナの言うとおりであろう。

　俺達は見事にサツキの作戦にはめられてしまい、見事に『めくるめく混浴』を演出されてしまったわけだ。

『それに、カナタさんが悪意あって女湯に突撃してくる理由が無いですもん。きっと、掃除を手伝いに行けと言われたとか、ムリヤリ脱がされたとかでしょう？』

「すごい推理力！」

『はぁ、やっぱり……』

　エレナはガクリと肩を落とし溜め息を吐きつつも、何故か少しだけ深呼吸をして言葉を続けた。

『それに、私がビックリしてたところに、美しいやらこの世のものとは思えないとか面と向かって言われちゃったら……さすがに怒る気なんて起きませんからねぇ』

「！？！？！？」

　エレナのとんでもない爆弾発言に、今度は俺が完全硬直。

「ま、ままままま、まさか俺……声に出してた？」

『髪をまとめてるとか、泉に居た時は服を着てたとか、全部思いっきり喋ってましたよ』

　な、なんということだ、なんということだ――！

『こうやって直接的に言われたのは、旅に出た日に「超可愛い」とお褒め頂いて以来ですね。えへへ～』

「ノォォォウウウッ！！！」

　俺は恥ずかしさのあまり、顔面から思いっきり湯船に突っ伏したのであった。

…

……

　そんで今に至る、と。

「ったく、俺らを風呂に閉じ込めたところで、アイツが考えてるような展開になるわけないだろうに」

　サツキの考えでは、俺とエレナを人目の無い場所に閉じ込めれば色々アレコレ起こると予想したのだろうけれど、それでどうにかなるようなら、これまでにとっくにどうにかなってる。

　……自分で思っててちょっと悲しいけれど、まあそういうもんだって。

『そのコトなんですけど、私に良い考えがあります』

「良い考えって？」

　首を傾げつつ背中越しに問いかけると、エレナは湯船の中で俺の手を握ってきた。

「え、エレナ……？」

『フフフ……』

　俺の耳元に口を寄せ、妖艶に怪しく笑いをこぼす様子に、俺は思わず息を飲む。

　こ、これは一体……！

　まっ、まさかサツキの狙い通りに――！？

『なんだか、さっきから魔力がモリモリなのですよっ！！』

「……はい？」

『水のマナの力に満ち溢れた私の力……。今なら、サツキさんにとくと思い知らせてやれそうなのです！　エターナルな（・）ブリザードノヴァをギュギュンと行けそうなのですっ！！』

「あー……」

　すっかり忘れてたけど、エレナって水がたくさんあるトコに行くと、こういうテンションになるんだっけ。

　フロスト王国に向かうときに輸送船の護衛をやった時だって「海の上は魔力がいっぱいで嬉しい」という理由だけで、海に向かって意味もなくバンバン撃ってたし。

『さあ、ここから私の反撃の時間ですよっ！！！』

　ざばん！　と音を立てて立ち上がったエレナは、再び俺の手を引いて脱衣場へと向かって歩き出したのであった……。