154-フルルは大変満足している

【聖王歴129年 白の月2日 夜遅く】


<天然温泉ドワーフの湯>


「……」


『……』


 俺とエレナは背中合わせで座っていた。

 それも、二人きりでお風呂につかりながら。


「まさかここまで露骨にやられるとはなぁ」


『あはは、さすがサツキさんですよねぇ。……うんうん』


 背中合わせでも心臓のドキドキが……特には聞こえてこないのだけど、エレナの声に若干の緊張が含まれていることから、めちゃくちゃ意識しまくりなのは俺と同じなのであろう。


「えっと……なんだか色々あったよなぁ」


『そ、そうですねっ』


 いや、何この会話。

 というか俺、そこからどう繋いでいくつもりだよ。

 エレナめっちゃ困ってるじゃん。


「……」


『……』


 そして再び無言へ。


 ――さて、男湯の掃除を終えた後、俺に何が起こったのか。

 その一部始終を振り返ってみよう。



……



 番頭さんの助言に従って、俺とユピテルがふたりで女湯のある別棟へと向かっていると、いきなり目の前に銀髪の女が飛び出してきた。


『ヘイヘイっ、ちょい待ちな耳長ボーイ!』


『えっ、耳長ってオイラのことかいっ!?』


 目を白黒させているユピテルはさておき、俺は肩を落としつつ目の前の人物へと話しかける。


「……セツナさん、どうしたのさ」


 酒ビンを片手に頬を赤く染めた……というか、酔っ払って赤ら顔のセツナが、行く手をふさぐように立ちはだかっていた。

 やっていることは敵役っぽいけれど、そこに魔王四天王としての威厳は全く感じられない。


『ん~、なんか分からないけどね。君の婚約者ちゃん、表出ろやーって呼んでたよ~』


『えええっ!?』


 セツナの伝言を受け、ユピテルが驚愕の声を上げた。

 っていうか、このひとがサツキとユピテルの関係を知ってることの方が驚きなんだけど……。


「表出ろって、またサツキの機嫌を損ねるコトでも言ったのか」


『しっ、知らないよぅ! でもゴメンにーちゃん、オイラ行ってくる!』


 ユピテルはセツナに連れられ、温泉の入口の方へと走っていってしまった。

 前々から思っているんだけど、本当にサツキが婚約者で良いのかユピテルよ……。


「しゃーねえ、一人で行くか」


 そんなわけで単独のまま進んでゆくと、石造りの建物の前へと到着。

 入り口に書かれた『女湯』の文字を見て、他のお客さんが居ないとは分かっているけど、なんだか入るのをためらってしまう。


「大丈夫だよなー? 入るぞー。入るからなー!」


 念のため呼び掛けてからドアを開ける小心者な俺。

 普段からココで働いている人達はいちいちそんなコト気にしないんだろうけど、気分的にちょっとね。

 脱衣場に誰もいないことを確認し、浴室のドアを開け――


『きゃー……えっちー……(棒読み)』


『覗き魔が出たっすー(棒読み)』


 ばしゃーん。

 いきなり手桶が飛んできたかと思ったら、頭から湯をぶっかけられました。

 ぽたぽたと髪を伝う湯を拭うと、俺の正面にはハルルとフルルがふわふわと浮いていた。

 念のため説明しておくと、ふたりともちゃんと服を着てます。


「……どゆこと?」


『こういう王道展開……一度やってみたかった』


『どうせ風呂に入る時は脱ぐんだから同じっすよ』


「意味わかんない……」


 とりあえず濡れた上着を脱ぎ、そこらへんの棚に引っ掛けてから浴室のドアを――


『下も……脱げ』


「なんだよ! なんなんだよっ! って、フルルの力つっよ!? 破れるっ! ズボン破れるから引っ張るなっ!!」


 何故か下着ごとズボンを脱がされた俺は全裸のまま浴室へと放り込まれ、頭の上にポイッと手ぬぐいと手桶を投げつけられた。


『ぐっど……らっく』


『ちなみに掃除は超スピードで終わらせたっすから! ゆっくり入浴を楽しむがイイっすよ!』


 ピシャッ!

 謎の声援を送られた挙げ句、勢いよくドアが閉められた。


「……なにこれ」


 内側から開けようにも凄い力で閉められているし、危機感知スキルがずっと【危険性大 開けるな危険】とか警告してくる。

 どうやら先へ進めという意図なのだろうけど、いくらなんでも強引すぎるだろ……。

 俺はしぶしぶながら、一糸まとわず……いや、一応は手拭いと手桶を装備した姿で奥へと向かう。


「一体、あいつらは何を狙っ…………ハッ!?」


 ユピテルはサツキに呼ばれ、セツナと一緒に出て行った。

 ハルルとフルルはドアの向こうで、今この時も俺を威嚇している。

 つまり、この閉鎖された空間に居るのは――!


『あれ~、サツキさん、もう戻ってきたんですか~?』


 パタパタと軽い足音が聞こえたと思った直後、薄水色の長髪を頭の上で束ねたエレナがひょこっと現れた。


『……え』


 そして時間が止まった。

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