てぃーぶれーく4

153-サービスシーンが足りない!

【聖王歴129年 白の月2日 朝・同時刻】


「あー、もう、しゃーねえな! 皆も行くぞ!!」


 カナタ兄ちゃん達はそう言うと、エレナさんの手を引いて温泉に向かって駆け出していった。

 だけど、何故かサツキちゃんは険しい顔でそれをじっと見つめている。


『サツキちゃんは行かないの?』


「……サービスシーンが足りない!」


『はあ?』


 ほーら、またサツキちゃんのいつものヤツが始まったよ。

 というかオイラもついつい首を傾げたけれど、ここ最近ずっと一緒に居るもんだから、彼女が何を言おうとしてるかなんて、聞かなくたって大体は想像つくんだけどさ。


「結局、セツナさんのゴタゴタがあったせいで先送りになってたけど、温泉があるのに湯上がりドキドキイベントが無いってのは、さすがに理解できなくない?」


『オイラ的にはサツキちゃんの言動が一番理解できないよう』


 しかしオイラのコメントはあっさりとスルーされ、サツキちゃんは頭上にふわふわと飛んでいたハルルとフルルに話しかけた。


「ここから大逆転で、二人をドキドキ展開に持ち込む方法ないかな?」


『やっぱり、衣服を着てるとどうしても破壊力が下がると思うんすよ』


『肌色成分……大事』


「なるほどなー」


 いったい何がなるほどなのか。


『あと、こんな朝っぱらからジジババと一緒に風呂に入ったって、色気もへったくれも無えっすよ』


『夜の方が……色々と便利……ふふふ』


「確かに便利!」


 いったい何が便利だと言うのか。

 ……いや、別に聞きたいわけじゃないんだけどさ。


「つまり、狙い目は今晩だね」

 

 サツキちゃんの言葉にハルルとフルルはニヤリと怪しい笑みを浮かべると、三人でコソコソと温泉施設の受付に向かって行ったのだった。



~~



「温泉を貸し切ったぁ!?」


 サツキのとんでもない報告に、俺は思わずずっこけそうになる。


「せっかくおにーちゃん達が頑張ったんだから、それくらいやったって罰は当たらないと思うんだよね~」


「いやまあ、その気遣いはありがたいけどな。それにしても貸し切りなんて、一体どうやったんだ?」


 セツナが何日もかけて完成させた「超広範囲冷却魔法」の効果は約一年ほど。

 これまで温暖な気候で暮らしていたドワーフ達にとって、肌に突き刺さるような寒さは相当堪えるらしく、少しでも身体を癒やそうとやってきた客達で、朝から温泉は大盛況だったくらいだ。


「ふっふっふ、あたしのウルトラ交渉術によって、閉店後の清掃時間を貸し切ることに成功したのさっ!」


「な、なんだってーっ!!!」


 なんという行動力!

 確かに閉店後なら貸し切っても~……って、あれ?


「つまり、俺らが掃除しなきゃダメってこと?」


「それと引き替えだもん」


 うーんこの。

 でもまあ、今となってはココの温泉をゆったり広々と使うのは難しいだろうし、掃除する代わりにデカい風呂を独占できるのならアリかもなあ。

 と、そんな会話をしている最中、温泉に隣接する酒場で麦酒を一杯やって赤ら顔のセツナが戻ってきた。


『ね~ね~、なんの話してるの~?』


「ああ。今晩、温泉を貸し切りにする予定なんだけど……」


『ええっ! わぁい、それじゃ私もいっギャアアンッ!?』


 突然セツナが視界から消えたかと思いきや、サツキのドロップキックの直撃を受けて宙を舞っていた。

 放物線を描きながら地面に倒れたセツナは、目を回して昏倒しているにも関わらず、酒ビンは抱きしめながら死守しててなんだかすごい。

 ……じゃなくて!!


『……きゅ~』


「おにーちゃんっ、あたしホントにドロップキック一発で倒せたよ!」


「何やってんの!?」


「うんうん、まあ色々あるんだよ、色々と」


 サツキはそう言うと、気を失ったままのセツナをずるずると引きずって、どこかへ行ってしまった。

 一体なんなの……。



【同日 夜】



『そんじゃ、お嬢ちゃん。しっかり清掃よろしくな!』


「バッチリ任せてっ」


 番頭さんの言葉に対しサツキは胸を張って答えると、桶やらブラシやらを抱え、他の面々と一緒に女湯へと突撃していった。

 後には俺とユピテルだけが残されたわけだが……。


「まあ、俺達もちゃっちゃと終わらせてひとっ風呂と行きますかね」


『待ちな』


 俺達が男湯へ向かおうとしたところ、何故か番頭さんに呼び止められてしまった。


「なんです?」


『男湯なんざ桶を積んで湯をぶちまければ十分さ。それが終わったら、女連中んトコの手伝いに行ってやりな。どうせ他の客は帰っちまったから心配ねえさ』


「うん? ああ、そうするよ」


 確かに番頭さんの言うように、ボロ小屋しかない男湯に対し、女湯は石造りの建物なうえ敷地もかなり広いらしいので、男手があった方が良いだろう。


『くくく、ごゆっくり』


「???」


 何故か笑いをこらえるようなそぶりを見せた番頭さんは、入り口ドアを閉めると閉店フダを吊して奥へと引っ込んでいった。


「なんなんだ……?」


『……』


 その後、よく分からないままに男湯の掃除を終わらせた俺達は、そのままの足で女湯のある石造りの建物へと向かっていったのであった……。

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