152-温泉が私達を待ってるわ~

<ドワーフの街 中央広場>


『そーっとそーーっと……』


「……」


 中央広場へ到着した俺達の目に飛び込んだのは、巨大な石板を壊さないようにゆっくりと倒そうと頑張っているセツナの姿だった。


「何やってんの?」


『あっ、ちょうど良かった! これメッチャ重くてね、私だけで抱えるの無理っぽいの! ちょっと手伝ってくれる?』


「いや、なんで石板それ抱えてるの……」


 俺の問いに対し、セツナの方が不思議そうにキョトンとしていた。


『君の見た未来の私は、上空から魔法をバンバンやってたトコを撃たれたんでしょ? だったら、こうやって地上でそーっと割らないように倒して、底にある召喚回路だけ切断しちゃえば、撃たれないで済むかなーって』


 言ってるコトもやってるコトも間違ってはいないけど、魔王四天王としてそれはどうなのだろう。

 上空で大きな翼を広げて妖艶な笑みを浮かべていた姿とのあまりのギャップに、頭がクラクラしてくる……。


『それよりも、なんであなた達がここに来てるの? コアが掘り出せないトコにあったの???』


「うーんそれなんだけど……」


 かくかくしかじか。



◇◇



『いぃぃぃやあああああぁぁーーー!!! やああああああーーーーっ!!! わああああああーーーーっ!!!』


 半狂乱状態なセツナの姿に、エレナは脱力した様子でため息を吐いた。


「ほらー、私達が掘る前からこれですもん。事後報告だったら冗談なしに暴れてましたよコレ」


「はぁ、念のため確認しといて良かったよ……」


 地面に横倒しになった石版に突っ伏してわんわんと泣くセツナを横目に眺めつつ、皆ただただ途方に暮れていた。

 疲れた身体にムチ打って頑張り続けたセツナにとっては、俺逹が思っていた以上に痛恨の大ダメージだったようで、散々泣き疲れた後も、まるで魂が抜けたような顔で遠い空を眺めている。


『私、もう疲れちゃった……』


「ねーねー、おにーちゃん。このひとしゅうとめとのイザコザで心が荒んだ主婦みたいなコト言ってるよー」


「具体的すぎる例やめろ」


 とはいえ、このまま放置するわけにもいかないし、どうしたものか。


「コアを取り払った後に水道を引き込んだり、ウォーターボールでお湯を出したり出来ない?」


『こういうのって、べつに水が足りないわけじゃなくてね。コアが埋まっている場所よりずーっと深い場所にお湯があって、それが地熱の力で吹き出してるだけなのよ。だからコアのある浅層だけ凍らせれば、ここの温泉だけは無事だと思ってたのに、思ってたのに……はぅぅ』


 どうやら、セツナの計画では鍛冶や製鉄が出来なくなったあとも、温泉だけは湧き続ける想定だったらしい。

 さすがというか何というか……。


『コアから供給された魔力で熱が生まれて、湯が吹き出る。コアを取っ払うと熱源が無くなって湯が止まる……って、これ詰んでない?』


『ひーんっ!』


 ユピテルのバッサリ過ぎる結論に、再びセツナはおいおいと泣き出した。

 だが、ふと一つの可能性・・・・・・が頭をよぎる。


「……あのさ、とりあえず、地下のずーっと奥深くを暖めれば湯が出るんだよな?」


『うー、そうねぇ。人間じゃ不可能なくらい膨大な魔力をギンギンに注いで、地獄の業火くらいの炎を出せば足りるでしょうけど、そんなのドコにあるってのよぅ……』


『!!』


 エレナも気づいたのか、ハッとした顔で俺の方を見つめてきた。


『カナタさん本気ですか!?』


「ま、ダメ元だって。やるだけやってみて、うまく行けばラッキーくらいでいいんじゃない?」


『???』


 俺は泣き伏せていたセツナの手を取って起こしてやりつつ、再び皆を引き連れて街の北部にある温泉へと足を進めて行ったのだった。



◇◇



【聖王歴129年 白の月2日 朝】


 雪の降る早朝、街の北部ではその寒さにも関わらず多くの客で賑わっている建物があった。

 施設の名前は『天然温泉ドワーフの湯』。

 あらゆる火が失われた中、この源泉だけはその熱を失うことなく、皆の心も身体も温めてくれていた。


『ここのおかげで、まだまだワシらも頑張れるわい』


『だけどよー、なんでこの温泉だけ平気なんだい?』


『お前知らねーのか? 偶然・・通りがかった火の精霊様のおかげらしいぜ』


 まあ、そういうコトになってます。

 しかも火の精霊様とやらは、今この時も源泉の岩の上で、ふくれっ面のまま寝そべっているんだなこれが。


『不服である』


『まあまあ、あなたも神殿や雪崩を吹っ飛ばす以外に活躍できる場所が見つかって良かったじゃないですか~』


『……不服である』


 火の精霊の名はイフリート。

 かつて世界各地の都を焼き尽くし、エルフの村を恐怖に陥れた元凶――だった。

 それが何の因果か新天地でドワーフの冷えた身体を癒やすことになるとは、当のイフリート自身も全く想定していなかったであろう。

 しかし、イフリートはこちらの姿を見るや否や、不適な笑みを浮かべて俺にこう告げた。


『まあよい。どうせ、貴様の寿命なんぞほんの数十年であろう。盟約が失われ次第、我はこの都を燃やし尽くしてくれよう……』


『その時は私が氷漬けにして、遠くの雪山に埋めてあげますよ~♪』


『不服である!!』


 ……とまあ、こんな結末になってしまったわけだけど、最後まで温泉の存続を心配していたセツナは今回の結果に満足しているようで。

 湯気の昇る様子を見て、嬉しそうにウンウンと頷いている。


『コアもバッチリ回収できて爆発の心配も無くなり、巨人の発生も未然に防げて、毎日の温泉通いも引き続き継続。うんうん、文句ナシだわ~~』


「毎日って、魔王城に帰らないのかよ……」


『私はここでお役御免だもの。魔王様から次に命令があるまで、のんびりと休暇を楽しむわよ~』


「なんだかなあ」


 きっと俺がかつて見た世界でも、セツナは石板を壊してコアを回収した後は、ゆっくりと温泉を満喫するつもりだったに違いない。


「そういえば、セツナさんが巨人の復活を阻止するために来たのなら、炎のメギドールと闇のディザイアは何のために来てたんだ? 俺ら、普通に撃退しちゃったんだけど……」


 セツナ同様、他の奴らも「巨人復活の阻止」が目的だったとすれば、まともに話し合いをせずにぶっ飛ばしちゃったのは非常にマズい気がする。

 しかし、セツナは苦笑しながら事情を説明してくれた。


『フロスト王国は、都の南西にあるターミナルタワー……確か人間達が神々の塔って呼んでたヤツの頂上に召喚石があったんだけどね。ここ数十年間ずっと満たされていたはずの魔力が、突然スッカラカンになっちゃったのよね。こんなんじゃ巨人召喚は出来ないし、これでメギドールはお役御免』


「!」


『ジェダイト帝国は城の奥に隠し部屋があって、そこで皇帝の末裔……あの可愛いワンコくんが自らの魂を捧げる魔法を唱えれば巨人を召喚できるけれど、シーフの魔力程度じゃ絶対ムリね。もし上位魔法職ウィザードに転職しようものならすぐに刺客が送り込まれると思うけど、今のところその心配も無さそうだし、これでディザイアもお役御免』


「そ、それって……!」


『そしてプラテナ国の石板は何者か・・・の手によって改ざんされて機能を停止。ヤズマト国の雪山てっぺんにある石板の情報はまだ入ってないけど、あなた達がヤズマトを経由してドワーフの街に来たってコトは、どうせ何かあったんでしょ?』


 セツナの言葉に思わず絶句。

 エレナに目を向けると、案の定、顔を引きつらせて俺を見つめていた。


『あまりにも都合よく話が繋がりすぎてて気持ち悪いです……。こんなの、絶対偶然じゃないですっ!』


「神様ってのは、何を考えてんのかホント全然わかんねえなあ」


 結局のところ、余計に謎が深まってしまい二人は呆然とするばかり。

 ドワーフの街を出て聖王都へと戻った後は、常闇の大地へと繋がる大迷宮ダンジョン「死の洞窟」へとアタックすることになるのだけど、一体どうなることやら……。

 そんなこんなで、頭の中がごちゃごちゃで全然まとまらない様子を見て、セツナは俺とエレナの背中を力強く叩いて宣言した。


『せっかくだから、今からひとっ風呂・・・・・いきましょ!』


「『はあ!?』」


 突拍子のなさすぎる宣言に、思わず二人で素っ頓狂な声を上げてしまう。

 けれど、セツナは天真爛漫な笑顔で真っ先に駆け出した。


『さまよえる心も身体もキレイにさっぱりすっきり! 難しい話はその後で良いじゃないの。さあさあ、行きましょ~! 温泉が私達を待ってるわ~♪』


 かつて見た世界とは、あまりにも懸け離れすぎているセツナの姿。

 けれど、神様が何を企んでいるのかはともかくとして、彼女の幸せそうな笑顔を見ていると、ハルルの言葉の意味がなんとなく分かった気がする。



 ――私らは今が最善だと信じるしか無いんすよ。



「あー、もう、しゃーねえな! 皆も行くぞ!!」


 俺は目を白黒させているエレナの手を引いて、セツナを追いかけてゆくのだった。



――第十章 灼熱の大地と永遠雪のセツナ true end.

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