156-暴走超特急

【同時刻】


<ドワーフの湯 女湯脱衣場>


 カナタの服を引っぺがして浴室へと放り込んだハルルとフルルは、その後もじっと脱衣場で待機していた。

 彼が臆して逃げ帰ってこないように見張るためだったのだが、中で色々と騒ぐ声が聞こえてきたので、カナタとエレナはうまく鉢合わせてくれたようだ。


『うーん、意外と静かっすね』


『声がここまで聞こえる展開は……運営に消される』


『運営ってなんすか???』


『ないしょ』


 姉の質問を華麗にスルーしたフルルは、じっとドアの向こうに意識を集中する。

 ふたりはカナタに裸を見られたエレナが錯乱状態になって暴れた場合も懸念していたのだが、そんな心配は杞憂だったようだ。


『ま、一生を添い遂げる的なコトを宣言しちゃったっすもんね』


『さすが正妻ボジの余裕――……むっ?』


 一瞬、不自然に魔力が膨らむのを感じたフルルは、無表情ながら警戒した様子でドアの向こうへ意識を向けた。

 無論、ほぼ同じ魔力感度をもつ姉も同じく異変を察知している。


『今の、攻撃スキルの気配っす!』


『カナタ……!』


 まさか今になって精霊エレナが暴れたのか!?

 フルルがドアにかけた封印を解除し、急いで開けると――目の前に、自分達の居る方へ両手を掲げたエレナと、何故か明後日の方向を向いたカナタが立っていた。


『ふふふ、私が破らずとも自分で開けてくれました☆』


「いや、破っちゃダメだから……」


 変な方向を向いているカナタはともかくとして、それ以上にエレナの様子がおかしい。

 やたら表情が恍惚としていて、まるで酒場帰りでへべれけ・・・・になった魔王四天王セツナのよう。

 そんなエレナが、右手に魔力を込めながらゆっくりと歩いて近づいてくる。


『一体どうするつもりっすか……!』


『ふふふ、ちょいとばかしサツキさんにも楽しんで頂きたいと思いまして☆』


 楽しんで頂きたいと言いながらも、その瞳は正気とは思えない怪しい輝きに満ちていて、そこはかとなく狂気を感じさせる。

 尋常では無い様子に、フルルがエレナに向かって身構えた。


『命に代えても……ここを通さない』


『ほう、あなたにそれが出来ますかね☆』


「えっ、なにこの流れ!?」


 カナタがオロオロと慌てているのを尻目に、双子妖精とエレナが動くッ!

 が、決着は一瞬でついた――


『あなた達では私には勝てませんよ☆』


 水風呂から大蛇のように水柱がうねり、ハルルとフルルを宙で束縛していた。


「すごいっ! けれど、こんな必殺技みたいなヤツを、こんな意味わかんないトコで使う意味もサッパリわかんない!」


 完全に置いてけぼりなカナタはさておき、水に縛られたフルルは歯を食いしばりながら必死に姉へと手を伸ばす。


『ねえ……さん……』


『フルルっ!!』


 どうにか手が届いたハルルとフルルは互いを引き寄せると、必死に抱き合いながら水風呂もろとも氷塊に包まれ、二人は巨大な氷のオブジェになってしまった!


「ええええっ! フルルとハルルは大丈夫なのかっ!?」


『問題無いですよ~。後で自然解凍させれば生き返りますから☆』


「そんな魚みたいな……」


 妖精の生態に愕然としつつも、ハッと何かに気づいたカナタは急いで脱衣場の棚の前へ向かう。

 そして丁寧に畳まれた白いローブを手に取ったカナタは、エレナの方を見ないようにそれを手渡した。


「とりあえず服着てっ!!」


『はい~☆』


 素直に着替えてくれたエレナにほっと安堵しつつ、カナタも脱衣場の端っこに雑に投げられた自分の衣服を手に取る。

 ただしカナタの上着はフルルの一撃かけゆを受け濡れてしまっているので、仕方なく下だけ履いて、上半身は真新しい手ぬぐいを肩からかけただけのラフな格好に。

 ……と、そんな自分に向けてエレナがじっと見つめていることに気づいた。


『むむむ……☆』


「どしたの?」


『カナタさん、そういうワイルドな格好もセクシーですね☆ 私、大好物ですヌフフ☆』


「たすけてー!!」



~~



 そんなわけでテンションのおかしくなったエレナと共に、建物の外を目指しているわけです、はい。

 さすがにサツキに向かって乱暴なことはしないとは思うけれど、この状態のエレナと猪突猛進爆裂なサツキを鉢合わせようものなら、一体どうなってしまうやら。

 と、この後に起こるうる事態に頭を悩ませていると――


『あら、意外とお早いお帰りだねー』


 相変わらず酔いどれで幸せそうな魔王四天王セツナが現れた!

 もうさすがに慣れてきたので驚かないよ。


『じー……』


「なんすか……」


『いや、早い・・なーって』


「この酔っ払い最悪だ!!!」


 酷すぎる言いがかりを付けてきたセツナに思いきり文句を垂れる俺だったが、エレナはクスリと笑うと手で制しながら前へ一歩出た。


『私のカナタさんに酷い言いがかりをするなんて、覚悟は出来ているのでしょうね☆』


『やろうってのかい? 前回は不意打ちだったけど、タイマンなら負ける気はしないよ!』


『ほう、面白い☆』


「……君らキャラ変わり過ぎてて意味わかんない」


 セツナが戦闘を挑んでくるのは魔王四天王だからまだ分かるにしても、そもそも彼女が右手に持っている武器は魔法の杖ではなく酒ビンである。


『うっしゃ、表出ろィ! 勝負つけたるわぁ!!』


 そんなわけで、泥酔のノリで口調のおかしくなったセツナも合流し、俺達は表へと向かっていったのであった……。

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