118-白竜の山

【聖王歴128年 赤の月 31日】


 今日はホワイトドラゴン討伐に向かう予定日の二日前。

 勇者パーティの面々が買い出しや準備に勤しむ中、俺達はと言うと……


「さっむ……」


『とっても快適です~♪』


 夜明け前から宿を出発し、北の雪山にアタックしていた。

 空に浮かんだ太陽はポカポカ陽気ではあるものの、辺りに吹く風の冷たさはフロスト王国の豪雪地帯にも匹敵するほど。

 が付くレベルで寒がりなシディア王子も、さっきから足場が削れそうなくらいガタガタと震えていて、なんだか可哀想だ。


「うぅ、寒いです……」


『こちらの毛布をどうぞ』


「あ、ありがとうございます……ぶるぶる」 


 んで、王子のお世話係は、何故かエレナが担当になっていた。

 俺がかつて見た世界で勇者パーティと山登りに勤しんだ時は、ずっと俺が彼の身の回りのお世話をしていたはずなのだけど、エレナの『私がやります! カナタさんは手出し無用です!』の一言で、こうなってしまった次第である。

 だけど、別に全部エレナがやらなくたって、俺と分担しても良いだろうに。

 エレナがずっと王子様ばっか構うのはなんだかなぁという気はする……けど、まあ、嫉妬じゃないよ、うん。

 と、なんとなくモヤモヤしていた最中、先頭を歩いていたシディア王子がこちらへ振り返って口を開いた。


「このペースなら、もうすぐ目的地に到着すると思います」


「へえ、それなら順調に行けば今日中に目的は果たせるかな」


 その目的とは、勇者達よりも先にホワイトドラゴンを討伐すること!!

 ……ではない。

 そもそも俺達が向かっている先は山頂ではない・・・・・・のだから。


『確かに、この辺りも少しだけ魔力の気配を感じます』


「精霊様はそういうのも分かるのですねっ」


 昨日の宿屋での会話の後、シディア王子にエレナの正体が水の精霊であるということは伝えてある。

 それを聞いた直後は仰天していたものの、彼女の容姿やこれまでの数々の無礼な行動を思い返して「なるほど、道理で!」と納得した様子だった。

 ……まあ、後者に関しては精霊がどうとかいうのは全然関係無いんだけどさ。


「そろそろですね……」


 シディア王子はそう言うと、懐から手のひらに収まるほどの小さな笛を取り出し、口元へと近づけた。


「すぅ……」


 王子は息を吸い込んで一気に吹き込むと……なにやら「すー」やら「ひゅー」やら、空気が漏れる音が辺りに響いた。


「???」


 王子が何をしたいのかサッパリ分からない。

 と思った矢先、ふらりとエレナがもたれ掛かってきた。


「どうした?」


『うぅ~、この音色あんまり好きじゃないです……』


「えっ、聞こえるのっ!?」


『んー、なんというか、ザーっていうか、ピーガーピーウィーンって感じです』


「全然わかんないや……」


 人差し指を両耳に突っ込んだまま苦い顔をしているエレナの肩を支えてあげつつ、ふと山頂へと目をやったその時――



      バッサバッサ…………



 山頂よりもずっと遠く、遙か空の向こうから羽ばたく音が聞こえてきた。

 レッサーデーモンやワイバーンの羽音よりもずっと力強いそれは、音の主がそこらのモンスターよりもずっと強大な存在であることを物語っている。



 バッサバッサバッサ……!!!



 音はどんどん大きくなり、それと共に山頂からゴゴゴゴ……と低い地鳴りも聞こえ、巨大な雪の塊が――って、おいッ!!?


「音のせいで雪崩が起きてんじゃねーか!!」


 そりゃまあ、こんな陽気な日に雪山でデカい音立てたら当然だけども!


「エレナっ、急いで防御魔法を~~……って、エレナ???」


『うぇっぷ……吐きそうです……』


「なんてこったい」


 頼みの綱のエレナは笛の音色にやられてしまい、グロッキー状態に!

 慌ててイフリートの指輪を山頂に向けたものの、神殿を破壊されて怒り狂うハルルの姿が頭をよぎる。


「ここでぶっ放してホワイトドラゴンに直撃して、ジ・エンドという未来が見える……」


 このまま雪崩に飲まれてもジ・エンドなんだけどさ!

 だがその一方でシディア王子はと言うと、一曲吹き終えて御満悦な様子。


「シディア王子! めっちゃ雪崩起きてますけどっ!!」


「ああ、大丈夫です。彼女・・が対処してくれますから」


「えっ……?」


 王子がのほほんとした様子で返事をした直後、空のかなたから猛スピードでやってきた『彼女』が、俺達の前にドシンと轟音を上げて着地した。

 俺達の前に現れた救世主……もといホワイトドラゴンはすぐに山の方へ振り返り、人間を丸飲み出来そうな程に巨大な口を開くと、その口から強烈なブレスを放った!


『ゴォオオオオオーーーーーーッ!!!』


 ドラゴンなのだから炎を吐くのかと思いきや、放たれたのはなんと強烈な吹雪のブレス。

 迫り来る雪崩をそれ以上の勢いの氷で押し返すという離れ技をやってのけた彼女は、目前の雪を全て凍結させてから満足げな様子で首だけくるりと振り返り、和やかに笑いながら再び巨大な口を開いた。


『やあシーちゃん、こんにちは。その人達も新しい住人かい?』

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