117-ホワイトドラゴンの正体

「夜分遅くに申し訳ありません……」


「いや、こっちこそいきなり攻撃して、ホントすみません……」


 と言っても、実際に彼を攻撃したのは俺の隣にくっついたまま頬を膨らしてるエレナなんですけどね。

 一方、俺達の正面で凍えながらしょんぼり小さくなっている彼の姿はまるで、かつてエレナに急襲されて泣いていた光の精霊スイメイを彷彿とさせる。

 違いがあるとすれば、それは目の前の人物がヤズマト国女王の息子……つまり、シディア王子だったということであろうか。


『ですが、どうしてあなたが私達のところへ訪ねて来たのですか?』

 

 よっぽどムードをぶち壊されたの腹立たしいのか、エレナは感情の無い声で淡々と問いかけた。

 俺は知っている……これは彼女が本気で怒っている時のアレである、と。


「本当は明日にでもカネミツ様が滞在されている宿へお伺いしようとしていたのですが、先ほど二階の窓から外を眺めているカナタ様が見えたもので……」


「えっ」


 それはつまり、シディア王子がココに突撃してきたのは……俺のせい?


『うぅー、カナタさんのばかぁ』


「とほほ……」


 俺とエレナのやり取りを不思議そうに眺めつつも、王子は本題へと話を進める。


「あの……勇者カネミツ様が仰るには、エレナ様がホワイトドラゴン討伐のかなめだということでしたが、それは本当なのですか?」


 確かに、王子を安心させるためにカネミツがその辺の話を一通りしていたし、その内容は紛れもなく事実だ。

 エレナの正体は伏せてあるものの、薄水色の長い髪色と瞳を見て「彼女が人間ではない」ということも察しているだろう。


『ホワイトドラゴンとやらに実際に遭遇してみないと断言はできませんが、私達だけで十分に倒せると考えています。むしろ、カナタさん一人でも大丈夫かも』


「なんと!? 貴方様も本当にお強いのですねっ……!」


 王子は驚きながらテーブルに半身を乗り出し、俺の両手を握り――


「いでででっ!」


『わあああ、ごめんなさいっ!!』


 隣にくっついていたエレナにものすごい力で右腕を絞められ、思わず悲鳴を上げてしまった。

 ていうか、この色白で細い腕のどこからこんな馬鹿力が出るのっ!?


「……」


 シディア王子は俺とエレナを交互に見てから再び席へ座り、目を伏せたまま黙ってしまった。

 だが、そんな王子の様子を見てエレナは何かを察したのか、彼に向かって質問を投げかけた。


『もしかして、私達に何かお願いしたいことがあるのでは?』


「っ!?」


 まるで心の中を見透かされたことを驚くかのように、王子は真ん丸に目を見開く。


「そもそも、こんな夜更けに一国の王子様が独りで訪ねてくるって時点で普通じゃないもんな」


『つまり、なるべく早いうちに伝えたいことがあった、ということですよね』



「……はい」


 するとシディア王子は何かを決心した様子で、再び俺の手を握……ろうとしたところで、エレナに手をペシッとされた。


「す、すみません……」


『本題をどうぞ』


 なんだかよくわからないけれど、一国の王子様の手をはたくとか、後で怒られないかメチャクチャ不安なんですけど……。

 しかし俺の心配とは裏腹に、当のシディア王子は特に怒るような様子もなく、不思議な質問を投げかけてきた。


「……お二人は、ホワイトドラゴンがどうして我が国に居るのか、ご存知ですか?」


「どうして?」


 確かにそう言われると、ホワイトドラゴンがわざわざ人里近くの山に住み着いている理由がイマイチ分からない。

 たとえば聖王都プラテナの東の森には聖竜達が静かに暮らしているけれど、子ドラゴンのピート曰く『神様に世界を守れと命じられた』というのが理由だったし、彼らは昔から森で暮らしていただけだ。


『その口振りからすると、ホワイトドラゴンはもともとこの国に居たわけではなく、外からやってきた……という意味ですよね?』


「ええ。ホワイトドラゴンはかつて、遥か北西の果ての島にある、フロスト王国の守り神たる、神竜だったのです」


「『えっ!?』」


 まさかの新事実に、俺とエレナは思わず声を上げる。


「百年ほど前、海上で邪悪な竜との戦いの果てに力尽き、そのまま流されてしまったらしいのです」


「そういえばフロスト王国から商船に乗って帰る時、同乗していた商人がそれに近い話をしていたような……」


 ハッキリとは覚えていないけれど、確か海流が激しすぎてフロスト王国に戻れなくなった神竜が大陸に流れ着いたとか、そんな話だったはず。

 どうやらエレナもその時の会話を覚えていたのか、少しいぶかしげな顔で疑問を口にした。


『大陸の北西に流れ着いたホワイトドラゴンが、どうして大陸を隔てた反対側であるこの国に来たのですか?』


 たしかにエレナの言うとおり、激しい海流に流されて漂着したにしても、大陸北西側にそのまま居着く選択だって出来――。


「あっ!!」


 俺はとんでもない勘違いをしていた。

 大陸北西はプラテナの領土、つまり……。


「聖王都の領土に流れ着いたドラゴンなんて、迫害されたに決まってるじゃないか! 追いやられて、この領土まで来たんだ!」


『!!』


 そもそも昔から聖王都の民は人間中心主義であり、先日のプリシア誘拐事件を経て、ようやく異種族に対する偏見を払拭し始めたばかり。

 しかも百年ほど前ともなれば、その思想は今よりも激しかったはず。

 人間以外を排除すべきと考えている集団の前にいきなりホワイトドラゴンが現れたら、どうなるのか……考えるまでもない。


「カナタさんの言うとおりです。漂着したホワイトドラゴンは、武器を手にした人間達に追いやられ、命からがらヤズマト国の北の山へと逃げてきたのです」


 そこまでシディア王子が話したところで、エレナはハッとした顔で疑問を口にした。


『それを……どうしてあなたが知っているのですか?』

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