119-ひとりぼっちのホワイトドラゴン

【聖王歴30年】


 私の名は白竜スノウ。

 白銀の大地と私を敬う人々を護るため、異世界から襲来せし邪竜との死闘の後……大海原をぷかぷかと漂っていた。


『ここはどこなのかしら』


 本当はすぐにでも帰りたいのだけれど、海流が驚くほど速くて、あっという間に流されてしまうのだ。

 頑張って空を飛んでも、疲れて着水したらそのまま流されちゃう。


『どうしたもんかなー』


 幸いにも海中に潜れば食べ物はあるから餓死する心配は無いけれど、このまま永遠に漂流……なんてことになったらイヤだなぁ。



◇◇



『はぁ……はぁ……なんなのアイツらっ!』


 人間達の乗っている大きな船を見つけたので、これ幸いと空から呼びかけたところ、いきなり攻撃魔法を撃たれてビックリ!

 しかも私の姿を見るなり「魔物だー!」ってコラッ!

 神の使いである竜族をモンスター呼ばわりって、それはいくらなんでも失礼すぎじゃないッ!?

 どうにか魔法の射程圏外まで逃げ切ったけれど、振り返れば遠くの空が炎で真っ赤に染まるくらいバンバンと爆発音がしている。

 あれは威嚇のつもりなのかなあ。


『きっと、あの船に乗っていた連中は田舎者なのね……次からは慎重に話しかけなきゃ』


 だけどそれ以降、人間達の乗る船と出会うことは一度もなかった。

 後で分かったことなのだけど、人間達は私と遭遇しないためにわざと違う海路を渡っていたらしい。



◇◇



 さらに何度も日が昇ったり沈んだりを繰り返した後、ついに私は小さな港町へと流れ着いた。

 しかし、最初に私の姿を見た者は悲鳴を上げて逃げ出し、次に現れた者は剣で切りかかり、その次に現れた輩は遠くから矢で攻撃してくる始末。

 それを回避しようと空高く飛び上がった私の目に映ったのは、とても小さな顔を恐怖や怒りで染めた人間達の姿……。

 私はそんな表情を見るのがたまらなく嫌で、一心不乱に遠くを目指して飛んだ。


『はぁ……はぁ……どうして……』


 もしかして邪竜との戦いで、呪われてしまったのだろうか?

 それとも、邪竜との戦いの最中に自分は死んでしまい、知らぬうちに地獄にでも堕ちたのか。


『一体どうすれば……』


 精神的にも肉体的にも疲れ果てた私は、日が沈んだ後もふらふらと飛び続けていた。

 それから間もなくして世界が闇に覆われる「黒の月」がやってきて、世界が真っ暗闇になってしまった。


『はぁ、何も見えなくなっちゃった……って、あれ?』


 辺りは真っ暗なのに、ずっとずっと地平線の向こうにぽつりと小さな明かりが見えた。

 お日様の光すら隠してしまうほどに濃い暗闇を照らすなんて、どれほどの魔力量があれば可能だというのか?

 ……だけどそれはつまり、明かりの向こうには非常に高度な文明を持つ民の暮らす都があるという意味でもあった。


『今度こそ、お願いっ!!』


 天に祈りながら満身創痍の身体に鞭打ち、明かりを目指して真っ直ぐに空を駆ける!

 私は祈った!

 今度こそ私を魔物扱いしない、優しい人々の暮らす平和な都でありますように!

 ……だが、ずっと向こうに見えていたはずの明かりが突然大きくなったかと思うや否や、光の槍が私の翼を撃ち抜いた。


『え……?』


 ズシャアと大きな音を立てながら草原へと転がった私は、焼けるような背中の痛みに泣きそうになりつつも、どうにか歯を食いしばって頭を上げる。


『い、一体なに……?』


 何が起こったのか全然分からないけれど、前方から攻撃魔法を放たれたのは間違いない。

 すると、前方から人間達の群れがザッザッと靴音を立てながらこちらへと向かってくるのが見えた。


「クソッ、怪物イフリートの次はドラゴンかよ!」


聖地もりに住み着いてる連中も鬱陶しいってのに……」


「前衛部隊が撃ったヤツが当たったらしいぞ!」


「ドラゴンキラーの称号ゲットだぜッ!!」


 ぞわりと背中に冷たい汗が流れ、焼けた皮膚にしみる。

 きっと、捕まったら殺されてしまう!


『うぅぅ……!』


 ここで私のコールドブレスを彼らに放てば、易々と殲滅せんめつ出来るだろう。

 ……だけど、そんなことをしてしまうと、これまで私のやってきたことが全て無意味になってしまう。

 神竜・・の二つ名を得た私が、そのようなこと――許されるはずがないッ!!


『神よ、どうか私に力を……!!』


 私は、空を埋め尽くすようなたくさんの炎と光の弾に追われながら、見知らぬ地をひたすらに走った。


 森を越え、岩山を越え、砂漠を越え……。


 誰にも襲われる心配のない、静かな場所を求めて……。





 そして精根尽き果てた私は、誰も居ない静かな雪山に身を潜めた。


 二度と帰れぬ故郷を想いながら――。

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