103-陛下の旧友

【聖王歴128年 赤の月 10日】


<ジェダイト帝国 謁見の間>


『この度の魔王軍の撃退……見事であった』


 フルルの魔法によって闇のディザイアこと中級天使グレイスを光の彼方へと消し去った後、俺達は日没過ぎまで南西の平原を監視し続けていたものの、あれから特にモンスターは出現せず。

 その後は中央広場で待機していたディノシス皇帝陛下に経緯を報告。

 最終的には陛下の勝利宣言によって、南西平原での防衛戦は幕を閉じたのであった……。


 ――だが!


『機密事項の漏洩、独断作戦無視……。お前が貴族出身で無ければ確実に極刑だったな』


 皇帝陛下は酷く冷たい目で呟く。

 その目線の先に居たのは、先の防衛戦で手駒達を「明後日の方向」に送り出し、それから独断で単独行動した挙げ句、部下達とともに自らも負傷して戦線離脱……という大失態をやらかしてしまった、魔術師ガルーディその人だった。


『私は……私はただ、帝国の栄華のために尽くしたかったのです……かつてのように、強い帝国を……!!』


 ガルーディの供述によると、これまで国力強化に努めてきた成果を証明すべく、今回の魔王軍襲撃を利用しようと狙っていたらしい。

 かつて烏合の衆でしかなかった街のチンピラ達を統率し傭兵として育成してきた実績も踏まえ、今回も国益のために行動したのだと自負しているようだが……。


『何が強い帝国だ。少なくともテメェんトコの連中じゃ、どのみち連中には勝てなかっただろうよ』


『なんだとっ!!』


『お前ら! 皇帝陛下の御前であるぞ!!』


 レパードとガルーディが一触即発状態になるも、大臣の一喝で二人とも口をつぐむ。

 だが、レパードの言い方は挑発的ではあったものの、その言葉は間違いなく事実である。

 俺がかつて見た世界では帝国の居住区が火の海になるほどの被害が出てしまったし、少なくとも現状のジェダイト帝国の戦力では魔王四天王率いるモンスターの軍勢を撃退できないのは間違いない。

 ……それを考えると、アインツの放った「サンクチュアリ・オブ・オリジン」の威力は常軌を逸していると言えよう。

 それから謁見の間はしばらくざわついていたものの、皇帝陛下は再びガルーディへと目を向けて口を開いた。


『であらばガルーディよ、お前に一つ問おう』


『!?』


 突然の皇帝陛下の言葉に、ガルーディは怯えた様子で身構える。

 しかし、陛下の問いは想像よりもずいぶんとシンプルなものだった。


『お前の考える"強さ"とは何だ?』


『強さ……?』


 しばらく無言が続いたものの、わずかな時間の後にガルーディは顔を上げて答えた。


『脅威に打ち負けぬ力だと考えております。より強い兵を増やせば、より強い国家になるかと』


 その答えを受け、皇帝陛下は少々呆れ気味にこちらへと目を向ける。

 どうやら、俺達に向けて『他の解を出してくれ』という意図のようだが……。

 しかし俺が答えるよりも先に、サツキのフードの隙間からポンッと顔を覗かせたハルルが『はいはーい』と挙手した。


『アンタの考えだと頭イイ人みんな逃げるっすよ? バカばっか集めてどうするんすか?』


『ぐっ!!』


 身も蓋もない言い方ではあるけど、ごもっとも。

 それに続けとばかりに、フルルも横からニョキッと顔を出して口を開いた。


『その点……ライカ王子は見事だったね。戦況分析や戦力の分配……初めてにしては上出来……えらいね』


『えへへ、ありがとうフルルさん』


 なんで上から目線なのかは謎だけど、実際ディザイアを撃退した功労者はフルルだし、まあいいか。

 いきなり場に割り込んだハルルとフルルに他の兵士達は騒然となっているものの、皇帝陛下はつかつかと歩み寄ると……今まで見たことのない温厚な顔で話しかけた。


『お久しぶりでございます、ハルル様、フルル様。ずっと居られたなら、お声掛けくだされば良かったのに』


『ドッキリ成功……なんてね』


 フルルの馴れ馴れしい返しに対しても、皇帝陛下はワハハと笑う。

 その雰囲気はまるで、懐かしい旧友に出会ったかのようだ。


『父上はフルルさんとお知り合いだったのですか?』


『うむ。……と言っても、前回お会いしたのは、まだ私がお前くらいの歳の頃だがな』


『えええっ!?』


 ライカ王子は目を白黒させながら父とフルルを交互に眺めた。

 ……まあ、王子が驚いている理由は、陛下と二人が知り合いだったということではなく『フルルの年齢』のせいだろうなあ。

 無能力者となってしまったサツキに対しフルルがが一生連れ添うと宣言した時だって『人間の命は……短い。全然……余裕っち』って言っていたくらいだし、俺達が思っている以上に妖精は長生きのようだ。


『私は若い頃にフロスト大陸で旅をしたことがあってな。孤高の勇者シグルド……つまり、現フロスト王国のシグルド国王と共に修行をしていたのだ』


『なんと!』


『だがヤツめ、私が五十勝五十一敗で負け越したままであるというのに現役を退きおって! ぐぬぬ、今思い出しても腹立たしいっ!! ……おっと、すまん、話が逸れてしまったな』


 ……なんだか急に世の中が狭く感じるような内輪話になってきたけど、皇帝陛下の話を聞いてハルルがうんうんと頷く。


『シグルドとディノシスは私らの住んでた神殿へと一緒にやってきたっすよ。それで色々とあったんすけど、結局アイスソードを持って行ったのはシグルドだけだったっす』


『私は氷属性の剣なんぞ要らんかったからな。この国に戻った後で使い道も無いのに、貴重な魂の結晶アイスクリスタルを持ち帰るなど出来るものか』


『うんうん。適材適所……ナイス判断』


 フルルのお褒めの言葉に、皇帝陛下は少し嬉しそうに笑った。

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